死にたいの?
「⋯⋯ほ、ほんと!?あの天使とは話せるの!?」
「うん。どうする?ちなみに僕は同席しないから、二人きりになるけど」
「え!?それは無理!」
あんなに綺麗な天使と二人で話すなんて、そんなの私の心臓が破壊してしまう。あんな美の暴力を間近に受けてしまったら、私なんて灰になって溶けてしまう。
(とにかく死ぬ!!)
「無理って⋯⋯レレルを買ったら一緒に居ることになるのに?どこか預けるところに当てがあるのなら構わないけれど、君はこの世界に来てまだそう時間も経っていないし、心当たりは無いだろう?」
「そ、れはそうですけどぉ⋯⋯」
「なら、一回話しておいた方がいいよ。後からやっぱり合いませんでした、はこちらにとってもいい迷惑だからね」
シュヴィの説得力ある発言に、私は掲げかけた意思をあっさりとへし折り、首を縦に振って頷いた。
「⋯⋯はい、分かりました」
「よし。それじゃ、連れてくるから、ここで少し待ってて。すぐに戻るよ」
そう言って、シュヴィは部屋から出て行ってしまった。数分後には、あの天使を連れて戻ってくると思うと、そわそわして落ち着かなくなる。
(あ~、クッソ。落ち着けぇ。そう、落ち着くの。私なら余裕、余裕、余裕⋯⋯。はい深呼吸、吸って、吐いて⋯⋯)
「無理だーー!!!」
頭を抱え、自分の髪をかき乱す。これほど心の居所が悪くて落ち着かないのは始めての経験のせいで、自分でもどう処理していいのかわからない。
(これが噂に聞く恋煩い、なのかなぁ。⋯⋯って、いやいやまさか。まだそうと決まったわけじゃない。いや、まだもクソもない。私は、強制的に買わされたから買うだけ。他意は無い。⋯⋯よし!)
強引に結論付けて、感情の整理を終える。そう、私は彼に恋心だなんて抱いていない。
(⋯⋯大丈夫、これでいつでも話せる)
そう覚悟を決めたとほぼ同時に、部屋の扉が開かれる音がした。後ろを振り返れば、シュヴィがレレルを連れて立っていた。
「連れてきたよ」
「あ、さっきの⋯⋯」
「ど、どうも~⋯⋯」
固めた覚悟はどこにいったのか、私の挨拶はそんな情けないものだった。
「じゃ、僕はもう行くけど、この部屋の様子は精霊を介して見ているからね。レレル、お客様に危害を加えようなんて思わない方が良いよ。君が彼女に触れる前に、君の首が飛ぶから」
「⋯⋯仰せのままに」
レレルのその言葉を聞き届けると、シュヴィは変わらない微笑を満足そうに浮かべた。そして踵を返し、私とレレルを残したまま部屋を出て行ってしまった。
「⋯⋯え、えっと、とりあえず座ったら?ずっと立ってるのは辛いでしょ?」
「そう、ですね。じゃ、正面、失礼しますね」
レレルは、今にも倒れそうな覚束ない足取りをふらふらと動かし、先程までシュヴィが座っていた椅子に腰を下ろした。痩せこけているそのぼろぼろな体も相まって、こちらは気が気ではない。
「あの、それで、話したいこととは、なんでしょう。僕を買うおつもりでしょうか。それとも、あの部屋での無礼な物言いを罰するおつもりでしょうか」
「ぶ、無礼?なんか変なこと言ってたっけ?」
「失礼しました、僕の言い方が正しくなかったです。性格には話し方というか⋯⋯。敬語も使わず、まともな挨拶もしませんでしたから、そのことを、怒っていらっしゃるのかと⋯⋯」
「え?全然、普通に、その、いいなぁ⋯⋯って思ったから、話したかっただけだよ」
私の言葉を聞いたレレルは、訝しむかのように私に視線を向けてくる。
「れ、レレル⋯⋯?」
「⋯⋯失礼しました。でも、あの変態奴隷商から、僕については粗方聞かされていますよね?人を食べたことがあることも知っていますよね?それでも、貴女は僕を買いたいと言うんですか?貴女のことだって、食べてしまうかもしれないのに」
「それ、シュヴィからも言われた」
「なんて返したんですか」
「『その時はその時』」
その言葉を聞いたレレルは、なにかを考え込むかように視線をさまよわせた後、大きな溜息を吐いた。
「⋯⋯これから僕の喋る無礼な発言の数々を、どうかお許しください」
彼は何かを準備するかのように一つ深呼吸して、私にその端正な顔を近付けてきた。あまりにも突然なことに、私の息は止まりかける寸前だったように感じる。
「君はバカなの死にたいのなんなの。僕は今まで三人の人間に買われて三人とも食い殺してんだよ?そんな奴を買いたいだなんて、ただの死にたがりの発言だよ。分かったら、僕を買うだなんて発言は今すぐ撤回して」
「え、でも、私、シュヴィに言われて絶対に誰か買わなくちゃいけなくて⋯⋯」
「それなら他のを探せばいいでしょ。ご主人様を欲しがっているのはいくらでもいるよ。僕には必要ない」
「でも⋯⋯」
私が言いよどんでいる間に、彼は顔を離し、椅子に座ってしまった。
「僕からは以上です。それとシュヴィ、見てるんでしょ?話は終わった」
レレルがそう天に向けて声を投げると、部屋に置かれている黒電話のような形状をしたアンティークな電話が静寂に水を差すように電話の知らせを届けてきた。レレルは、少し苛立った様子でその受話器を取った。
「シュヴィ、話は終わったから迎えに来て。僕に主は必要ない」
(⋯⋯きっぱりと断言してしまうんだな)
「これ以上話すことなんてない。⋯⋯は?異世界から来た?それがなに?この世界の人間じゃないなら、価値観が違うとでも言いたいの?⋯⋯僕のことを思ってる、ね。今まで何回そのセリフを聞いてきたと思う?⋯⋯⋯⋯そう。君がそう言うなら、僕は判断に従うよ。⋯⋯うん、分かった。いいよ。⋯⋯はっ。自分の商品だと主張しておいて、よく言う」
レレルは受話器を耳から離し、私に手招きをしてきた。
(来いってこと、だよね)
従うまま、レレルの隣へと歩いていく。
「シュヴィが、貴女に電話変わってって」
「あ、うん」
レレルから受話器を受け取り、耳に当てる。
「⋯⋯もしもし?電話代わりました」
『もしもし。シュヴィです。レレルが粗相をしたようで申し訳ないね。今回の電話の件といい、甘やかしすぎてしまったらしい』
「いや、私は全然気にしていないから大丈夫。それで?私になんか話があるの?」
『そう。さっきレレルにも言ったんだけど⋯⋯シャナの奴隷をレレルに確定した。契約を遂行したのち、レレルは君のものだ』
「⋯⋯ん?」
シュヴィの発言に、私は思わず受話器を耳から離す。
(え?決まった?本人からそんな同意の言葉聞いていないけど⋯⋯?)
レレルの方に視線を向けるが、彼は私に見られていることに気付いた瞬間、あからさまに目を逸らした。
「ちょ、ちょっと待って!さっき本人からご主人様は要らないって言われたばかりなんだけど!?」
『らしいね。でも、彼は先程、僕に同意してくれたよ』
「で、でも、本人は嫌がってるっぽいけど。アンタがなにか圧で脅したんじゃないの?」
『そう思われるなんて心外だなぁ。彼は僕にビジネスな信頼を持ってくれているし、僕も彼のことは特に気に入っている。そんな子を脅すわけないだろう?』
「どういう理屈なの⋯⋯」
納得しきれていない私の不安気な声とは裏腹に、シュヴィは淡々と説明してくる。
「まぁ、シャナがもやもやする気落ちは分かるけれど、これはもう確定したことだから。⋯⋯今からそっちに向かうよ。シャナとレレル、そして、僕とシャナの契約を結んでしまおう」
「⋯⋯分かった」
「じゃ、また後で」
その言葉を最後に、受話器から彼の言葉が聞こえることは無かった。切断された電話を、私は元の場所に戻す。
私は、尚も居所が悪いまま、隣に立ち尽くす天使と顔を合わせた。彼はずっと、無関心といった様子で、私の顔を見つめている。
(きまず⋯⋯)
よければ、ブクマや評価、リアクション等お願いします。一言の感想だけでも、作者のモチベになります




