【8】IQ178だけど、危ういって言われた
研究所、深夜。
オフィスに一人残ったノアは、こっそりとボディバッグから取り出した。
ヴィジャボードの――欠片。
白い封筒に封印されたそれを、蛍光灯の下でそっと見つめる。
グリーンの瞳は輝いていた。
「……俺は研究者だ。目の前に未知があるのに、手を伸ばさないなんて、ありえないだろ」
深呼吸をひとつ。
ステンレスの実験台の上に、そっと封を切る。
――サラリ。
中から零れ落ちたのは、ただの砂。
黒とも灰ともつかぬ色合いで、瞬く間に台の上を広がり、零れ落ちていく。
「……な……」
思わず身を乗り出したノアの指先が、わずかにそれを掬おうとした瞬間――
光。
冷ややかな、白銀の光がオフィスに差し込んだ。
振り返れば、そこにいた。
柄on柄のスーツを、異様なほどに完璧に着こなした存在。
白い翼を背に、無表情で立つ――大天使ルシアン。
「……やっぱり来たか」
ノアが唇を噛む。
ルシアンはノアには一瞥もくれず、砂を見つめている。
やがて低く告げた。
「君を助けに天使は必ず来る。だが、友を助けることはない。
それが――天の理だ」
ノアの眉が寄る。
「……天の理?そんなもんで俺の人生、俺の仲間を測るなよ」
ルシアンの瞳がわずかに揺れる。
しかし、声色は変わらない。
「……選択は君の自由だ。
だが、君は――危うい」
その言葉を最後に、ルシアンの影は淡い光に溶け、静かに消えていった。
残されたのは、冷たいステンレスの台と、床に零れ落ちたただの砂。
ノアは拳を握りしめた。
「危うい……ね。
……上等だ。俺は俺のやり方でやる」
夜の研究所に響いたのは、決意を秘めた青年の声だけだった。
まるでエリオットのテレビの画素のように、くっきりと映る水晶玉。
そこに映るのは――拳を握りしめ、立ち尽くす美しい青年。
「ロクシー!
セレニス州に屋敷を買うわ!」
そう言って振り返るのは、美しいシルバーブロンドを夜会巻きにした、マダム。
それは地球最強魔女、イレイナ。
パソコンを叩いていたロクシーが、指先を止めて顔を上げる。
「セレニス州……?
もう巨大な屋敷持ってるじゃん」
ホホホ、とイレイナの高笑いが響く。
「あんたに説明してる暇は無い!
私は先に行くから、追いかけて来てなさい!」
そしてイレイナがふわりと消えた。
……セレニス州。
“神”も“悪魔”も、知らない物語が、始まろうとしていた。
To be continued
in “OBLIVION”