「でも、そんな私も好きでしょ?」
八月の半ば。
この数年で、気温が三十五度を超えるのが当たり前になってきた。
駅から外に出ると、気温の差に思わずため息が出た。
「夜中になっても暑いな……」
冷房の効いていた電車内を恋しく思いながら、手に持っていたハンカチで首にじんわりとかいた汗を拭う。
先月切った髪の毛は、まだ縛れるほど長くなく、暑いから切ったのにまとめられないせいか余計に暑くわずらわしく感じた。
かばんからスマホを取り出して時間を確認する。あと少しで日付が変わろうとしていた。
……はあ。本当はもっと早くあがれたはずだったのに、後輩の仕事を手伝っていたら結局こんな時間になっちゃった。
またため息をついて、家に向かって歩き出した。
私の名前は、鹿野花絵、二十六歳。あだ名は、ハナ。
都内の病院で看護師として働いている。
駅から十分ほど歩くと、住宅が密集した一角に古びた二階建てアパートが現れた。
築三十数年。間取りは二DK。玄関のドアを開けるとすぐにダイニングキッチンがあり、右手と奥に二つずつドアがある。どの部屋に行くにも必ずこのキッチンを通らなければならない造りだ。家賃は十万円を少し切る程度。
二階の左角部屋が私の住んでいる部屋。階段を上がり(どうでもいいけど、私は階段を登っているときのカンカンという音がわりと好きだ)、ドアの鍵を開けて中に入る。
「……ただいま」
「おかえり〜」
ビックリした。
ひとりごとのつもりでつぶやいた言葉に、返事が返ってきたからだ。
てっきり電気の消えた暗い蒸し暑い部屋、返事がないただいまを想像していたから。
実際は、電気もクーラーもついていて、暗くて蒸し暑くもなかったし、おかえりまでもらってしまった。それに、なにかいい匂いまでしている。
このアパートは、ドアを開けて中に入ると八畳のダイニングキッチンがある。
私は部屋の真ん中に置いてある二人用のテーブルに座っている人物を見た。そこには、鍋敷きの上に乗せた鍋から直接ラーメンを食べている女がいた。いい匂いの正体はこれか。
女は、ロングヘアを頭の上でお団子にまとめ、白色のクロップド丈のシャツ(私は着れない。おなか出したくないもん)とスウェット生地のショートパンツを履いて、素足のままイスの上であぐらをかいて座っていた。
「おかえり?」
玄関で立ったままでいる私を不思議そうに見ている彼女の名前は、ケイこと犬山慧、二十六歳。職業、ダンサー──だけでは食べていけず、ダンス教室の講師のバイトもしている。私と一緒にこの部屋に住んでいる同居人だ。
「ただいま」
靴を脱いで、部屋に上がる。
かばんを空いているほうのイスの上に置いてから、玄関側の壁にある二つのドアの一つを開けた。
ドアの先には、洗面所とお風呂がある。隣にあるドアはトイレ。嬉しいことに、このアパートはお風呂とトイレが別々だった。
手洗いうがいを済ませ、洗面所を出る。
ラーメンを食べているケイの隣に立ち、イスの背もたれに手を置いて鍋の中をのぞき込む。
お、みそラーメンだ。
鍋の中には、もやしとキムチも入っていた。
うわあ、美味しそう。無意識に出たツバを飲み込む。
「美味しそうだね」
「食べる?」
「平気。珍しいじゃん、こんな時間に食べてるの。いつも太るからって食べないのに」
「……だって、ハナが帰ってくるの待ってたらおなか空いちゃったんだもん」
「え、待っててくれたの? いつも遅くなると先に寝てるのに」
「だって、今日は本当なら早く帰れるはずだったじゃん! 夕飯、一緒に食べれると思って楽しみにしてたのに〜!」
「それは本当にごめん。うちの職場、いま人が足りなくてさ」
「分かってるけどさ〜〜、あたしのとこも忙しいし。でも、最近ハナとすれ違ってばっかでちょっと寂しかったんだよ〜〜〜〜」
そう言いながら私の腰に抱きつき、おなかに頭をグリグリと擦りつけてくる。おお、おお、私のおなかに帰ろうとすな。
鍋をそっとテーブルの真ん中に避ける。
あ、この鍋敷き。ケイが、この間かぎ針で編んでいたやつだ。できたんだ、かわいい。
そんなことを思いながらケイの髪を梳くようになでていると、ふんわり良い匂いが香ってきた。シャンプーの香りだろうか。
うーん。どうして人って疲れているときほど、ムラムラするのか。
「……ケイ。明日、午後からだったよね?」
「うん」
私のおなかから顔を上げたケイが、それがどうかした? とでも言いたげな顔でこっちを見てくる。
「私も今日残業したから明日午後からになったんだよね」
「良かったね?」
「もうラーメン食べ終わる?」
「あとちょっとだけど……あ、ハナもなんか食べる?」
「そうだね。でも、私はご飯よりケイがいいかな〜」
「はあ!? オヤジか!?」
そう言ってケイはバッと私から距離を取るように離れた。顔、真っ赤だ。
なんかムカつくことを言われた気がするけど、真っ赤な顔をしたケイを見ていると、不思議とイライラはしなかった。
「シャワー浴びてくるから、食べたら私の部屋で待ってて」
ふふふと笑いながらケイの頭をひとなでして、イスの上に置いたままのかばんを手に取る。
ケイの後ろを通って自分の部屋に向かう。奥にある二つのドアの左側が私、トイレやお風呂がある右側がケイの部屋だ。どちらの部屋も六畳で、両方の部屋からベランダに出られるようになっていた。
ドアを開け、自分の部屋に入る。ドアが閉まろうとしたとき、静かにズルズルとラーメンをすする音が聞こえた。
私たちは付き合って五年、一緒に住んで四年になるカップルだ。
──私たちの出会いは、ありきたりなものだった。
違う大学に通っていた私とケイは、共通の友人が主催した飲み会で出会った。
(……やっぱり、飲み会って慣れないな)
周りにバレないように小さくため息をこぼす。
慣れない飲み会に、違う大学の人たち。
盛り上がる周りから外れ、隅っこで一人チビチビとビールを飲んでいた。
テーブルの上には、運ばれてきた料理が手もつけられずにいる。
(あんまりおなか空いてないけど、もったいないし食べるか……)
「隣、空いてます?」
苦いビールをテーブルの上に置こうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
顔を上げて振り向くと、女の子が立っていた。
黒髪のミディアムヘアに前髪部分だけ金髪で、よれたプリントシャツにショートパンツ姿の女の子。同じ学校に通っていても友だちにならないタイプだなと思った。
「あの?」
「あ、空いてます」
「やった! 料理、もう食べないんですか? 食べていいですか?」
隣に座るやいなやテーブルに放置されていた料理を指差し聞いてきた。
「どうぞどうぞ。私、おなか空いてないんで、食べちゃってください」
「やったー! いただきまーす!」
そう言って放置されていた料理をパクパク食べ始めた。
から揚げ、焼きそば、ほっけ焼き、だし巻き玉子、きゅうりの浅漬け……ドンドンお皿が空になっていく。
確か、慧さんだっけ。よく食べるな。
──私にとってのケイの第一印象は、よく食べる派手な子。
きっと、もう会うことはないだろう。そう思っていた。
飲み会から数日後。
今日は映画を見に、近所のショッピングモール内にある映画館に来ていた。
自分の座席に座って始まるのを待っていたとき、隣に人が座った。なんとなくチラッと隣を見ると、見たことがある顔と目が合った。
「「あ」」
慧さんだった。数日前に会ったばかりなのに、もう髪の毛の色がライトブルーになっている。
見つめあっていると、あっちから声を掛けてきた。
「ども、偶然ですね」
「そうですね」
私のこと、覚えてるんだ。ちょっとびっくりした。
慧さんと違って私は派手でもないし、とびきりかわいいわけでもない。高校のときも、三年間クラスが一緒だった男の子に名字さえ覚えられていなかった人間だ。
そんなふうに考えていたら、映画館の電気が暗くなってきた。
映画が始まる。有名なアニメ映画の実写作品。
映画中、私はスクリーンより隣が気になって仕方なかった。
笑ったかと思えば、キャラクターに文句を言ったり。音楽が流れ始めると体をゆらゆら動かしたり。とにかく落ち着きがない。けれど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
映画が終わり、明るくなった映画館。
スマホの電源を入れていると、隣から声を掛けられた。
「良かったらお茶でも行きませんか?」
「いいですね」
「映画、面白かったですね!」
ショッピングモール内の喫茶店。
私はミルクティー、慧さんはアイスコーヒーを頼んだ。
「そうですね。音楽に合わせてちょっと踊ってましたよね?」
「え! 動いてました? ヤバっ! あたし、ダンスやってるせいか、音が流れると無意識に体が動いちゃうんですよ」
「へえ、ダンス」
見た目的にも、ダンスやってそうだもんな。
「実は、来週からアンナってアーティストのツアーでバックダンサーやるんです」
「え、プロなんですか?」
慧さんの言葉に、私は持っていたミルクティーのカップを置いた。
「いや、プロっていうか、たまにたまーにアーティストさんのバックで踊ったりするだけですよ」
「じゅうぶんすごいですよ。何歳からやってるんですか?」
「えーと、ダンスは小五で、バックダンサーとしては中二からかな」
「すごい!」
「あたし、好きなダンサーさんがいて、その人みたいになりたいんです」
「へえ」
「その人、ダンサーの他にダンス教室の先生もやってて、あたしもそのダンス教室に通ってたんです」
「そうなんですね」
それからお互いの話、好きなものの話、映画の話、気付けば二時間も話していた。
私たちはいつの間にかタメ口になっており、お互いのことを
「ハナ」
「ケイ」
と呼ぶようになっていた。
連絡先も交換し、この日以降も頻繁に会うようになった。
ただおしゃべりするだけだったり、カラオケに行ったり、お互いの家にお泊まりしたり。あるときは、終電を逃して原宿からケイの家まで歩いたりもした。ケイの大学のダンスサークルの発表会にも誘われて見に行った。
一緒にいるうちに気付けば私は、ケイのことが恋愛的に好きになっていた。でも自分たちは女同士、きっと何も進展することはない。そう思っていた。
私たちが出会って一年がたった。
いつものように終電を逃した私たちは、あてもなく新宿をブラブラ歩いていた。
「ねー、あたしたちいい加減付き合わない?」
「え、ウチら女同士、だよ?」
「それが? あたしの周り、同性カップルふつうにいるよ? それにハナ、あたしのこと好きじゃん」
バレてる!?
「あ、当たってた? 良かった〜! あたしもハナのこと好きだからさ、付き合えたらめっちゃ嬉しいなって思ってたんだ。で、どう?」
何も言えないでいると、不安そうな顔をしたケイが聞いてきた。
「……私も、ケイが好き。付き合いたい」
「やったー!」
そう言ってケイが抱き着いてきた。私もギュッとケイを抱きしめた。
終電が終わった夜中に、新宿の道端で抱き合う私たち。
人の目なんか気にならないくらい、幸せだ。
こうして私たちは付き合い始めた。
そして大学卒業を機に同棲をスタート。
現在、同棲して四年目になる。
──隣で寝ているケイの寝顔を見ていたら、懐かしいこと思い出しちゃったな。
時刻は十二時。
二人とも遅出とはいえ、そろそろ起きなくては。
「ケイ、ケイ。そろそろ起きてご飯食べよ?」
「うっ、……ご、はん……食べたい……」
「ん。その前に、顔洗ってきな? 適当に作るから」
ブランケットの中でまだもぞもぞしているケイを残し、ベッドから起き上がった。部屋を出て歩きながらキッチンのクーラーの電源を入れ、洗面所に入る。
洗顔、スキンケアを終わらせ、髪をとかす。
ショートヘアってラクだけど、寝癖がつきやすいのが難点。右側だけについた寝癖を、軽くぬらしてからドライヤーをあてる。
よし、こんなもんでしょ。
さーて、何食べようかな〜。
洗面所からキッチンに戻ると、ケイはまだ起きていなかった。
頭の中で、朝食のメニューを考えていく。
食パンと目玉焼きかな。有名なアニメ映画に出てくる食パンの上に目玉焼きを乗せて食べるアレ。
フライパンを取り出し、火にかける。
冷蔵庫から卵を二つ取り出す。冷蔵庫は、一緒に暮らし始めてすぐリサイクルショップで買った。デザイン重視で決めたので、少し小さめ。私もケイも食べるのが好きで、あれこれ買ってくるせいかいつも冷蔵庫の中はパンパンだった。
温まったフライパンに卵を落としていく。
このへんで、トースターに食パンを二枚セットする。
卵の白身が白くなってきたらフライパンの中に軽く水を入れ、フタをする。
ハネた油がフタに当たってバチバチ音をたてた。火を止めて、軽く放置。
「食べるとき、何飲もうかな〜」と冷蔵庫を物色しているとドアが開く音とともにケイがやっと起きてきた。
フラフラ歩きながら、イスに座った。目がほぼ開いていない。
「飲み物、牛乳がいい……」
「オッケー。もうできるから顔洗ってきな」
「はーい……」
テーブルや壁にぶつかりながら洗面所に消えていった。
「大丈夫かなあ?」
チンと音が鳴った。食パンが焼けたようだ。
フライパンのフタを開けて、中を確認する。
うん。バッチリ、半熟だ。
お皿に、パン、目玉焼きの順に乗せていく。コップに牛乳を注いでいると、顔を洗ってスッキリした顔のケイがやってきた。
「わー! うまそー!」
「どうぞ、召し上がれ〜」
「わーい! いっただきまーす!」
「いただきます」
ご飯を食べ終わると、洗い物はケイがしてくれた。
特に決めていないけど、相手が料理をしてくれたら後片付けは自分がする。そういうルールみたいなのが私たちの間にはいつの間にか出来ていた。
「行ってくるね!」
「うん、今日はダンス教室のバイト?」
「そう! 帰りはあたしのほうが早いだろうから適当になんか作っとくね」
「ありがとう。いってらっしゃい」
「行ってきまーす!」
後片付けを終えたケイは、慌ただしく用意を済ませ、慌ただしく出て行った。
「さて、私もそろそろ出る用意しないと」
夏が終わり、秒で秋が過ぎ、冬になった。
クリスマス、大みそか、お正月が過ぎ去ったある日。
仕事帰り、ポストを見ると一枚の茶封筒が入っていた。不動産屋さんからだ。
「ただいまー」
ケイは……靴があるから、部屋か。
キッチンのテーブルに着き、手紙を開ける。
「えっと、……部屋の更新のお知らせ」
もうそんな時期か……。
ケイもこの部屋を気に入ってるっぽいし、このまま更新かな。それか、この機会にもうちょっと都内に近いところに引っ越すのもありかも。
とりあえず、ケイにも話さないと。
イスから立ち上がり、ケイの部屋のドアをノックする。
「どうぞー」
「ケイ、あのさ……どうしたの?」
ドアを開けると、部屋の真ん中でキャリーバッグを広げて、荷物を詰めているケイがいた。
「あたし韓国に行くことになった! 先生がこっちに来なよって!」
「韓国? 先生?」
「昔、話した通ってたダンス教室の先生!」
「ああ、ケイが憧れてるダンサーさん」
「そう! 先生、いま韓国に住んでて、こっちに来なよって言われたの!」
「……えっと、韓国に住むってこと?」
「うん! そういえば、どうしたの?」
「あ、アパートの更新の手紙来てて……」
「え! めっちゃ、ちょうどいいじゃん! あたし出てくし、ハナも実家帰れば?」
「え、」
「いやー、ちょうど良かった良かった」
体から力が抜けていく感覚ってこんな感じなのかな?
気付くと私は、自室のベッドの上でうつぶせで寝転んでいた。
ちょうど良かった?
なにが?
韓国に住むって、出ていくって、何?
なんで勝手に決めちゃうの?
頭の中をグルグルと言いたいことが回る。
あれからケイは荷物の整理や手続きなどで家を空けることが多くなった。私もちょうど仕事が忙しくなってしまい、ちゃんと話さないとと思いながらも話せないまま、ケイは韓国へ旅立っていった。
え、私たち終わりってこと?
あれから二年がたった。
その間、ケイから連絡が来ることはなかった。
たまに私がケイのSNSアカウントをのぞいて、一方的に生存確認をする。それだけ。
こちらから連絡すればいいんだろうけど、SNSにアップされていたケイの写真はどれも楽しそうに笑っていて、連絡するのを躊躇われた。
私がいなくてもケイは全然平気なんだ。
本当に私たちの関係は終わってしまったのかもしれない。
楽しそうに前に進んでいるケイとは違って、私はずっと同じところに立ったまま。今もまだ、二人で住んでいたこの部屋に住み続けていた。
相変わらずカンカン音が鳴る階段を上り、部屋の鍵を開けて中に入る。
「ただいま」
返事が来ることはないって分かっているのに、今日もまた返事のない「ただいま」を言ってしまう。
「おかえり〜」
「え」
返事が返ってきた。
下を向いていた顔を上げ、部屋の真ん中──声のしたほうを見る。そこには当たり前のようにイスの上であぐらをかいたケイが、ニコニコ笑いながら手を振っていた。
「……なんで?」
「なにが?」
「なんでいるの? 韓国は?」
「今日、帰国した!」
ブイッ! なんて言いながら、ケイは私に向かってピースをしてきた。
帰国?
「そんで空港からハナの実家行ったらさ、ハナママがハナはまだここに住んでるよって教えてくれて。めっちゃびっくりしたよ〜」
「だって……」
「あたしがいない二年の間、家賃とか大変だろうから実家帰れば? って言ったのにさ。まあ、新しく部屋を探す必要がなくなって、ある意味良かったのかな?」
「ま、待って! に、二年?」
「うん。だって二年契約だし。え、言ったよね? 先生に手伝いに来てって言われて、韓国のダンサー事務所で二年間だけ仕事してくるって」
え? そんなこと言ってたっけ?
当時のことを思い出してみるけれど、そんなことを言われた記憶はない。
「言ってないから! もう韓国に行って帰って来ないみたいな雰囲気だった」
「マジ? ごめんごめん」
軽っ。ハナにとっては日本にいる私のことなんて、そんなに重要なことじゃなかったのかな。
「連絡もないし。てっきり私たち終わったのかと……」
「それはない! あたし、ハナのことすっごい好きだし!」
「そ、そう……」
嬉しい。でも、
「それならなんで連絡してくれなかったの?」
「怒らない?」
「理由による」
「……声聞いたら会いたくなっちゃいそうだったから」
ケイはバツが悪そうに、あぐらの上で指をイジイジ弄りながらボソボソ小さい声で話した。
「は?」
「二年間ハードなの分かってたから、一回でもハナの声聞いたら日本帰りたくなっちゃうと思ったの。だから、二年後ハナに会うのを支えに頑張ろうと思って」
「そんな理由?」
「あたしには重大な理由なの!」
「えっと、声がダメだったらメッセージにすれば良かったのでは?」
「あ、そっか!」
ケイは「その手があったか!」なんて言いながら手をたたいている。
その姿を見て、なんだか一気に力が抜けた。
この二年間、私がどんな思いで……とか、いろいろ言いたかったけど「まあ、もういいよ」
「ねえねえ、ハナはあたしのこと好き?」
「は?」
「さっきあたしは言ったのに、ハナは言ってくれなかった!」
拗ねたようにケイが言った。
何を言ってるんだこの子は。
「ねーえ!」
頭が追いつかずにいると、ケイが催促してきた。はあ。
「改まって言うの恥ずかしいんだけど……好きだよ。すっごい」
「あたしもー!」
そう言うなりケイはガタッと音を立ててイスから立ち上がり、両手を広げて小走りでこっちに向かって来た。それをギリギリのところで両手を伸ばして止める。
私もハグしたいけど、
「待って、まずうがい手洗いしてからね」
「職業看護師〜〜〜〜!」




