馬車での忠告
「はへー⋯⋯」
馬車に下ろされてすぐ、異世界味満載の街並みに目が行く。しかし、じっくり見られる時間もなく、男に背中を押される。
「おい、さっさと歩け。さっき馬車で言ったこと、忘れたわけではあるまいな」
耳元でそう囁かれ、せっかくの気分が台無しになってしまう。
「忘れてないって。あの忠告でしょ?」
彼は、馬車の中でこんなことを言ってきたのだ。
***
「おい、異世界人」
「⋯⋯⋯⋯」
呼び名が気に入らず、無視を決め込む。すると、彼は煩わしそうに舌打ちをし、大きな溜息を吐いた。
「⋯⋯シャナ」
「なに?」
「やがてシュヴィの店に着くが、その前に一つ忠告だ」
「忠告?奴隷売ってるっていうのは既に聞いたけど?」
「そうじゃない。外についてだ」
「外ぉ?なに?なんか見たら終わるみたいなことでもあるわけ?」
嫌疑をたくさんに込めた眼差しを彼に向ければ、男はカーテンの隙間から見える外を少し見つめた後、私に向き直った。
「我が国、プライセルは、先進的な魔法技術で発展してきた国だ。それゆえなのかなんなのか、研究気質な国民が非常に多い。ここは首都なのだから、尚更な」
「ふーん?それがなに?」
「お前の瞳⋯⋯」
男は言いづらそうにそれだけぽつりと呟いたきりなにも喋らなくなってしまった。ただ、何か言葉を探すように瞳孔を彷徨わせてばかりいる。
「え?なに?綺麗だとか乾杯だとか、ホストみたいな口説き文句でも言うつもり?コールでも入れてあげようか?」
「ふざけるな。俺はそんな低俗じゃない」
(お坊ちゃんって感じの回答)
「んじゃなんて言うつもりだったわけ?私の目がそんなに変?」
「あぁ、変だ」
「なっ!?」
きっぱりと即答されてしまい、驚きのあまり顔をしかめてしまう。
「ちょっと!女の子らしくない自覚はあるけど一応私女だよ!?その言い方酷くない!?」
「変なものは変だ。お前がそう聞いてきたのだから、そう言っていいものかと思った」
「アンタねぇ⋯⋯」
納得いかず、また目の前の仏頂面の男を睨みつける。そんな私を慣れたふうに無視して、彼は肩に掛けている大きなジャケットのポケットからコンパクトミラーを取り出して私に差し出した。
「気になるなら自分で確認してみろ。そして俺の瞳と見比べてみろ。自分がこの世界の人間では無いと、改めて自覚出来るだろう」
「そんなこと既に分かってるっての」
私は彼から受け取った鏡を開いて、自分の顔を見つめてみる。
「って⋯⋯えぇ!?」
鏡に映っていたのは見慣れた私の顔。当たり前のことだ。────但し、瞳を除いて。
私の瞳は、前世での日本人らしい黒色の瞳孔ではなく、真っ赤な色に、うっすらとバツ印が付いていた。カラコンや加工でも無ければ再現なんて出来ないだろう瞳になってしまっている。
「え!?な、なにこれ!この鏡おかしいんじゃないの!?なんかのほら、魔法の道具とか!」
「魔導具ならば存在はしているが、これは至って普通の鏡だ。おかしいのはお前の瞳だ」
「そ、そう⋯⋯」
信じられない気持ちは大きかったが、目の前の男はとても嘘をついているようには見えない。
(いや、会って始めての仏頂面の男の冗談なんて見抜けるわけないか。そもそも、王宮で働いてるお偉いさんなんて、いくらでも嘘ついたり隠し事して当然じゃない)
内心自分を戒めるようにそう呟き、カーテンを少し開ける。そして、窓ガラスを鏡代わりにして、自分の瞳を再度確認する。
「おい、何をやってる」
「なにって、本当に目の色変わったのかなって確認してたんだよ。アンタの鏡だけじゃ信用に足らないから」
「そうか。しかし、そんな危ない真似は推奨しない」
「危ない真似って⋯⋯ただ窓ガラスを鏡代わりにしただけなんだけど?」
「この国の連中は案外目敏いんだ。⋯⋯丁度いい。話を戻そう。先程、我が国は研究気質な国民が多いと言ったな?」
「え?うん。そうだね」
私が頷くと、男は不機嫌そうに眉を寄せ、話し始めた。
「だからなのか、非常に珍しいものを好む人が多い。お前みたいな異世界人は二度目だからな」
「二度目?一回目がいるの?」
「あぁ。公にはされていないが、あの予言師もそうだ。あいつは陛下に守られているから、国民には開示されていないけどな。⋯⋯まぁとにかく、お前にはそんな後ろ盾は居ないから、気をつけろよ、って話だ」
「ふーん。アンタはその後ろ盾にはなってはくれないわけ?」
私がそう言うと、男はまた不機嫌そうに眉をひそめた。
「⋯⋯俺なんか、大した後ろ盾にはなれないだろう。出来て精々お前の護衛くらいだ」
「え!?マジで!?やってくれんの!?」
「金貨十枚から検討してやる」
「⋯⋯それっていくらなの?いや、あー、どれくらいのものが買えんの?」
「別荘一つ分?」
「馬鹿じゃないの」
小首を傾げてけろっと言う男に苛立ちにも似たもの、いや、苛立ちが込み上げ、考えよりも先に口が先に文句を垂れてしまう。
「ボッタクリも大概にしなよ」
「よく分かったな。俺はそんな強くないよ。騎士でもなんでもないし」
「んじゃなんなの?」
「⋯⋯ただの落ちぶれた王宮魔法使い」
「ふーん」
「⋯⋯まぁ、俺の話はどうでもいいだろう。とにかく、外に出て誰かに目を付けられるなよ。顔⋯⋯特に目を手元で隠せ。場所は路地裏にあるが、馬車を降りるのは大通りで、そこから少し歩く。その間気をつけろよ」
「はいはい」
私は、彼の話を右から左に流しながら、外の世界から隔離されるような気分をどこか味わっていた。目に見えるその布を見ながら、適当に頬杖をつく。私の視界には、一色のカーテンだけ。この外は、どうなっているのだろう。




