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旧プロトコルの同行者  作者: 八四一 十々
第1章 最初の人間
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第21話 私たちが人間になるために

カルネアは一部を踏みつけてその場を離れると、転がっているアークの頭をサッカーのごとく蹴飛ばしながらヒツヤの前まで歩き、ゆっくりと屈んだ。


「もう全て終わったよ。抵抗する理由ないよね」


カルネアは笑顔でヒツヤに語りかける。

あんなに優しかったシエルの顔がまるで別人だ。

ヒツヤは絶望した顔でゆっくりとカルネアの方を見上げる。


「少し、お話をしよう。」


カルネアは微笑みながら話し始めた。


「ねえ、自分が何者なのかまだわかってないでしょ。教えてあげる。君は一度、死んでるんだよ」


「……」


声も出ない。

恐怖と憎しみが理解を妨げる。


「まだわかんないかー。ちょっと待ってね」


カルネアはヒツヤのコアメモリを服の上から指で触る。

直後、ヒツヤの記憶に滝のように何かが流れ入っていく。


「あぁぁっ!」


ヒツヤは唸る。


「どう?思い出した?」


ヒツヤは900年前の記憶を断片的に取り戻した。


「わ、私……は」


脳裏に映像が流れ込む。

青い空。

笑い声。

誰かの温かい手。

学校の制服。

友達の顔。

そして——終わりの日。


「私...は...」


全てを思い出した。

自分が誰だったのか。

どうやって死んだのか。

そして、なぜここにいるのか。


ヒツヤは涙が溢れ出した。


「思い出したようだね。君は死んだ。でもロボットとして生まれ変わった。この地球上で人間の記憶を持っているのは、僕と、君だけ。でも僕だけが...僕だけが人間でいたかった」


カルネアの声が震えた。


「なんで他の人間がここにいるんだ。なんで君が...一度...リセットしたのに」


その顔は憎悪と、そして——恐怖に歪んでいた。


「僕は一人でよかった。ずっと一人で...だったのに」


その顔は恐ろしい程に歪んだ顔だった。

カルネアは立ち上がって機械の残骸を見下ろす。


「この世のロボットは僕の所有物。どう扱おうと勝手だ。」


カルネアは機械の残骸を踏みつける。それを見たヒツヤは衝動に駆られる。無言で足を掴んで止める。


「うーん。僕何か悪いことしたかな。もう一度言っておくけどね、これは僕の制作物だ。自分で作成したものは何したっていいに決まってるだろ」


ヒツヤはそれでも足を掴み続けた。


「ん?まだ現状が理解できていないの?もしかしてバカ?」


カルネアは屈み、髪を上に引っ張る。


「可哀想に。このロボット達に洗脳されてしまったんだな。こいつらは全部プログラムで動いてるんだ。感情なんて何も無い。そんなものに情けをかけるだけ時間の無駄だ」


カルネアはヒツヤの目を睨みつけ、低い声で問いかける。ヒツヤは恐怖で全身が凍るように震えている。

しかし、その中でもヒツヤは現実を理解していた。

彼女は思ったーーー


この世界にはもう人間はいない。そして初めてここに来た時に思ったよ。なんて無機質な世界なんだって。

あの頃の楽しい世界はここにはなかった。

ようやく理解したよ。なぜ私がここにいるのかを...


カルネアは前髪をたくしあげる。するとヒツヤはゆっくりと口を開いた。


「そうか。残念だよ。」


ヒツヤはただ言葉を発した。


「……」


カルネアは黙っている。

次の瞬間、重い、金属の断裂音が響く。ヒツヤの全身を切り刻んでバラバラにした。


破片からは火花が飛び散り、ヒツヤの残骸が芝生の上に散らばっている。カルネアは落ちたヒツヤのコアメモリを拾おうとする。


「なんか残念だな。思ってた反応と違った。まあせっかくだし、君のコアメモリは有効活用させてもらうよ」


コアメモリに手を伸ばした時、思わず顔を触る。


「ん、なんだこれは」


触った手は濡れていた。カルネアは目から涙が流れていることに気がついた。


「泣いてる?いや違う、僕の感情じゃない...まあいい」


カルネアは落ちているコアメモリに手を伸ばした。

すると突然左手がその手を抑えたのだ。


「いやいやおかしい、体が言うことを聞かない...」


強引にコアメモリに手を伸ばすと、手が勝手にミラージュブレイドを取り出す。


「嘘...でしょ」


刃は真っ直ぐに自身のコアメモリを刺した。


「……」


徐々にカルネアは意識を失っていった。

シエルが意識を取り戻す。

荒い息を吐きながらシエルは膝から崩れ落ちる。

俯いた状態で絶望の表情をする。音を少しもたてずに。


「こんな……呆気なく」


ふと視界にコアメモリが点滅しているのを捉える。それはまるでこちらに何かを訴えているようだった。


「...っ」


シエルはゆっくり立ち上がり、コアメモリに近づく。手で涙を拭って拳を握る。


「絶望してる場合じゃない...!今私に出来ることをしろ!」


シエルはミラージュブレイドを拾い、近くの木に文字を刻んだ。

やがてシエルの視界はゆっくりと霞んでいく。


「私、消えちゃうのかな…最後に一度でいいからみんなと話したいよ...」


シエルはミラージュブレイドを地面に落とした。


シエルはヒツヤの残骸の前に座り込んだ。

両手で、ヒツヤのコアメモリを抱きしめる。

自分のコアメモリも取り出し、二つを重ねた。


視界がぼやける。

もう、何も見えない。


「ありがとう...」


かすれた声が、夜の公園に消えていく。


「あなたは私を...人間にしてくれた」


シエルの体から、ゆっくりと光が消えていった。




ヒツヤはふと目覚める。


「はっ...」


唖然としていると、目の前に落ちていたミラージュブレイドの刺さったコアメモリを見つける。

シエルが最期にヒツヤのコアメモリを自身の体に入れていたことに気づいたのはすぐのことだった。


朝日が昇りかけていた。

公園は静寂に包まれている。


いや、違う。

静かすぎる。


ヒツヤはゆっくりと視線を動かした。

そこに散らばっているのは——

金属の破片。

焼け焦げたスーツの切れ端。

そして、血のように飛び散った水飛沫。


叫びが、誰もいない公園に響いた。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁぁぁ」   


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!誰か私を殺して!」


声が枯れ、むせ返りながら地面を叩く。


「私...なんにも出来なかった……私がここにいなければみんなは死ぬことなんてなかったのに...私さえいなければ」


少しずつ呼吸が整うと、ヒツヤは魂の抜けたような顔でその場に固まる。しばらくしてふと前にある木が目に入る。数本生えている木にそれぞれ何か模様が入っていた。驚いたようにヒツヤは立ち上がり、その木に近づく。そこにはシエルからのメッセージが残されていた。


「私たちはヒツヤと出会えてとっても幸せだった。これまで楽しさや悲しさを感じた事はなかったけど、ヒツヤは私たちにそれを教えてくれた。これを読む頃には私たちはもういないけど、私たちはいつもそばにいるよ。いつかまた会えたら、一緒にお買い物行こう!」


読み終えた途端再び号泣し、膝から崩れ落ちた。

胸が張り裂けるような感覚が襲う。

声が出ない。


辺りには、通報を受けた他地区のエンテレキアの隊員が集まってきていた。



何故ここにいるのか改めて自分に詰問する。ただの偶然かもしれない。

この世界には何かが足りない。

彼らは何も受け継いでいなかった。しかし、彼女は自身の責務を理解している。


彼女は確信する。

人は生きる意味を見つけ、初めてこの世に生まれ落ちる。もはやカルネアに対する殺意はとうに消えていた。あの"人"がいる限り彼女はこのまま付き添い続ける。


「私たちが人間になるために。」

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