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【2】IQ178だけど、床の冷たさが必要なんだ

ノアは自分のオフィスに入ると、デスクに並んだ三台のパソコンを起動させ、ナディアのオフィスで食べかけだったスナック菓子をつまみながら私用スマホを手に取った。


画面には、リオからの未読メールと着信履歴がズラリと並んでいる。

ノアはそれを一瞥すると、全て無造作に削除した。


――だいたい内容は同じだからだ。


『兄貴、オーガニック野菜ちゃんと食べてる?どれが一番美味しかった?レシピ送るから作ってみて!』

延々とスクロールしても終わらない健康レシピ講座。


『兄貴、元気?ワシントンの気候を調べたけどさ、体調に気をつけろよ!』

眠気を誘うほど細かい気候レポート。


『兄貴!研究は順調?今度新しいCM撮影があるんだ!兄貴が来てくれたら嬉しいな!』

応援とお願いがぎっしり詰まった長文。


内容は分かり切っている。読むまでもない。


お菓子を食べ終えたノアは、冷蔵庫からフルーツジュースをグラスに注ぎ、通話アプリをタップした。


ビデオ通話が繋がった瞬間、画面いっぱいにリオの顔が飛び込んでくる。


「兄貴~~!!」


練習中らしく、汗を滴らせたリオの姿は、まるでミケランジェロの彫刻から抜け出たようだ。


「野菜ありがと!じゃあな!」

ノアは短く言い放ち、切断ボタンへ指を伸ばす。


「待ってーー!!切らないでぇーー!!」


リオの絶叫に、周囲のアメフト選手たちが一斉に振り返った。

ノアは思わず吹き出す――だが、その笑みが“兄貴スイッチ”を押したことに、この時の彼はまだ気づいていなかった。


エリオットがノアのオフィスをノックすると、中から小さな声が返ってきた。


「どうぞ」


「何だよ〜!声小さいなあ。論文に詰まって凹んでるとか?」

冗談交じりにドアを開けたエリオットは、言葉を失った。


ノアが床に倒れていたのだ。


「ノア!? 大丈夫か!」


慌てて駆け寄り、白衣のポケットからスマホを取り出そうとする。

だが、ノアの細い手がそれを止めた。


「エリー……俺、病気じゃない」


「……は?」


「……疲れた。スゲー疲れてさ。頭リセットしたくて、床で寝てただけ」


「な、なんだよ……びっくりさせるなよ。じゃあソファに運んでやろうか?」


「……ソファって柔らかいだろ?」


「……うん。まあ、それがソファだからな……?」


「柔らかいのじゃダメなんだ。床の冷たさでしか、頭がリセットできない」


そう言って上体を起こしたノアを、エリオットは慌てて支えた。


「……何かあったのか?僕で良かったら、相談に乗るけど」


するとノアがクルリと顔を向け、真っ直ぐに見つめてきた。

思わずエリオットの胸が高鳴る。


少し乱れた金髪。

疲れのせいで翳りを帯びたエメラルドグリーンの瞳。

どこか儚げで――教会の壁画に描かれた天使のようだ。


見惚れていると、ノアがぽつりと口を開いた。


「エリー……もしナディアから突然ビデオ通話が来て、ドアップで二時間しゃべり倒されたら……どうする?」


「……え?」


「クビ以外の理由でな」


エリオットの顔から血の気が引いた。

「……正気を……保てる自信は……無い、かな……」


ノアは腹を抱えて笑い出した。


「だよなあ! あはは! 平和だなあ、エリー!」


「ノア!笑い事じゃないだろ!君が床に倒れてるの見て、心臓止まるかと思ったんだぞ!」


ノアは笑みをぴたりと止め、申し訳なさそうに微笑んだ。


「……サンキュ。でも話せないんだ。ただ、ちょっと想像してみてよ。ドアップのナディアに二時間も詰められるエリーをさ」


「……圧が……すごい……」


その言葉に、またノアが爆笑した。


昼休み、二人は研究所の外へ出かけた。


ノアは「バーガーがいい!」と主張したが、エリオットに「今日は僕に従ってもらう!」と押し切られる。

連れて行かれたカフェで、エリオットは分厚いフレンチトーストにアイスとフルーツを散りばめたものを注文した。


ノアは目を輝かせ、子供のように頬張る。

エリオットはそんな姿に、心から安堵した。


――だが、その時。


店内のテレビにリオのCMが流れた。


「もしかして〜、あのアメフトのリオ・レヴァンって……君の兄弟だったりして?」

エリオットが茶化すように問いかける。


ノアは肩をすくめ、ふふっと笑った。

「ん? まあ、遠い親戚ってとこかな」


「は!? なんだよその誤魔化し方!君らしくないぞ!」


ノアはウィンクを飛ばした。

「トップシークレット♡」


キラキラキラ――。


その瞬間、エリオットはもちろん、周囲の客までもが固まってしまった

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