毒入りの紅茶
「はい、着いたよ。ごめんね、急にこんなことしちゃって」
私の目隠しと耳栓を外して、彼は真っ先にそう言った。しかし、そんなことより、差し込んでくる照明の光に目を焼かれることで精一杯だった。
「眩し⋯⋯」
「あ、ごめん。暗くする?さっきと同じくらいの明るさにしてたんだけど、眩しかった?」
「いや、大丈夫。もう慣れた」
「そう?なら良いけど。それじゃ、立ち話するわけにもいかないし、座って話そうか。ついでにお茶も出してあげる。ほら、どうぞ座って」
「⋯⋯失礼します」
彼のどこか胡散臭い言葉に従って、大人しく椅子に座る。
「紅茶でいい?うち、バリエーションが少ないんだ」
「なんでもいいよ」
(そもそも紅茶も苦手だし)
しかし、飲めない程というわけではない。前世の自販機でジュースが無かったら、紅茶を仕方なく選んでいたくらいにはなんとか飲める。美味しいとはあまり思わないけれど。
(炭酸が出てきたら喜んで飲むのになぁ。この人はそんなもん出さなさそう)
彼の優雅な紅茶を淹れる様をただ眺めながら、そんなことを呆然と考える。そうしているうちに、シュヴィは紅茶を用意し終わったらしく、私の目の前にティーカップを置いた。
「どうぞ」
「⋯⋯どうも」
淹れられた紅茶を一口飲みながら、シュヴィの方をこっそり覗き見る。彼もまた、私と同じように紅茶を啜っていた。しかし、その仕草が私と違って優雅で、どこか煮え切らないような気持ちだ。
「さて、君が毒入りだと気付かずに紅茶を飲んだところで、レレルの話をしていこうか」
「は!?」
シュヴィから当然のように放たれた言葉に、私は戸惑った末に椅子から立ち上がってしまった。その様子を、くすくすと笑う声が正面から聞こえてくる。その声に腹を立てながらも、私は再び椅子に腰を下ろした。
「ごめんね。毒入りってのは嘘だよ。信じるかは君の自由だけど、僕のものにも、君のものにも、怪しいものは何も入っていない。けど、世の中には甘言をたぶらかして君に毒を盛ろうとする者だって現れるかもしれない。だから、知らない人から⋯⋯いや、知ってる人からも、安易に食べ物や飲み物を貰ってはいけないよ。分かった?」
「はーい」
私の適当な返事に、彼は少し困ったように肩をすくめる。そして紅茶を一口喉に通した後、話し始めた。
「⋯⋯さて、まずはレレルがここに来た事情について話そうか。端的に言うと、彼は人を食べていたんだよ。だから、ここに連れてこられた。ここは、珍しい亜種だけじゃなくて、何かしら罪を犯した子の買取もしているからね」
「え?ちょ、ちょっと待って。ここのことは今はどうでもいい。それより、人を、食べたの?あんな綺麗な子が?」
「見た目で人を量ってはいけないよ。容姿が綺麗だからって、心までもが綺麗なわけでは無いのだからね。むしろ逆じゃないかい?塗りたくった白粉を剥がした時の本性程、恐ろしいものはない」
「それはそうかもだけど、でも⋯⋯」
自分の中に存在していた彼のイメージが捻じ曲げられていく。彼の言っていることが嘘だ、私の中に居る天使こそが正しい。そう頭の中が勝手に議論を進めている。あの一瞬で練り上げられた偏見の像が正しいはずなんてないのに。
「⋯⋯レレルを引き取るの、辞めたくなってきた?」
「⋯⋯いや」
虚勢を張るかのように、そう声を絞り出してみる。しかし、こんな細い声では、虚勢とすら思われなさそうだ。ただの怖気づいた気遣いと勘違いされてしまうだろう。なにより、私がそう思ってしまっている。それが、妙にもどかしくて、何故か悔しく思う。
「⋯⋯私が決めたんだもん。大丈夫、話を続けよう」
「自分が食べられるかも、なんて思わないの?」
「私なんか食べても美味しくないでしょ。せいぜいお腹でも壊せばいい」
「ふふっ、なるほど。いいね、その解答。気に入った」
シュヴィは随分と満足気にそう言った後、パチン、と指を鳴らした。その瞬間、一枚の紙が勢いよく棚から飛び出してきて、テーブルの上に着地した。
「な、なに、今の⋯⋯」
「魔法だよ。これから腐るほど目にするだろうから、今のうちに慣れておいたほうが良いよ」
そう言いながら渡された紙に目を通す。そこには、レレルについての情報が事細かに記載されていた。
「これって⋯⋯」
「レレルについての基本的な情報。奴隷と一緒に居るなら、少しでも多くのことを事前に知っておいた方がいい。喉元嚙み千切られないためにもね」
「噛み千切るって⋯⋯。そんなことされる?」
「意外と多いんだよ。レレルだって、前の主人を殺して食って、今ここに居るんだから」
「⋯⋯⋯⋯」
感情がぐちゃぐちゃだ。食べられてしまうことは怖いけど、そんなことはしないと信じたい自分もまだ心のどこかに存在していて。でもそんなことよりも、私は彼のことをもっと知りたいと、なによりも思っていた。
「⋯⋯怖くないって言ったら嘘になるけど、それよりも、レレルのことをもっと知りたいっていう気持ちの方が大きい、かな」
「そう」
「でも、この紙は要らない」
手にしていたレレルの情報を、私は躊躇うことなくテーブルに置く。その様子に、シュヴィは随分と驚いたらしく、目を丸くした。
「どうして?レレルのことを知りたいんじゃないの?」
「知りたいけど、こんなものでは知りたくない。なんか罪悪感凄いし。大事なことは、直接レレルから聞いて知りたい。だから、今見たこの紙の記憶は全部忘れる」
「呑気だねぇ。そんなんじゃ、いつか寝首を掻かれるよ」
「その時はその時でしょ。それに私、一度死んで転生してきてるしさ、もしかしたらまた違う世界に転生するかもしれないでしょ?それはそれで楽しそうじゃん。旅行みたいな感じで」
「⋯⋯軽いなぁ。旅行感覚で死ぬんじゃないよ。命が旅費の旅行になんて、行かないでよ」
「いや、私だって死にたくないよ。アンタがそんな物騒な話するから私まで物騒なこと口にしちゃったじゃん」
「ふふ、やだなぁ。僕のせいにしないでよ」
瞳が翳ったように見えたのも束の間、彼はあっけらかんといった様子で妖艶な笑みを浮かべた。
「⋯⋯さて、僕との話は、そろそろ終わりにしようか」
「⋯⋯え?」
彼の言い放った言葉に、私の心は焦りが少しずつ形を成して影を作って伸ばしていく。彼の声音は確かにどこか嬉しそうに聞こえるのに、その声が発せられる表情はずっと同じ微笑だ。寝ているように閉じられた瞳からは、真の感情なんてとても読めそうにもない。そんな瞳孔の揺れる私に、彼はおかしそうに口角を上げた。
「そんな怯えないで。別に、取って食おうとしているわけでもないし、この契約が破棄される、なんてこともないから。ただ、僕との話は終わりってだけだよ。今度は彼との話だ」
「彼?誰?」
「えぇ?わからないの?この流れで?」
「レレル──君が知りたいと言った天使との話さ」
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番場叉那について
電車に跳ねられたらなんか死刑宣告されてしまった哀れなLJK。口が悪く、相手のことを心の中でとやかく文句を付けまくる癖がある捻くれ者。現在の国王の評価は☆1「アンタのせいで転生早々死にそうになったんだけど!?絶対痛い目見せてやるからな。せいぜいその女抱いて震えて眠ってろ!」
年齢 18歳(高三)
身長 158cm
趣味 ゲーム
特技 暗算
好きなもの 独り、タルト、ポテト
嫌いなもの 人混み、野菜
利き手 右
誕生日 9月10日
MBTI ISFP-A(冒険家)
種族 純人間(転生者)




