話そうよ
「⋯⋯なに?話って」
「色々。私達は今日会ったばかりだけどさ、これからの為に、お互い、色んな事情を話すべきだと思うの」
ドアの向こうから、うるさかった水の音が止んだ。
「⋯⋯それって、必要なこと?ご主人様が僕と過ごす上では必要のないことだと思うけど。それに、なにも、今話さなくたっていいでしょ。僕お風呂入ってるし」
「知ってる。だから今来たの」
「へぇ。やっぱり僕と一緒にお風呂に入りたかったの?」
「違うってば!」
変に誤魔化して逃げ惑う彼に、苛立ちが込み上げてくる。彼は、私になにを隠したがっているのだろうか。
「⋯⋯顔を合わせちゃ、なんとなく話しにくいでしょ」
「だから、人のお風呂に突撃してくるんだ」
「別に中に入ってはないでしょ!?」
奴隷とは思えない態度に、声を荒げてしまった。そんな私をくすくすと笑う声に、羞恥心で胸がいっぱいになる。
「はいはい。⋯⋯それで?なにが聞きたいの?僕が答えられることであればなんでも答えるよ」
ようやく答える気になってくれたようで少し安心した。立つことにも疲れてきたため、腰を下ろして、扉に背中を付けた。
「⋯⋯いっぱい聞きたいことあるけどさ、さっきの、女の人達。なんで急にあんなに怒ってたの?」
「魔法陣を使って契約した奴隷はね、胸元に印が入れられるんだよ。ご主人様は、書面のみの契約だったから、そういうのはないはず。あの人達にはね、その印を見せた。ああなることは想定内だったよ。この国の人は、基本的に奴隷のことを嫌ってるから」
「想定内って⋯⋯。分かっててあんなことやったっていうの!?」
「そうだよ」
腹立つくらい淡々と返ってくる答えに、気持ちがまた騒然とする。騒がしくて、片付けようとしたら、また新しいゴミが増えているような気分だ。いつまで経っても、片付きそうに無い。
「⋯⋯レレルは、なんでそんなことしたの?」
「なんで。なんでだろうなぁ⋯⋯」
「うーん、うーん」と暫く唸り続け、悩んでいる様子だった。そして、やがて結論が出たのか、「あ」と声を上げる。
「僕、自分が思っているより、ご主人様のことが好きなのかも」
「は!?」
聞こえてきた言葉に、飛びのいて扉を凝視してしまう。まさか、好き、だなんて単語が出てくるだなんて思わなかった。
「なんか、安心するんだよね。今までとは全然違うせいだからかな」
「⋯⋯今までって?」
その問いをすることに、少しだけ躊躇った。彼の過去に触れることが私は怖いのだろう。それでも、知りたい。
「⋯⋯ご主人様のことだよ。皆、僕のことを、当たり前のように道具みたいに扱ってくるんだ。だから、全員、食べた」
「⋯⋯⋯⋯」
現実離れした話を、あの綺麗な天使が話しているということが、私は信じられない。あの綺麗な髪も、身体も、汚い血肉で出来ているだなんて、信じたくも無かった。彼の語ることが嘘だと、信じていたい私がまだ存在している。
「⋯⋯一人目に買われた時は、色々絶望していた。突然家に押しかけてきた人達に、両親は僕を渡したんだ。自分達の保身の為に。そんな状況の中で、一人目は、僕をストレス発散用の道具として買った。裸にされたまま、縄で手足を縛られたり、鞭で叩かれたり、色んな道具を試された。身体は動かせないくらいボロボロなのに、死にたくないっていう執念だけは残っていた。その執念を奮い立たせて、僕は一人目のご主人様を殺して、食べた」
「⋯⋯なんで、食べたの?殺すだけで、良かったじゃない」
「なんでだろう。今でも不思議なんだよね。三人共、食べようと思って食べていないのに、肉塊になった瞬間、唐突に美味しそうに見えたんだよ。だから、食べた。あ、あと二人の話も聞く?僕を着せ替え人形にして、穴として使ってた男と、旦那様が居ながらも、僕を内緒で買って性奴隷として使ってた女の人の話なんだけど」
「いや、また今度で、いい」
少し聞いただけで、吐き気が込み上げてくる。したくもないのに、レレルがその人達を食べるところを想像してしまった。
「⋯⋯ご主人様。僕は、色々不幸な道を辿ってきた自信があるけど、今はそれなりに満足しているんだよ。君みたいなご主人様に出会えたからね」
「⋯⋯私?なんで?私なんて、こっちに来て早々災いの種だなんだと言われてきたんだよ。嫌じゃないの?私ですら厄災がなにかも理解していないし、一緒に居たら何が起こるか分からないんだよ?」
「それを言うなら、ご主人様だってそうだよ。僕は三回も首輪を噛み千切ってその時のご主人様を食べてきたお行儀の悪い犬なんだよ?奴隷の心配よりも、まずは自分の心配をしたらどう?なにが僕の機嫌を損ねてしまうか分からないよ?」
「あれ?私言わなかったっけ?『その時はその時』って。お生憎と、こっちは一回死んでいるもんでね。もう死ぬのなんて怖くないの」
なんてのは、当然嘘だ。一回死んだくらいで死に慣れるわけがない。
「⋯⋯そっか。一回死んでるんだ。それじゃ、死ぬ前のご主人様は?なにをしていたの?」
「⋯⋯学生、って言って、伝わるかな」
「うん、伝わるよ。この国は、先進的な魔法技術で発展してきた国だから。だから、こっちにも学校はあるんだよ。僕は行ったこと無いけど」
「そうなんだ。まぁ、その学生ってやつをやってたの。といっても、まともには行ってなかったんだけどね。クラスの人と馴染めなくて⋯⋯」
そして、その「馴染めない」はエスカレートしていって、最終的にはいじめへと発展していった。それで逃げてインターネットに籠ったのに、コミュニティ内のよく分からない男女のいさこざに巻き込まれた。どこに居ても、皆私を悪者にしてくる世界が憎くて、嫌いで、あの世界とお別れした。
(なんて、レレルには言えないなぁ⋯⋯)
「⋯⋯馴染めなくて、どうしたの?」
「⋯⋯レレルの知らなくていいことだよ。向こうの世界での話だし、どうせ言っても分からないよ。それに、いい話じゃないし」
「僕がした話も、いい話じゃないと思うけど」
「そ、れはそうだけどさぁ⋯⋯」
私みたいな汚いものばかり踏んできた存在が、レレルみたいな綺麗な存在に触れようだなんて、烏滸がましい。彼がどれだけ汚いものを身体に溶かしてきていたって、それはもう過去のこと。今、扉の先に居るのは、ずっと、ずっと綺麗な天使なんだ。
「⋯⋯ご主人様、僕ね、ご主人様が思っている以上に綺麗な存在じゃないよ。汚いものをいっぱい見てきたし、汚いものをいっぱい被ってきたよ。目に見えるものは、シュヴィの魔法で隠してもらったけど、それが消えるわけじゃない。汚いものはずーっと、汚いまま。だから、話して、ご主人様。僕も、君のことを知りたい」
「⋯⋯⋯⋯ヤダ」
私が絞り出した答えは、そんな否定の二文字だった。
「その、話したくないわけじゃないんだよ。いや、ヤダって言っといて話したくないは違うけどさ⋯⋯。ただ、自分の中で折り合いが付いてないから、少し、整理する時間が欲しいんだ。その、笑い話に出来るようになったら話すよ。だから、待ってて」
「⋯⋯そう。分かった。それじゃ、ご主人様が話してくれる日を待つよ」
暗くなってしまった空気を変えたくて、私は無理矢理声を張り上げる。
「⋯⋯あ!ご主人様で思い出した!その呼び方辞めようよ!」
「え?」
「ご主人様って、なんか堅苦しいじゃん。私、別にそんな呼ばれ方されるほど凄い人じゃないし。あと、私もシュヴィをご主人様だなんて死んでも認めないし」
ドアの向こうから、吹き出す声が聞こえた。
「⋯⋯だから、レレルも私のこと『シャナ』って呼んでよ。そっちの方が、私も嬉しいし」
そこまで話し終えると同時に、扉が開かれる音が聞こえた、気がした。
(ん?)
私は、自分の目を疑った。なぜなら、そこには素っ裸のレレルが立っているからだ。
「それじゃ、これからはシャナって呼ぼっかな」
「な、あ、あ⋯⋯」
「ん?」
「いやああああああ!!!」
私のその悲鳴は、人生で上げたどんな声よりも、響き渡っただろう。
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このヘンタイ!




