無礼
「レレルー、お待たせー」
風呂場を出て、私はそう彼の名前を呼ぶ。しかし、その呼びかけに返ってくる声は無かった。
(下に降りてるのかな?)
私は顔をなるべく隠しながら、階段を降りて行った。
***
「ねぇ聞いた?処刑になった異世界人が逃亡したって話」
降りてすぐに聞こえたそのワードに、私は反射的に足を止める。そして、隠れるように壁に背中を付けて息を潜めた。
(今の、私のこと?だとしても噂になるの早くない?まだ今日のことでしょ?それもお城で起きたこと。ただの噂だとしても、一般人がどうして知ってるの?)
「聞いた聞いた。怖いよねぇ。予言師様は、その異世界人が災厄をもたらすって言ってるんでしょ?そんなのが野放しになってるなんて、怖くて夜も眠れないわ。確か、今捜索願が出てるんだっけ?」
(はぁ!?私のこと追い出したのはそっちでしょ!?身勝手過ぎない?)
思わず飛び出して問い詰めたくなったが、その気持ちをどうにか抑える。
「そうそう。なんでも、騎士のシントン氏、だったかしら?その人が主導になってるみたいよ」
「え!?アンシオ様が、そんなことを!?異世界人の捜索だなんて地味な仕事、ほかの者に任せればいいのに!」
(アンシオ様?シントンって名前も出てたし、フルネームはアンシオ・シントンとかか?そいつが私を探してるってこと?でもどうして。個人で動いてるのかなんなのか知らないけど、私を連れ戻してなにをするつもり?)
二人の会話をもっとよく聞こうと、足を動かそうとした時、彼女達に誰かが声を掛けた。
「奥方、面白そうなお話をされていますね」
レレルの声だ。彼の身体は当然未だ渇ききっていなく、女性達は心配そうに、そしてどこか惚けた様子でレレルを見つめた。
「あ、あら貴方大丈夫!?濡れてしまっているじゃない」
「ご心配には及びません。これでも、店主にタオルをお借りして、ある程度は拭き終わりましたから。それよりも、僕は先程の話が気になります。⋯⋯逃げ出した異世界人って、どんな方なんですか?」
穏やかに彼女達に向き合っているのに、レレルの瞳からは、穏やかさなんて微塵も感じられなかった。
(⋯⋯なんか、怒ってる?)
その雰囲気を彼女達を感じ取ったのか、少し慌てた様子で口を開いた。
「い、いや、私達も、詳しいことはあまり知らないの。というのも、さっき人伝に聞いたばかりなものだから」
「そうですか。それは残念。ですが、そんな異世界人なら、早く捕まるといいですね。僕も怖くて、今夜は眠れそうにありません」
困ったように眉をひそめたレレルを見て、彼女達はなにかを相談するかのように目配せをした。そして、結論が出たのか、揃って小さく頷いたのが見える。
「あ、あの、良かったら、私のお家に来ませんか?そしたら、お風呂も貸してあげられますし」
「いやいや、私の方が立派なお風呂だから、私の方に来た方がよろしいですよ!きっと、心も身体も温まります!」
「ふふ、お二人共、お誘いありがとうございます。しかし、お断りさせて頂きます」
なにを血迷ったのか、彼はそう言い終わったあと、ボロボロの布切れを彼女達に見えるようにたくし上げる。それを見た女性達は、衝撃を受けたように固まってしまった。
「僕には既に、ご主人様がいらっしゃいますので」
そう言って、レレルは服を元通りに下ろした。
「⋯⋯そんな綺麗な顔をしておきながら奴隷だなんて汚らわしい!二度と私達に話しかけないで!」
一人の女性が、そう叫んだ後、レレルに向かってテーブルに置かれていた飲みかけのカップを被せる。
(なにすんのあいつら!)
彼を助けなくちゃ、そう思うのに、身体は怖くて動いてくれない。
「ふん、行きましょ」
「そうね」
「あ。ま、待ってくださいお客様!」
「こらミキ⋯⋯!」
女性達に向かって走り出したミキを、猫の耳を生やした女性が手を伸ばす。しかし、その手は届かず、ミキは彼女達の前に立ちはだかってしまった。
「⋯⋯どうしたの?お嬢ちゃん。お姉さん達、お会計が出来ないんだけど」
「レレルさんに謝ってください!!」
「え?」
その声は、女性達ではなく、飲み物をかけられて立ち呆けている彼のものだった。
「謝って、なんて言われても⋯⋯。奴隷に謝る程の価値なんて⋯⋯。ねぇ?」
「え、えぇ。そうね。私達は悪くないもの。悪いのは、向こうでしょ。奴隷の分際で話しかけてきたんだし」
(でもレレルを誘ったのはそっちでしょ!?)
「価値とか奴隷とかどうこうの問題じゃありません!悪いことをしたら謝る!そんなの、当然でしゅ!⋯⋯あ、です!」
足も声も震えていて、甘噛みまでしてしまう程怖いのに、彼女はレレルの為に、今もあそこから動かずにいる。私よりも、ずっと小さな女の子が、だ。
「⋯⋯お客様、不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。代金は頂きませんので、本日はどうかもうお帰りくださいませ。改めて、この度は大変申し訳ありませんでした」
ケイロンさんが、後ろからミキを抱き寄せ、そう頭を下げる。連れて、ミキもやむなしといった様子で、頭を下げた。
「ふん。失礼なお店だこと。二度と来ないわ!」
そうして、ようやく女性達は帰っていった。それを見て、私も足を動かして彼らに顔を見せる。
「⋯⋯他にお客様も居ないし、今日はもう、臨時休業ということで店仕舞いにしましょうか。お二人も、その方が安心できるでしょう。ミキ、看板ひっくり返してきて」
「⋯⋯はい」
ミキは涙を堪えながらも、父からの要望に応えるべく、外へと駆け出していった。
「いえ、あの、私達の為にわざわざそこまでしなくても大丈夫ですよ」
「いいえ、そうしましょう。今後についても、ゆっくり話し合う時間が必要です」
猫耳を生やした女性が、私を窘めるようにそう微笑みかけてくる。
「⋯⋯あの、こんな時に聞くことじゃないかもしれませんけど、あなたは?」
「あぁ、申し遅れました。私は、ミレヴァラ・ヴルタリー。ケイロンの妻ですわ」
「私は、番塲叉那といいます。色々、お騒がせしてしまってすみません。それと、お洋服も、ありがとうございました」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですから。今度うちが忙しい時に手伝ってくれればそれでいいです」
ミレヴァラさんは、そうにこやかに言ってくれた。本当に優しい親子だ。
「とりあえず、レレルくんはお風呂に入ってきた方がいいよ。シャナさんが下りてきたということは、お風呂上がったってことでしょう?」
「あぁ、はい。それを伝えにきたんですけど、なんかとんでもないところを目撃しちゃって⋯⋯」
「⋯⋯そうだね。そうする」
レレルは、浮かない声でそう答える。そして、少し覚束ない足取りで二階へと上がっていった。
「⋯⋯レレル」
心配にはなるが、私に出来ることはなにもないないだろう。私とレレルは今日出会ったばかりだし、私は彼を助けられなかった。
(それでも⋯⋯)
「⋯⋯あの、少し、声かけてきますね。のぼせたりしちゃわないか心配なので」
「えぇ、是非そうしてあげてください」
「はい、では私は、失礼しますね」
そう告げて、私は二階へと上がっていった。
***
浴室の前に着いた私は、騒がしい気持ちを抑える為に、一つ深呼吸した。そして、ドアを軽く叩く。
「⋯⋯ねぇレレル。少しだけ、話そうよ」
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