第4話 最善手
ヒツヤは3人を追いかけ、エンテレキアを飛び出す。すると外にいたシエルが無言でヒツヤの手を掴む。そのまま地面を蹴った。
瞬間、体が宙に放り出される。
「――っ!?」
叫ぶ間もなく、透明な箱のような乗り物が頭上を滑り抜け、風圧が顔を打った。
シエルは軽やかに箱の表面を蹴り、その反動でさらに高く舞い上がる。
ヒツヤは必死に手を握り返すことしかできなかった。
次の瞬間、視界が傾く。
高層ビルの側面に叩きつけられるかと思ったが、シエルは片足で壁を蹴り、反対側のビルに飛び移る。
まるで壁と壁の間を跳ね返るようにして駆け上がっていく。
地上には、米粒にも満たない小さな人々が砂嵐のように行き交っている。
「ちょ、ちょっと待って! なにが起きてるの!?」
風にかき消されそうな声で必死に叫ぶと、シエルの横顔がかすかに動いた。
「アサリカ地区の大通りで――コアメモリが盗まれた。距離、約15km」
短く、乾いた声。
言葉の意味を理解するよりも早く、ヒツヤの胃が冷たく縮み上がった。
「コアメモリって、盗まれた人は……」
しばらく街中を飛び回り、目的地に到着する。地面に降り立つと、そこは宝石のように光沢のある白い床。素材感が感じられないくらいツルツルで綺麗な道。
無数の人々が流れるようにその床を移動していく。
リオとアークはすでに別ルートから同じ方向へ走っており、ヒツヤとシエルも人混みをかき分けて大通りへと急いだ。
次の瞬間、ヒツヤは視界いっぱいに広がる光景に息を飲んだ。
大通りの中央には、1人の被害者が仰向けに倒れていた。周りには通行人が何事かと、多く集まっている。
「……ここで、コアメモリが盗まれたのね」
シエルの声は低く、冷静だった。ヒツヤの手を握ったまま、彼女はゆっくりと通りを見渡す。
そんなシエルの真剣な雰囲気がヒツヤの緊張感を高めた。
リオとアークはすでに到着していた。リオは片手を腰に当て、状況を確認するように四方を見回す。ベテラン感が出ていた。アークは腕を組んだまま仁王立ちで被害者を眺める。何を考えているのだろうか。
ヒツヤは被害者を見つめながら、まだ理解しきれない情報に頭をフル回転させる。色々と質問したいことだらけだった。
「ここに来る途中、どうしてあんなに速く移動できたの……? あの床も、箱も……」
体がまだ微かに宙に浮く感覚が頭の中でリプレイされつつも尋ねる。
「理由は後で話す。今は、まず被害者の元へ行くのが優先」
シエルは言葉少なにヒツヤを引っ張り、倒れている人の横に近づく。
シエルが被害者の服をめくると、左腹にあるコアメモリを格納する箇所に小さな穴が空いていた。倒れている人はピクリとも動かなかった。ヒツヤはそれを見て、胸の奥がひんやりとする感覚を覚える。
ヒツヤはシエルの手を離し、周辺を走り回った。人混みをかき分けて辺りを探すと、被害者を横目に、コアメモリを抱えてその場を立ち去ろうとしている男を目にする。私が犯人ですよと言わんばかりの様子にヒツヤは不審に思い、男のもとに駆けつけようとした。
しかしその瞬間、
「……っ!」
目の前でアークがその男の腹をくないのような武器で背中を刺した。男は前方に倒れ、ピクリともしない。ヒツヤは衝撃のあまりその場でフリーズする。
「容疑者、破壊」
アークが低い声で言うと、リオとシエルも駆けつけ、倒れた男を見下ろした。ヒツヤはその後我に返り、駆け寄ったが、あまりの出来事にしばらく声が出なかった。さっきまでの緊張感が姿を変え、再びヒツヤの中を駆け巡る。するとリオが、
「この男が持っているコアメモリを被害者の元へ」
そう言い放つと、シエルがコアメモリを回収し、通りで倒れた人の腹に入れ込んだ。すると機械が起動したかのように意識が戻り、目を開いた。
(ありがとうございます。助かりました。コアを盗んだ人はしっかり破壊してくれましたか?)
冷静にシエルに尋ねる。
(はい。破壊済みです。2度とあの方は起き上がらないので安心してください)
二人は共鳴して会話をした。被害者は何事も無かったのかのようにその場を立ち去り、人集りも自然に消えていった。
「任務完了」
リオは澄まし顔で言い放つ。ヒツヤには、これが私たちの仕事なのだと言っている顔に見えた。ヒツヤは唖然としている。無意識に、震えた口を開いていた。
「これが、あなた達の仕事なんですか?」
少し下を見つめながらボソッと言った。
アークとシエルがこちらを見る。アークは相変わらず無機質に答えた。
「そうだが?なにか言いたそうだな」
「いやその、何か誤解があったかもしれないのに、いきなり刺すんですか?」
割り込むようにリオも口を開く。
「あそこで容疑者を逃がすリスクを考えれば、あそこで殺しておくことは無難よ」
ヒツヤははっとして固まった。そんな簡単に人を殺していいのか、自分自身に問うてみる。確かにその通りだ。彼らの行動に不信感を抱いていた理由がわからなくなり、不安が募る。無意識にヒツヤの手は自分のコアメモリに触れていた。ひんやりと冷たい表面に指を押し当てながら、ヒツヤは下を向いて考えた。
「本当にこれでいいの?」
胸の奥で何かがひりひりと痛み、これまで感じたことのない焦燥感が膨れ上がった。
「……ヒツヤ?」
シエルの声が響く。目線だけでヒツヤを確かめるような仕草が、ほんの一瞬、無機質な印象を曇らせた。たった三文字。その言葉には特別なものを感じた。
「ごめんなさい。なんでもないです」
ヒツヤは曇った表情を直せないまま顔を上げる。アークはそんなヒツヤの顔を妙に見つめていた。




