【7】IQ178だけど、神は認めない
地下室には、まだ鉄のような血の匂いが漂っていた。
呻き声を上げて苦しむナディア。
気を失ったエリオットと研究生たち。
その惨状の中――ただ一人、立ち上がっていたのはノアだった。
細い身体を震わせながらも、涙に濡れたグリーンの瞳で、大天使ルシアンを真っ直ぐに睨みつける。
「……みんなを助けてくれ!」
白い翼を広げ、柄on柄のスーツを完璧に着こなしたルシアンは、微動だにしない。
氷の刃のように鋭い声音が、静かに落ちる。
「神の命令は――君の命を救え、というものだ」
「……え?」
「君だけだ。他の者たちは含まれない。神はそう仰せられた」
ノアの肩が、ガクリと落ちる。
血に濡れた仲間たちが、無惨に床に倒れているのに。
「じゃあ……この人たちは見捨てるのかよ!?」
「私が受けた神の命は、君の命を助けることだけだ」
冷徹に言い放つルシアン。
その眼差しは、慈悲のかけらもない氷そのものだった。
ノアは震える拳を握りしめ、必死に声を振り絞る。
「……ふざけんな……!」
涙が頬を伝い、床に落ちる。
「そんな神……俺は認めねぇ!!」
その瞬間、ノアの叫びが地下室を震わせた。
魂そのものが燃え上がるような怒りと祈りが光となって奔流し、ヴィジャボードを直撃する。
――バキィィィィンッ!!
甲高い破砕音が響き、古代の板は粉々に砕け散った。
黒い瘴気が四散し、血を流していた仲間たちの傷がぴたりと止まる。
空気が、嘘のように静まり返った。
「……っ!」
ノアはハッと顔を上げた。
みんな……生きている!
ルシアンの瞳が、一瞬だけ揺れる。
しかし次の瞬間には、冷たい無表情を取り戻した。
そして光の粒子と共に、その姿を掻き消していった。
――残されたのは、崩れ落ちた仲間たちと。
涙に濡れた瞳で立ち尽くすノアだけだった。