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魔女、子供を拾う。そして育てる。

作者: 紫月 由良

「まったく酷いことをする」

 足元にはメイドらしいお仕着せ姿の死体がいくつも転がっている。兵士の脅威にもならないような非戦闘職だ。


 きっと面白半分に斬られ、殺されたのだろう。

 私、魔女ザビアは血の匂いが残る王城の中を歩く。

 火事場泥棒も大概かもしれないが、無駄な殺しをしないだけマシだ。


 ――それにつけても人の愚かさよ。

 無駄に命を散らせる傲慢さに反吐が出そうだ。


 目的は既に終えている。

 今は転移のために――半壊していても未だ健在な転移防止結界のために、歩いて王城を出なくてはいけない。

 とても面倒臭いこと……。

 経路がわかりやすいことくらいしか取り柄のない城。


 ――折角なのだからちょっと寄り道をしようかしら?


 既に敵国の軍隊は引き揚げた後。未だ略奪の後が生々しく、流れた血が乾ききっていない中だけど気にしない。二百年も生きていれば、国の滅亡の一つや二つ立ち会ったことがあるのだ。

 今更「キャーッ、人が数百人単位で死んでる!」なんてカマトトぶる気はない。


 そして思った通り薬草園は手つかずだった。

 貴重な植物が何種類も育っている。生育状況も悪くない。金銀財宝は持ち去っても、末端の兵士では目利きができないこういうものは、往々にして残っている。


 ――良い拾いものだったわ。


 ついでに足を延ばしただけだったけど、思った以上の収穫に顔がにやけそうだ。

 帰ったら調合楽しみ。

 最初に何を作って遊ぼう?

 いつの間にか歌を口ずさむほど上機嫌だった。


 「……?」


 魔女のトレードマークとも呼べる黒いシンプルなドレスが引っ掛かる。

 ぐいっと引っ張られる衝動に、何が当たったのか確認して……ちょっとどう反応したら良いか困った。


「まだ生き残りがいたのね」

 幼い、まだ十歳にも満たないような歳の子供が、しっかりとドレスの裾を握っていたのだ。


 上目遣いの双眸に必死さが浮かんでいる。

 短い髪はくすんでパサパサしているし、あちこち服が擦り切れて汚れているのは、城が戦場になる以前から傷んでいた証拠。

 きっと行くあてのない孤児が、お情けで下働きをさせてもらっていたのだろう。

 多くの大人が死に、生き残った者がみな逃げ去った後では、このまま居られる訳もなく、かといって身を寄せられる場所もない。


 ――捨て置いたらきっと死ぬ。


 今の私は機嫌が良い。

 気まぐれで子供を拾っても良いと思うくらいには。

 苦労した身であれば、幼くとも多少は使えるだろうという打算もあった。

 家事を一から仕込む必要はなさそうだと。


「一緒に来る?」


 声をかけると、小さな声で「うん」と言ってドレスから手を離す。

「あの……」

「なぁに?」

 機嫌が良いから、今ならちょっとしたお願いも我儘も聞いてあげられる。


「この子も……!」


 どこからこんな体力が残っていたのかと思うほど素早く壁際に移動したかと思うと、瓦礫の影からもう一人子供を連れてきた。

 一人から二人。


 ――面倒が増えた。


 倍の労力……いいえ、私が構えない時間を子供たちだけで過ごさせられるから、手はかからなくなるかも。手取り足取り身の回りの世話をしてやらなければいけない年ごろではなさそうだし。


 むしろ魔法薬の調合中や、魔法研究の間、放っておいても二人で一緒に遊べるんじゃないかしら?

 二人目の子の方が一回り小柄で、一歳か二歳幼そうだけど、大人がべったりと側にいる必要はなさそう。


「仕方がないわね」

 打算を気取られないよう、ちょっとだけ困ったようなそぶりで連れてくるように言った。




 少しだけ歩いて、城壁一つ向こうは外というほど王城の端まで行く。

 ここまで来て、ようやく転移魔法が使えるようになるのだ。

 王城に物資を運びこんだり、兵士の移動――兵舎は王宮の一番外れにあるのが普通なのだ――に不便だから。


「手を繋いで。転移するわ」

 三人で輪を作ってから詠唱すると、地面に魔法陣が現れる。光ったと思った直後、住み慣れた我が家に帰り着いた。


「まずはお風呂よね?」


 子供たちは二人ともずいぶんと薄汚れている。

 何日も顔を洗っていないみたい。髪の毛は元の色がよくわからないほど土と埃に(まみ)れていた。

 魔法で浴槽に水を張ってからお湯にする。


「いい? 石鹸は使い尽くすつもりで全身を洗うのよ?」

 バンザイさせて服をはぎ取ると、ポイっと二人を風呂場に放り込んだ。

 雑な扱いだけど、やることが山積みなのだから仕方がない。


 まずはクリーン魔法で服を綺麗に……ならないわ。

 いつから洗っていないのか、全然汚れが落ちない。

 何度か魔法を重ねがけして、ようやく埃っぽさとベタベタした嫌な手触りはなくなった。


 ――もしかして石鹸足りないかも。


 服がこれほど汚れているのだから、当然、身体だって汚れきっているに違いない。

 風呂場を見に行ったら案の定だ。

 お湯は黒く濁っているし、石鹸は全然泡立っていない。


「ちょっと湯船から出なさい」


 二人は名残惜しそうだったけど、素直に立ち上がった。

 追い出すように湯から上げたのと同時に、お湯を抜いて新たに水を満たして温める。


「新しい石鹸よ」

 そう言って新たな石鹸を差し出すと、ちょっとだけ嬉しそうな顔になった。


 結局、お湯はその後もう二度ほど入れ替えて、都度、石鹸も新しく出す。

 服は全然綺麗にならなかったけど、清潔にはなった。


 お風呂から上がった子供たちの身体がほんのり赤く上気している。

 汚れの落ちた二人の髪は、それぞれキラキラした金髪と銀髪だ。


 直ぐに服を着せたいところだけど、まずは全身をくまなく調べるところから。

 酷い扱いをされていたなら、打撲の一つや二つはあってもおかしくない。骨が折れても適切な治療をされなかったなんて可能性もあるのだ。

 結果、二人とも身体に小傷はあるけど、殴られたり蹴られたりしたような跡がない。

 良かった。いたぶられるようなことがなくて。


 確認が終わったら着替え……とはいっても家に子供服なんてある筈もなく、こんなのでもないよりはマシだから、お風呂から上がって二人に元々着ていた服を身につけさせた。


 明らかにガッカリした様子だった。

 無理はない。綺麗になった身体からは石鹸の良い香りがしているのに、襤褸をまとうのだから。


「こっちに来なさい」

 そう言ったものの、おずおずと近づいてくるのがまどろっこしくて、私の方が移動する。

「驚かないで」


 魔法で温かい風を送って髪を乾かすと、ふんわりと柔らかい髪になった。

 最初に拾った方はキラキラした金髪の素直で扱いやすそうな髪質。もう一人はちょっと癖のある銀髪。


 次は食事と言いたいところだけど、碌に食べていないとお腹が受け付けないし、何より消化するほどの体力もない。

 だからまずは回復と栄養のポーションだ。

 苦いのが玉に瑕というか、非常に苦くて大人でも嫌がるシロモノだけど我慢させるしかない。


「頑張って飲むのよ。元気になるお薬だから」

 そう言って差し出したら、ちょっとだけ舐めて、直ぐに嫌そうな顔になった。


「最後まで飲んだらご褒美を用意してあげるわ。食事の後、買い物に行きましょう」

 にっこりと微笑みながら「飲め」と圧を掛けたら、涙目になりながら飲み干した。いい子たちだ。

 ケホケホと咳込んでるけど、多分気のせい。


 食事は具なしのスープだけ。

 どれだけの間、まともに食事をしたかわからないから。

 でも杞憂でペロンと飲み干した後、おかわりを何度もして鍋を空にした。その後に出したパンも、物凄い速さでなくなる。


 (むせ)たりえずいたりしてないから、杞憂だったようだ。

 最終的にパンと肉と果物のストックを食べつくした後、ようやく満足したのか手が止まった。

 用意した食事は全て消え去り、私の昼食は抜きになったけど仕方ない。

 でかけましょうかと言ったら静かに椅子から下りて、初めて出会ったころのようにドレスの裾を掴まれた。


「置いていったり捨てたりしないから安心なさい。勿論、売ったりもしないわ」

 二人の頭を撫でながら、怖がらせないように声をかけた。

 魔女は人から怖がられる存在だから、どこまで安心できたかわからないけどね!


「そういえば……まだ名前を聞いていなかったわね」

 二人の身体がビクリと震えた。


 怯えさせるような質問ではなかったと思うのだけど……?

 上から見下ろす目線が怖いのかと、膝を曲げしゃがみ込む。

 目の高さを二人に合わせてもう一度、質問を繰り返した。


「お名前は?」

「……いぬって言われてた」

「コレって」


 ――――――――――――――はぁ?


 犬もコレも名前なんかじゃないわ!!

「嫌よね、そんな呼ばれ方」

 二人の頭をゆっくりと撫でる。


「そんな嫌な呼び方は終わり。そうね、お前はエセルバート。『高貴な輝き』って意味よ」

 初めにスカートの裾を掴んだ方に「どうかしら?」と問う。

 あの国では金髪は王族に多い髪色だった。もしかしたらお手つきでできた子かもしれない。


「お前はメイベル。『愛される』って意味」

 二人目、名前すらつけられなかった女の子――髪が短かった上、あまりに汚くて性別がわからなかった――にも尋ねる。


「エセルバート」

「メイベル」

「そう、エセルバートとメイベルよ」

 ぎゅっと抱きしめながら、改めて名前を呼んだ。


「エセルバート」

「メイベル」

「エセルバート」

「メイベル」


 二人とも自分の名前を何度も口の中で転がすように呟いた。

 そして「ありがとう」「うれしい」と言って、ぎゅうぎゅうと抱きしめ返してくる。


「もう変な呼び方なんかさせないわ。私が守ってあげる」


「「うんっ!!」」

 三人でひとしきり抱き合って満足した後、仕切り直して「でかけましょう」と声をかけた。


 まずは二人の服を何とかしないといけないし、食料は食べつくした後だもの。

 買い物をしないと今夜は食事抜きになってしまう。そんなのゴメンだわ。

 何より食べ盛りの子供を飢えさせるなんて矜持が許さない。




「子供服を何枚か見繕って欲しいんだけど」


 村で二軒しかない洋服屋の一軒に顔を出す。もう一つの店は主に正装だったり、ハレの日用の布を取り扱っていて、普段着はこっちの店にしか置いてない。


「子供服は需要がないからねえ……。流行遅れでも構わないかい?」

 ここは魔女たちが住む魔女の村だ。非魔女はほとんどいない。

 そして魔女たちは個人主義が強く結婚願望を持たないことが多い。当然の如く子供も少ない。


「何だって今よりはマシ(・・)よ」

「違いない」

 待ってなと言いおいて店の女主人が奥に入り、大袋を二つ抱えて戻ってきた。


「百年は経ってないと思うけど。時間停止してあるから傷んじゃないよ」

 次々と取り出される服に、子供たちは目を大きく見開いたままだ。


「収納魔法が掛かっているのよ。見た目通りじゃないわ」

 説明したけど、どこまで聞こえてるかわからない。

 だってキラキラした目で出された服を眺めているもの。


「少し大きめを出しておいたよ」

「そうね、ひと月も経たないうちに丁度良くなるわ」

 体力がついたら働いてもらうつもりだけど、搾取するつもりはない。

 しっかり食べて遊んで、そうしたらきっと直ぐに身体が大きくなる。


「これで良い?」


 好きに選べと言ったら、二人ともおずおずと一番シンプルで安そうな服を指す。

 残念、それは簡易とはいえ防護魔法がかかった品で、旅の装束にもなる優れモノ。

 つまりお高い。


「目が高いね! 将来有望だ」

 呵呵と店主が笑って子供たちを褒めた。

 実は出された中で一番高価な服なのだ。

 魔女の実入りは良いから、全然気にならないけどね!

 何なら店ごと服を全部買い取っても大丈夫よ!


「この場で着替えちゃいなさい」

 入口は施錠してあるから、人が入ってくる心配はない。

 もっとも魔女の村は小さくて全員が顔見知りだ。もし行商人や旅人がいたとしても、この村で不埒なことを犯すような阿呆はいないけど。

 エセルバートが手早く着替えると、少しもたついたメイベルに手を貸してやる。

 まるで優しいお兄ちゃんだ。微笑ましい。


「いらないわね?」


 今まで着てきた服を摘まんで持ち上げる。

 うん、とばかり二人の頭がコクコクと動く。


「じゃあ……」

 一瞬で燃やし尽くす。服屋が声を上げる隙もなく、灰の一欠片も残さないで。


「洗い替え用のはどれが良いかしら?」

 にっこりと微笑んで、二枚目を選ぶように言うけど、魔法の火が恐ろしかったのか、今度はブンブンと横に頭を振る。


「仕方ないわね。じゃあ私たちで選ぶわね?」

 

 ミモザのような黄。

 ラヴェンダーみたいな薄紫。

 勿忘草の青。

 手毬草のような緑。

 蓮の花のような薄紅。


 大人二人であーでもない、こーでもないと言いながら選んでいたら、気持ちが落ち着いたのか、少しずつ目の輝きが増してきた。

 良い傾向だ。

 私は満足して……子供たちも満足そうな笑顔を浮かべる。取敢えず五枚ずつ買って店を出た。


 着ていた服は元の色もわからないほど色褪せていた上に、埃で汚れて黒ずんでいたから、真逆の綺麗な色の服ばかり。

 子供たちの意見を丸っきり聞かなかったけど、気に入ってくれると嬉しいな。


「自分で持ちたい」

「わたしもー」

 ぎゅっと服の入った袋を持ちながら言うから、重量軽減の魔法をかけた。

 いくら布は軽いといっても、何枚も持ったら重いから。


 次に肉屋、八百屋と何軒も巡って、次々と籠の中に食べ物を放り込む。

 ベーコンにソーセージ、ウズラに猪肉をそれぞれ十人前ずつ。

 芋に蕪、人参、チシャ、ほうれん草をたっぷりと。

 牛乳とヨーグルトを大瓶三つ、卵は籠に大盛りで。チーズはずっしりとした塊を一つ。

 

「ご馳走だねえ」

 と言われたけど、子供はたくさん食べるイキモノなのだ。大量に買っても何日もつかわからない。


 最後に別の店の前に立った。


「約束のご褒美よ」

 ドアを開けると同時に漂ってくる甘い香り。

 吃驚(びっくり)し過ぎたのか、子供たちの動きが止まる。

 二人とも瞬きすら忘れていて、思わず笑ってしまった。


「好きなものを選びなさい」

 促すとエセルバートは直ぐに「コレ!」と一番大きなショートケーキを選んだ。

 メイベルは「うーん」と可愛らしく熟考を重ねた後でフルーツタルトを。


「珍しいわね、ザビアが子連れなんて」

「今日から一緒に住むことにしたのよ」

「そうなの、じゃあお近づきにお姉さんから」

 ケーキの横に二つ、シュークリームが追加された。


「「ありがとう!!」」

 渡されたケーキを二人とも持ちたがったけど、もし落としてしまったら目も当てられない。

 だからこれは私が持って帰宅した。


「食べましょうか」

 ジュースと一緒に出してやると、食事よりも勢いよく食べつくした。

 なかなかの食べっぷりだったけど、夕食が入る余地はなくなったらしい。

 しょんぼりとした目で鍋を見ていたから「明日、食べればいいでしょう?」と言いつつ鍋ごと時間停止しておいた。


 翌日、身体の大きさを考えなと、いつも作った薬を卸している常連の行商人に言われて、そうかとなる。


 ――身体の大きさが全然違うもの、食べる量が違って当然だったわ。


 不覚!

 次は失敗しないわ!!



 * * *



 半年後。

 二人は一回りも二回りも大きくなった。

 上に伸びるのが優先らしく、ほっそりしたままだけど、頬はふっくらしてバラ色になり健康そうだ。

 メイベルは髪が伸びてリボンでまとめられるほどになり、もう誰も男の子と間違えやしない。


「ママ」

 二人が私をそう呼ぶから、私は二人のお母さんになった。嬉しい。



 一年後。

 文字を覚えた二人は図鑑を読み漁り、村の周辺で生えている薬草を摘んでくるようになった。

 家事も二人で分担してくれるお陰で楽だ。

 もちろん手伝いばかりでなく、遊ぶように言いつけてある。



 二年後。

「剣を習いたい」

 エセルバートが言い出したから、友人の息子を紹介した。友人は同じ村に住む魔女だけど、その子に魔法の素養は少なくて剣士になったのだ。

「良い護衛になったわ」

 とは友人談。


 何故かメイベルも一緒に習い始めた。

「ママをエセル一人に任せられないから」

 勇ましく言うから笑ってしまった。もちろん習うのを止めはしない。



 三年後。

 エセルバートの剣の腕が上がった。

 少し前に始めた弓の腕も中々のもの。

 度々、成果が食卓に並ぶようになっただけでなく、食べきれない分を肉屋に卸してお小遣い稼ぎをするようになった。

 子供の成長早い。

 ほんの少し前まで、お手伝いをしようとして薬草をぶちまけていた子が、お小遣いを自分で稼ぐようになるなんて。


 メイベルは魔法書に夢中だ。

 家中の本を読み終わるのは時間の問題かも。




 四年後。

 メイベルが本格的に魔法の修行を始めた。

 エセルバートは度々、護衛の仕事で家を空けるようになった。


 メイベルと二人の夜はちょっぴり寂しい。食事はうっかり三人前作ってしまうし、名前を呼んで「そういえば……、いないんだった」となる。

 だから帰ってくる日の食事は、ご馳走が並ぶ。



 五年後。

 メイベルの魔法薬作りが本格的になった。

 今では簡単な回復薬を一人で作る。ちょっとしたお小遣いを稼ぐように。

 子供の成長早い。

 ほんの少し前まで、お手伝いをしようとして薬草をぶちまけていた子が、お小遣いを自分で稼ぐようになるなんて。


 ってエセルバートのときと同じことを思ってしまった。

 ヤダわ、歳をとったみたいで。

 エセルバートはぐんぐん身長が伸び始め、成長期にしてもすごい伸び方だと周囲を驚かせた。


「エセル、ズルい」

 兄を見上げるメイベルは涙目だ。一人だけ身長が伸びたのが抜け駆けされたみたいに感じたらしい。

 大きくなったと思うけどまだまだ感性が幼くて愛らしい。


「狡くない。メイも何年かしたら伸びる。夜なんか眠れないくらい痛いぞ」

 低くなった声で「覚悟しておけ」とお兄ちゃんぶる。大きくなっても相変わらず可愛い。



 六年後。

 エセルバートはまだまだ背が伸び続ける。

 でもまだ私の方が背が高い。

「まだママを越えられないわね」

 そうニコニコしながら言ったら、すごく悔しそうだった。

 一体、何を競いたいんだか。本当に子供なんだから。


 メイベルはまだ成長期が始まらなくて、子供体型のまま。

「エセル、ズルい」と泣くから、私とエセルバートの二人で慰めた。

 機嫌取りのために買ったケーキを泣きながら食べる。可愛すぎ。



 七年後。

 メイベルもようやく成長期に入ったらしい。一気に身長が伸び、女の子らしくふっくらし始めた。

 同時に若い男の子がちらちらと振り返るようになったけど、本人は興味がないらしく知らんぷりだ。


「メイと付き合うなら、俺より強くないと。軟弱野郎に妹は任せられない」

 お兄ちゃんぶりは健在だ。

 でもお兄ちゃんより強い男の子は、この村どころか近隣の村でもいないからね?


 エセルバートが私の身長を追い越した。今では見下ろされるのが私の方。

 なのにまだ背は伸び続けている。

 男の子凄い。


「大きくなったわねえ、見た目はすっかり一人前だわ」

「中身も一人前だ。ソロで依頼をこなせるようになったしな」

 既に討伐依頼を一人で片付ける。

 パーティを組むとメンバーがエセルバートに頼り切ってしまって育たないから。

 強いのも善し悪しね。



 八年後。

 エセルが本格的に無口になった。

 元々、口数が多い方ではなかったけど、メイベルや私とはよくおしゃべりしたのに……。

 話しかけても「ああ」とか「うん」とか返事だけで、会話が成り立たない。淋しい、凄く。

 ママ、泣いてもいいかな。


 メイベルがようやくお洒落にも興味を持ったらしく、髪を束ねるリボンがカラフルになった。

 でも服装は相変わらず。

 ヒラヒラは邪魔になるから嫌いらしい。

 だったらせめて服の色だけでも黒とか茶でなく、明るい色にしたらって言ってみた。

「薬品のシミが目立つのはイヤ」

 とあっさり却下された。可愛い娘をもっと可愛らしくしたいのに、しょんぼりだわ。



 九年後。

 他所から村に来る行商人が増えた。全員が若い男。

 目当てはメイベルだけど、まったく相手にしない。

 どんな男の子が好みか聞いてみたら「強い男。でもって私より魔力が多くて制御が上手い人」だって。

 この村どころか、国内の魔女の村を合わせても、そんな男の子いないんじゃないかな?


 エセルバートがメイベル目当ての男たちを牽制する。

 それはもう誰の目から見てもわかるほどに。

 自分より強い男でないと任せられないとでも思っているのかしら?

「下心のあるヤツは全員、家に入れないし、視界にも入らないように排除する」

 って宣言した。

 それを言ってしまったら、メイベルが困ると思うの、薬を売れなくて。

 勿論、私も困っちゃうんだけどね!



 エセルバートにもモテ期が来た。

 女の子からデートに誘われてるけど、こちらもそっけない態度ばかり。

 一時期、護衛の仕事を請け負っていたけど、依頼者に女性が増えたから止めてしまった。

 今は動物と野盗を狩っている。とっても頼もしい。

 この前なんて一人で盗賊団を捕獲して、警備隊に突き出してた。

 あまり無茶をしてほしくないけど「雑魚なんか何十人いても所詮、雑魚」なんて。どれだけ強くなったのかしら。

 それどころか「ザビアは弱いんだから、一人で村を出るのは止めろ。俺が付き添うから」って諭されちゃった。

 何時の間にか関係が逆転している気がする……。



 十年後。

 エセルバートは少年から青年になり大人の仲間入りだ。

 腕も足も筋肉質で、もうとっくに大人に守ってもらう必要がないけど、変わらず可愛い私の息子。


 メイベルはボンキュッボンのナイスバディなのに清楚系という、男の子の理想を詰め込んだ美少女に成長した。でも恋愛には興味ゼロで、剣と魔法の修行に明け暮れている。

 結果、独り立ちできるほどの実力を身に着けて魔法剣士になった。


 エセルバートもちまちまとしたのは苦手と言いつつ、自分に必要な魔法薬や魔道具は自作する。

 要するに二人とも巣立ちの時がきたのだ。


 ――できればこのまま家に居て、二人で切り盛りしてくれると助かるんだけど。


 家事の分担はとっくに二人で行い、私は好きなだけ魔法研究に打ち込んでいる。

 もし二人が結婚しても、このまま家に残ってくれると嬉しい。

 仲は悪くない。むしろすごく良くてお似合い。


 だから二人がずっと居てくれて、子を産んで、その子も私の身の回りを整えてくれるなら、きっとずっと幸せでいられる。

 何代にも渡って二人の子孫が私と共に暮らすなんて夢みたいだけど、どうかしら?

 兄妹のように育ったから恋愛感情は芽生えないかな?


 家族みたいって思っていそう。

 無理強いはしたくないから、違う相手と結婚したり村を出るのは止められない。寂しいけど。




「ザビア」

 エセルバートが声を掛けてくる。

 ママ、と呼んでくれなくなって久しい。

 大人になった証左かもしれないけど、ちょっと……いいえかなり寂しい。


「改まってどうしたのかしら?」

 何時になく真剣な顔だから、茶化すのは止めて、こちらも改まった態度を取った。


「ようやく一人前だって師匠から言われた。だから……前々から言おうと思ってたんだ」

 出ていくと言われるのか、女の子を紹介したいと言われるのか。

 ゴクリと唾を呑み込んで気持ちを落ち着ける。


 ――動揺を悟られるな。ママなのよ、私は。

 例え息子(エセルバート)が母親と認めていなくても。


「俺、ザビアの事がずっと好きだったんだ!」

「私もよ、エセル。ありがとう」

 改まって言われると照れるわ。でも嬉しい。


「そうじゃない。愛してる、女性として。結婚してザビア」

 そう……って。


「えええ~~~~っ!!」


 吃驚(びっくり)だ。

 どういうこと?

 母じゃないって、女としてって。


「落ち着いてエセル。私はもう二百歳を超えてるのよ? 見た目は同い年くらいだと言っても」

「落ち着くのはザビアだよ。歳の差なんて大したことない、愛してるんだ」


「何時から……?」

「ずっと前から」

 手を取られて両手で包み込むように温められ、至近で見つめられるから、どうしたら良いのかわからなくなった。


「えせる……」

「なぁに?」

 破壊力抜群の顔で微笑まれる。


 どうしよう……そんな、全然気づかなかった。

 なんて言ったら良いかしら?

 悩んだけど、言葉は出なかった。

 出ないというより言う必要がなくなった。


「ダメよっ!」

 バーンとドアが開き、というか破壊して勢いよく駆け込んできた。

 メイベルが私たちに割って入る。


「抜け駆け禁止っ!」


「私の方がママのコト好きなんだからっ!!」

 ガバりと抱き着くと同時に自分を盾にしてエセルと対峙する。

 ガルガルと唸り声が聞こえてきそうだ。


「邪魔をするな、メイ!」

「するよ、敵は排除するに限る!!」

 がうがう、ガルガルと威嚇しあう二人。

 仲が良い兄妹だと思っていたのに……。


「ちょっと落ち着きましょう、二人とも」

 ね? と苦し紛れに微笑んだけど、二人の闘争心は全然消えなかった。


「ママはどっちが大切なの!」

「ザビアは俺のこと愛してないのか?」


 同時に問われても困る。

 どちらも大切な子供たちで、何より二人の関係が良い感じだとホクホクしていたのに……。


 どうしてこうなった!?

 叫んだところで、答えなど返ってこなかった……。

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― 新着の感想 ―
ほのぼのした話で癒されましたー ザビアさん意外と抜けてるおっとり系なんですねぇ 続きというか何気ない日常とかそんな感じの他の話も読んでみたいですね! 警告タグ欲してる人は同性愛とかかな? 一応ジャン…
警告タグ入れてほしかったです
最後の落ち最高でした。 ザビアママ頑張っていたのに、 子供たち恋愛はそっちだったのか〜い 楽しかったです。
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