【6】IQ178だけど、祈りは届かない
地獄の香りが充満する地下室。
硫黄と香水が入り混じった、むせかえるような空気が肺を焼く。
「うっ……目が……!」
サラが顔を覆い、そのまま床に崩れ落ちた。
「頭が……割れる……っ!」
ライアンも額を押さえ、血の涙を流しながらのたうち回る。
ナディアも必死に耐えようとするが、美貌を歪め、血に濡れた手で床を掴んだ。
鋼の意志を持つ所長ですら、その力に抗えない。
エリオットは膝をつき、かすれる声で叫んだ。
「ノア……逃げろ……っ!」
――ただ一人。
ノアだけは立っていた。
視界は赤く滲み、耳鳴りが轟いているのに。
なぜか足は動いた。胸は、まだ呼吸を続けていた。
「みんな……!?どうしたんだよ!!」
駆け寄ろうとするその瞬間――。
……バサリ。
白い羽音が、地下室を切り裂いた。
空気が凍りつく。
熱気も、硫黄も、血の匂いさえも。
すべてを押し流すように、氷の風が吹き抜けた。
「……出過ぎた真似だな」
氷刃のような声音。
柄on柄のスーツを、なぜか完璧に着こなす男。
北欧系の美貌を持ちながら、表情はひとつも揺らがない。
――大天使ルシアンが、光の粒子と共に降り立っていた。
ルチアーノは一瞬だけ肩をビクリと揺らした。
しかしすぐに、濃い顔にニヤリと笑みを浮かべる。
「……けっ!ちょっとビビらせただけだろ?別に本気じゃねーし!」
白い歯をギラつかせ、香水をぷんぷん撒き散らしながら後ずさる。
「大天使が来ちゃったんじゃ、俺様も分が悪い!
今日は退散だ!新しいフェラーリの納車、待ってるしな!」
最後まで軽口を叩きながら、硫黄の煙を残して影へと消えた。
――残されたのは、血を流し、苦しみ、倒れる仲間たち。
ノアは呆然と立ち尽くし、喉を引き裂くように叫んだ。
「どうして……!?みんな……死ぬな!!」
涙が頬を伝い、声は嗚咽に掠れる。
「頼むから……お願いだから……!」
だが――ルシアンは動かない。
氷の瞳は揺れず、ノアの必死の祈りすら打ち砕いていた。