第19話 お買い物
都市の中心には、人々を作り出すための巨大な工場が存在している。しかし、管理している人は存在しない。
工場からは毎日、毎時間人が一人製造される。
不思議なことに、入口はなく、製造された人が排出される出口しか無いため、中を知るものは誰もいない。
彼らは最初、喋ることを知らない。ただ意のままに生活し、社会に溶け込んでいく。
そこから徐々に自我が芽生え始め、1週間も経過すれば、コアメモリの共鳴で意思疎通が出来るようになっていくのだ。
「やっぱりどこかで見たことあるんだよなー。あの顔」
床、壁、天井全てが青く、装飾のない無機質な部屋。黒髪の男は嬉しそうに寝そべっている。
「カルネア...か。いつからそう呼ばれるようになったっけ」
男は自分のコアメモリを取り出して眺め、不気味な笑みを浮かべた。
「僕以外に人間はいらない」
その頃、エンテレキア、カゴエ地区では、カルネアの一件から事件数が減り、いつもよりも閑散としていた。
「暇だな」
リオは自室でボソッとため息をつく。
(これまで『暇』なんて思ったことなかったのに)
そう思っていた。突然扉が勢いよく開く。
「リオさん!買い物行きましょうよ!アークとシエルも一緒に」
ヒツヤが笑顔で部屋に入ってきたのだ。
「いきなりどうした、買い物?一人で行けばいいじゃないか。なぜ私たちを誘う?」
「え、なんでって、一人で行くよりもみんなと行った方が楽しいじゃない」
ヒツヤが笑顔で答え、リオははっとした表情をすると、少し笑った顔をする。
「『楽しい』...か。考えたこともなかったな。いいだろう。私も連れて行ってくれ。しばらく任務が来ないし丁度退屈してたところだ」
「やったー」
そしてヒツヤはまずシエルのもとへ向かった。
「買い物、楽しそうだね。誰かと一緒に行くなんて初めてだよ。私も行きたい」
「やったー。ありがとう」
シエルは快く承諾してくれた。ヒツヤはアークのもとにも向かった。
「買い物か、何を買うんだ?俺は特に必要な物はない。」
アークは腕を組みながら話している。
「なくたっていいんだよ。行くこと自体が楽しいんだから。必要なものだって買い物に出かけてから気づく事もあるかもしれないしね!」
ヒツヤは明るい声で話しながらアークの目を見つめる。
「そこまで言うなら...」
アークは渋々承諾した。ヒツヤは喜びながら部屋を出る。
これまでカルネアの一件で任務に行けず、何も出来なかったヒツヤは、みんなと一緒になれる機会ができ、はしゃいでいた。
翌日、4人はエンテレキアの前の広場に集合する。
「おはようみんな!」
ヒツヤは既に広場に集合していた3人に大きく声をかけた。
「おはよう、ってその服装はなんだ?買ったのか」
アークはヒツヤに話しかけた。ヒツヤはスーツではなく、私服を着ていたのだ。
「うん。いつものスーツじゃあ堅苦しいからね。みんなも私服着ようよ!」
「私はここ数十年スーツしか着てこなかった。私服なんて持ってないぞ」
「私も持ってないよ...」
リオとシエルは頭を抱える。
「じゃあこれから買いに行こうよ!」
こうしてショッピングが始まった。
4人は建物がそびえ立つ街中を歩く。足元は白く平らで植物がところどころに植えられている。
ホログラムや空飛ぶ乗り物が視界を賑やかにする。
「あっ、見て!この洋服屋さんオシャレな服いっぱい並んでるよ。入ろうよ」
ヒツヤはオシャレな服が並んだ店を指さして興奮している。
「構わない。というかヒツヤは興奮しすぎだ」
リオは腰に手を当てた。
「だってみんなと一緒にいると楽しいんだもん」
ヒツヤは遊園地で叫ぶ子供と化していた。
シエルがボソッと喋る。
「わ、私もみんなと買い物に来て少し楽しいかも...」
「だよね!あっ、この服とかシエル似合いそう。試着してみようよ」
3人はヒツヤのテンションに引っ張られながらも買い物を続けていく。
「アークかっこいい!」
アークが試着室から出てくるとヒツヤは近寄る。
「そんなにジロジロ見るなよ、この服動きにくいぞ」
アークは少し面倒くさそうに話す。
「私も...かっこいいと思う」
シエルはアークの服を見て喋る。すると後ろからリオが話しかけてくる。
「な、なあ。私のは...どうだ」
リオは少し照れながら話す。
「...良いと思うぞ」
アークは小さい声で言う。
「めっちゃオシャレーじゃん!」
ヒツヤはあまりにもまじまじと観察してきたのでリオは少し顔を逸らした。
「せっかくだしここからは私服で行こうよ。」
三人は私服に着替えた。
店を後にする。
「ピコン」
出口を通過する時に音が鳴った。
「何?今の音」
ヒツヤは耳を触る。
「もしかして知らないのか?」
アークは尋ねた。
「えっ、どういうこと?」
「嘘だろ、知らないで買ってたのかよ。商品を持って外に出ると所持金から料金が自動で引かれるんだよ。料金はコアメモリに保存されてるから確認してみな」
ヒツヤは目を瞑ってコアメモリに意識を集中する。
「うーん、わからないな……」
「エンテレキアの隊員は任務を終えると自動で給料がコアメモリに入金されるようになっている。ただ、ヒツヤのコアメモリは登録されてないから増えないよ。以前渡した私のカードに入金されている。」
リオの話を聞いたヒツヤは内ポケットからカードを取り出す。
「このカードが...なるほど」
四人は別の店へと向かっていると、突然シエルが口を開く。
「あ、ごめんみんな。私そろそろ水切らしちゃいそうだから水玉買ってくるね。すぐ戻るから先行ってて」
「わかった。人通りも多いから気をつけろよ」
シエルはアークの注意を聞きながら、反対側の店へ向かっていった。
三人は道をゆっくり歩いていると、アークがヒツヤに話しかけた。
「ヒツヤ、前から聞きたかったんだが、俺たちの事をどう思う?」
突然の問いかけにヒツヤは戸惑う。
「どうって言われても...でもいつまでもみんなと一緒にいたいって思うよ」
「そうか...お前はいつも明るいよな。これまで俺にはその気持ちがずっとわからなかった。何がそんなに楽しいのか、悲しいのか...初めて任務についてきた時の事、覚えてるか?」
アークは前を見ながら歩いている。
「うん。覚えてるよ」
「あの時、俺は人のコアメモリを刺しても何も感じなかった。それが最善手だとしか考えてなかった。でもお前の姿を見てきて思ったんだ。相手や周りはどう思っているのかと。今まで気にもしなかったことが気になり始めたんだ。今の俺だからわかる。あの時、お前の言っていることは正しかったのかもしれないとな」
アークは表情一つ変えずに話す。ヒツヤはそんなアークの顔を見て優しく微笑みながら答えた。
「いいんだよ。気にしてないし。逆に私はお礼が言いたいよ。今まで私の事の面倒を見てくれてありがとう。最初は何もかもわからなくて混乱してた。でもみんながいてくれたから今こうして一緒に買い物も出来てる。だから気にしないで。人は人を幸せにするために産まれてくるものでしょ?」
アークは歩きながらゆっくり下を向く。
「どうしたアーク、もしかして照れてるのか?」
リオはからかい気味にアークに話しかける。
「そういう訳ではない。そういう考えもあるんだなと思っただけだ。」
アークはまた前を向いて歩くと、リオはアークの顔を見て微笑んだ。
「随分と変わったな」
「どこがだよ」
二人が話している様子を見ながらヒツヤはどこか温かみを感じていた。
一方その頃、
シエルが店を出ると、人混みの中で誰かとぶつかった。
「あ、すみません」
振り返ると、そこには背の高い女性が立っていた。
ショルダーバッグ、ハイヒール、そして——不自然なほど完璧な笑顔。
(すみません、そこのお嬢さん)
女性の声が、直接頭の中に響く。
(この近くに、水玉を売っている店はありますか?)
シエルは女性を見上げる。
何か...違和感がある。
でも、何が違うのか分からない。
(はい。今出てきた店で買えます)
その瞬間だった。
世界が傾いた。
視界が歪み、音が遠のく。
地面が迫ってくる——
(大丈夫ですか?)
気づけば、女性がシエルの肩を支えていた。
めまいは嘘のように消えている。
(私...倒れて...?)
(少しふらついていましたよ。水分、足りていますか?)
シエルは首を振る。
さっき補給したばかりなのに。
(ありがとうございます。もう大丈夫です)
シエルは女性から離れ、仲間の元へ急いだ。
振り返ると、女性の姿は人混みに消えていた。
左腹のコアメモリが、微かに熱を持っている気がした。
「えっ、なにこれ、腕?」
ヒツヤは店の中を覗き込んで興味津々だった。
「これは人体パーツだ。故障した時やカスタマイズする時に使うんだ」
リオは説明するとアークも話す。
「シエルが戻って来たら一度中を見てみるか」
「うん。そうしよう!」
ヒツヤは興奮している。するとそこにシエルが駆けつける。
「ごめん!遅れちゃった」
「別に待ってないぞ。そんなに慌ててどうしたんだ?」
「ちょっと水分が少なかったから意識が朦朧としちゃって」
リオの問いかけにシエルは笑顔で話す。そうしてしばらく4人は買い物を楽しんだ。
「楽しかったー!もう真っ暗だね」
ヒツヤは買い物袋をたくさん腕にかけている。
「たくさん買ったし、そろそろエンテレキアに帰るか。」
「そうだな」
空が暗くなったが、街の灯りがまるで昼間のように辺りを照らしている。
「ヒツヤ、今日は今までに感じたことのないくらい楽しかったよ。ありがとう。また一緒にお出かけしようね」
シエルは優しく微笑んだ。
「どういたしまして。こちらこそ一日中付き合ってくれてありがとね。リオとアークも」
リオとアークは微笑んで話す。
「またみんなで来ような」
「そうだな。買い物は何かを買う為だけではないことも知れたし」
四人はエンテレキアに向かって歩く。街は昼間と同じくらいの人々が歩いていて、夜にも限らず賑わっていた。ビルの上には空飛ぶ乗り物が光を放って動いていて、芸術的に感じられた。
「じゃあまた明日ね」
エンテレキアに到着し、ヒツヤは別れを告げる。
「またねヒツヤ。私はこれからトレーニングに行ってくるよ。」
シエルはそう言ってその場を離れる。するとリオが口を開く。
「買い物中に任務通達が来なくて良かったよ。最近は事件が少ないとはいえ、気をつけないとな」
「そうだな。ヒツヤも気をつけるんだぞ。カルネアはお前のコアメモリを狙っている。」
そう言い残し、二人は去っていく。
ヒツヤは自室に戻り、椅子に深く座る。今日の出来事を振り返り、笑みを浮かべた。
リオの照れた顔。
アークの不器用な優しさ。
シエルの笑顔。
(みんな、変わったな)
ヒツヤは大きな窓越しに都市を見つめる。昼夜問わず明るく、賑やかで神秘的な光景は、どんな時も心を落ち着かせた。でも、何かが引っかかっていた。
買い物中に見えた、誰かの姿。
聞こえた、誰かの声。
(私って...本当は...)
不安が胸をよぎる。
この平和な日常は、いつまで続くのだろう。
彼女が再び心の底から笑える日は——来るのだろうか。




