【5】IQ178だけど、地獄の王も呼んじゃう
地下室の空気はひんやりと重かった。
研究生たちはまだポップコーンを抱えたまま、布に包まれた“板”を固唾を呑んで見つめている。
エリオットが手袋を直し、真剣な声で説明した。
「これは古代遺跡の発掘現場から出土した“交信板”だ。儀式に使われていたとされている……」
ナディアが眉をひそめ、冷ややかに言う。
「つまり……ウィジャボードね?」
「そうです。ただの遊び用の模造品じゃない。本物です」
エリオットの声はわずかに震えていた。
その横で――ノアが、グリーンの瞳をきらりと輝かせる。
「へぇ〜!じゃあ遊んでみよーぜ!
アメリカあるあるでしょ?
ホラー映画の後にウィジャボード!」
「はあ!? 何言ってんだノア!
ていうか君、さっきまで寝てただろ!?」
エリオットが呆れながら止めようとする。
ナディアは鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「馬鹿馬鹿しいわね。
こんなもので何かが呼べるなら、とっくに世界は魔物だらけよ」
ノアがにやっと笑う。
「なに?ナディア、"本物"は怖いんだ〜?」
「……っ! 怖くないわよ!!」ナディアの声が裏返る。
「むしろ見たいくらい!でも私は所長!責任があるの!」
ノアはウィンクして返す。
「大丈夫!エリーが完璧にサンプル採取してるし!なっ、エリー!」
「……まあね」
エリオットは“完璧”という言葉に弱い。
まんざらでもなさそうに胸を張った。
やがて布が外され――黒ずんだ木の板が現れた。
不気味な文字と記号が刻まれ、表面には焦げ跡と無数の指の跡のような染み。
それは明らかに、ただの遊具ではなかった。
ライアンが青ざめて後ずさる。
「な、なんかヤバそうじゃないっすか……」
サラも小声で「ほんとにやるの……?」と呟いた。
「いいから!ちょっとだけ!」
ノアは無邪気にプランシェットを中央に置く。
「“いますかー?”ってやつ、やろうぜ!」
皆が渋々手を添えた瞬間――。
……ズッ。
地下室の照明が一瞬だけ揺らぎ、低い風が走った。
「……い、今の風?」
サラが震える声を漏らす。
プランシェットが、誰も押していないのに――ゆっくり動き出した。
N――O――A。
「……ノア?」
エリオットの顔から血の気が引いた。
「おおー!すげぇ!!」
ノアだけが大喜びしていた。
だが直後――。
ヴィジャボード全体が赤く灼けるように光り、部屋の空気が爆ぜる!
「な、なにこれ!?」
「うわああああ!!」
研究生たちが悲鳴を上げ、鼻や目から血を噴き出し床に崩れる。
ナディアも顔を歪め、膝をついた。
炎のような光が板から噴き出し――そこから現れたのは。
オールバックに撫でつけた漆黒の髪。
彫刻のように濃い顔立ちに、イタリアンブランドで固めた派手なスーツ。
真紅のシャツに胸元の金のネックレス。
指にはギラつくリング。
爪先まで“イタリアン”でキメたシルエット。
そして――香水の暴力。
「フッハァ〜〜〜〜!!」
地獄の王、ルチアーノ。
「俺様を呼び出すとはなァ!
週末のパーティで、地獄の王を呼ぶとは何事だーーっつ!!」
両腕を広げると、シャンパンのコルクが弾けるように香水が地下室いっぱいに撒き散らされた。
硫黄混じりの悪臭と香水の匂いに、皆が咳き込み、床でのたうつ。
ルチアーノは高笑いする。
「愚かなる人間ども!
俺様が直々に血祭りにあげてくれるわァ!!」
その瞬間――。
轟音と共に、眩い光が地下室を満たす。
白い翼の影。氷のような冷気。
「……出過ぎた真似だ」
柄on柄のスーツを華麗に着こなし、無表情で立つ。
大天使ルシアンが、そこに降り立っていた。