歴代最強の魔王に転生したのに勇者が可愛すぎて悪いことが何もできない
目が合った。
将来、俺を殺す勇者だ。
ー…あまりにも可愛い。
おそらく5年位前。俺は異世界に転生した。
以前読んだラノベの世界に転生したことに気づいた俺は、まず自分の立ち位置を確認し、気付いた。
転生先は歴代最強と言われたにも関わらず、物語の終盤で滅ぼされる魔王だった。
滅ぼされたくない俺は、ラノベの記憶を参考に勇者を殺しに来た。
今の段階だと、勇者は始まりの町周辺に転生したきたばかりで、何の力もないただの人間のはずだ。赤子の手を捻るように簡単に殺せるだろう。
「魔王様、勇者というのはどれですか?はやく終わらせて帰りましょうよ」
始まりの町に来た俺は、勇者が出没するであろう通りで待ち伏せしていた。
今日のお供は俺が魔王になる前から一緒に戦ってくれ、もう付き合いも5年目になるダーント君だ。
「黒目黒髪を探せ。今日は勇者が初めての依頼をこなしてここを通るはずだからな。」
はあ、と呆れたような声を出すダーント君。俺が魔王なのに、俺の言うことを全く信じていない。今日も一人でここまで来ようとしたのに、暇だからと無理やり付いてきたくせに。
「そもそも魔王を殺せる人間なんているわけないんですから、そこらへんの冒険者殺して帰りましょうよ。あなた自分の強さ分かってます?」
それか、黒目黒髪の冒険者を冒険者教会で探した方がはやくないっすか?と、カフェでコーヒーを飲み、看板商品というケーキを口に運びながらダーント君は通りに目を向けた。テラス席に座り通りを監視しているが、なかなか勇者らしき人間は現れない。
勇者についてわかっていることは一つだけ。この世界では珍しい黒目黒髪だ。
ファンタジーの世界よろしく、この世界の人族は色とりどりの髪色と目をしている。なんなら肌の色も色とりどりだ。黒目黒髪なのは、おそらく転生してきた俺と勇者くらいのものだろう。
ちなみにダーント君は右側が赤、左側が青色の髪に、目は黄色だ。どんな遺伝子だったらこんな配色になるのか不思議。
「その、らのべって言うの?何回も聞きましたけど、絶対にその本通り進みませんって。あなた自分がどんだけ強いかわかってないでしょ。」
「その最強の魔王を倒すのが勇者なんだよ。やばいムキムキのおっさんだったら負けるかもしれないだろ。」
今でこそ歴代最強の魔王だが、転生する前の俺は一般的な高校生だった。運動なんて体育の授業くらいしかしていなかったし、ラノベを愛していた。そんな俺ですら転生した最強の魔王になれたんだ。もともとボディビルみたいな勇者がこれから修行したら負けるかもしれない。というか、ラノベの展開では負けるんだ。
「あ、なんか帰ってきたみたいですよ。あの集団じゃないっすか。」
町の門の方から、十数人の集団がこのカフェの方に向かっているのが見えた。
遠いが、なんとなく雰囲気から冒険者であることはわかる。歴戦の感はなく、おそらく新人冒険者の集団だろう。
和気藹々とした雰囲気が伝わった。モンスターを討伐するような殺伐としたクエストではなく、そこまで危険でもない場所で薬草でも探す依頼の帰りだろうという感じだ。
「うーーん・・・」
黒目黒髪は見えない。外れの集団か?と思った瞬間、視界を遮る「黒」が現れた。
「お客様。そろそろ閉店時間になります。」
その「黒」はカフェの店員だった。
肩くらいまでの黒髪に、零れ落ちそうな丸い黒い瞳。
カフェの制服を着ている。
透き通るような白い肌に、赤く色づいた唇。
男女かかわらず高身長が多いこの世界で、珍しく感じる低い身長。
「あ・・・はい・・・」
驚きすぎてどもりながら返事をすると、ニコッと効果音が聞こえそうな笑顔を作り、料金を受け取って去っていった。
「あれ、魔王様。黒目と黒髪でしたね、今の子。店員ですけど。」
「あ、ああ・・・」
先ほど遠くに見えていた冒険者集団が近づいてきた。黒髪も黒目もいない。
どうもただの新人冒険者の集団らしい。
それよりも、先ほどの店員が気になる。
「なんかわかんないっすけど、さっきの店員殺しますか?そろそろ間に合わなくなりますよ。城に帰ってマジカルあおいちゃんの再放送見ないと。」
俺より前に転生したオタクが広めたマジカルあおいちゃん。魔族領内で大人気のアニメだ。大人から子供まで、なんなら老人までみんな見ている国民的アニメ。
呆けたまま動かない俺よりマジカルあおいちゃんが大切なダーントの目が、先ほどの黒髪の店員を探す。
「ちょっと待ってくれ。俺には殺せない・・・」
「え、滅茶苦茶弱そうですけど。弱そうというか、あれ戦ったりできないっしょ。」
低身長で線の細い店員に戦闘力があるとは思えない。ダーントの言うとおりだ。
でも、俺には殺せない。
ダーントの目が店員をとらえた。こいつの目はターゲットを捉えただけで、ダメージを与えることができる。平和なカフェの中、目線だけで人を殺せるような奴が混じっているなんて思わないだろう。簡単に殺せる。
「ダーント、待て!殺すな。」
「魔王様が殺しに行くっつうから付いてきたのに。殺らないんですか。」
「今日はやめよう。とりあえず帰ってマジカルあおいちゃんを見よう。考えるのはそれからだ。」
まあ、いいっすけど。と言いながらダーントは帰り支度を始めた。
それに倣い上着を手に取り、店を出ようとするところで黒髪の店員と目が合った。
その瞬間、俺の心臓はこの世界にきて一番跳ねた。
転生したばかりで力の使い方がわからずスライムに食べられそうになった時より、前魔王に魔王交代戦を挑んだ時より、世界を作った古龍に会った時よりも。
一番跳ねた。
なんっっっって、かわいいんだーーーー!!!
あんなかわいい子殺せるわけがない。殺せるどころか、戦えない。
これはたしかに、歴代最強の魔王でも歯が立たない一大事だ。包丁持って突進されても、避けれる自信がない。刺されたくらいで死ねないけど。
目が合った瞬間、その子はまたニコっと微笑んでくれた。
おそらく営業スマイルだろう。それでもいい。完璧な笑顔に目を奪われ足が止まるが、はやく帰りたいダーントに押し出されるようにカフェを出る。
「はーい、じゃあ帰りますよ。」
路地裏まで連れていかれ、ダーントは遠方移動術を使用した。
一瞬にして景色はかわり、見慣れた魔王城の執務室になる。マジカルあおいちゃんが見たいダーントは、そのまま「おつかれっしたー」と言いながら部屋を去って行った。
執務室の埋もれるような柔らかいソファに腰を下ろし、店員を想う。
可愛かったー…。
なんで冒険者じゃなく店員をしているのかわからないが、かわいかった。
あの可愛さはずるだ。俺には手を出せない。
ソファーに埋もれながら長い息を吐く。
心臓の高鳴りが治まらない。この世界に来て5年。こんなにドキドキしたのは始めてだー・・・。
その後、毎日同じ時間に始まりの町のカフェに同じ男が現れるようになる。
男は何をするでもなく、毎日同じ時間を過ごし、同じ注文をし、閉店ギリギリに違う男に連れていかれるように退店していく。
カフェに同じ男が通うようになった頃、魔族が人族を襲うという噂が消えた。
歴代最強の魔王が大量の魔族と魔物を使い、人族の領土を侵略しようとしていると噂があったが、いつの間にか消え、世界は平和な時を過ごすようになる。
「魔王様、人族のカフェに入り浸ってると人族の町襲ったりできないじゃないですか!」
「そんなことしたら忙しくなるだろう。俺は午前中しか働かん。」
黒目黒髪の男が、黒目黒髪のカフェの店員と初めて会話ができるまで、あと半年ー…。
お読みいただきありがとうございました。