1.転生
「勇者様……勇者様……どうか、目を覚ましてください」
光が差し込む高い天窓から、ほのかな金色の陽光が降り注いでいた。白い大理石の床に柔らかな布が敷かれ、その上に横たわる少年の胸が、かすかに上下する。
落ちた雫が一滴、彼に触れる。
「うっ……。ここは?」
「……目を、覚まされましたか?」
静かな声が、彼の耳元に届いた。
まぶたを開く。視界がぼやけて、天井の装飾が滲んで見えた。
彼──朔也は、異世界の神殿の寝台で目を覚ましたのだった。
傍らにいたのは、白い法衣をまとった少女。優しげな亜麻色の髪を三つ編みにし、揺れる耳飾りが彼女の緊張を隠していた。
「私は、リーネ・フェルナディスと申します。神に仕える巫女です。あなたは……《クラウドラの勇者》として転生し、神より遣わされた方だと伺っています」
「……勇者?」
朔也の声はかすれていた。喉が渇き、頭も重い。
しかし、その単語は確かに耳に残った。
――転生。
その言葉が、頭の奥から浮かんできた。
確かに、死んだはずだった。
気がついたときには、この世界にいた。
「目覚められたこと、神に感謝いたします……陛下も、あなたのご覚醒を待ち望んでおられました。すぐに、お通ししますね」
リーネはそう言って、そっと扉を開いた。
しばらくして、厳かな足音が響いた。
堂々たる姿の男が、数人の兵を連れて現れる。
長く垂れる紋章入りのマント。年老いてなお鋭い瞳。その男こそが、クラウドラ王・グランゼルだった。
「……目覚めたか、勇者よ」
朔也は、寝台から上体を起こす。
「……あなたが、王……?」
「うむ。クラウドラの王、グランゼル・バル=クラウドラである」
グランゼル王は、傍らの騎士に合図すると、銀の布に包まれた長剣が差し出された。
「この剣こそ、クラウドラ王国の至宝……神より託されし、この国の名を冠する聖剣クラウドラだ」
剣は、静かに金と白銀の光を放っていた。
それに触れた瞬間、朔也の胸に熱が走る。意識の奥で、何かが囁いた。
「この剣を託す。お前にしか扱えぬよう、神が選ばれたのだ」
「……俺が、この剣の……?」
「そうだ。そして、お前に与えられた使命もまた、神意によるもの」
グランゼル王はゆっくりと歩み寄り、朔也の肩に手を置いた。
「“魔王ニルナ”を討て。邪竜、や悪魔を従え、亡者を操り、我が民を脅かす悪しき存在。クラウドラの誇りと、正義をもって、貴様の剣で奴を討ち果たすのだ」
リーネがそっと、朔也の横に立つ。瞳はまっすぐで、疑いの色は一切なかった。
「どうか……どうか、この世界をお救いください」
その祈るような声に、朔也はゆっくりと立ち上がる。
この剣を握る意味は、まだ分からない。
けれど、彼は確かにその剣を、右手に取った。
新たな生で、新たな使命が始まる。
それが、彼と“聖剣クラウドラ”の出会いだった。