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「トレンド一位達成ぇー! いえーい!!」
「二人ともおつかれー」
今度こそ配信が切れたのを確認し、テンション上げて缶ビールを掲げたのは、ずっと黙って配信コメントやツイッターを追っていたリンライク社長の光野晃だ。
声だけの出演でそこまで緊張しなかった五十治えいみは、マイクが声を拾える程度のところに居るだけで良い設定だったので、本当に配信を見ることなく普通に自分の作業をしていた。彼女が素なのはコメントの通り事実だったのだ。
――しかし、違う反応をする者が二人。
「しぬ……」
「マジでなんなんだよこの梅しばの歌って……」
声の出演――速水英人。そして画面に映り続けていた、虎尾ちえりの二人だった。
「えー、とらおさんが昔歌ってたやつだよー?」
「ハァ!?」
「録音してあるよ? ほら」
『オイシーオイシーオイシーヨー』
「おいやめろエイミ今すぐそれ止めろ!! つーかエイトお前聞いたのか!?」
「前聞かせて貰ったから……」
「今すぐ記憶から消せ!!!!」
取っ組み合いを始めた二人を横目に、社長である光野は上機嫌そうに5本目の缶ビールを握り潰し、6本目のタブを開けた。
「やー、まさかみにえるがトレンド独占とはね、恐れ入ったよエイト君」
「炎上もしなかったし、これ企画的には大成功ですねー」
「間違いなく大成功だね。まぁ同じ技は二度と使えないわけだけど、そもそも適性ある配信者なんてそうは居ないから真似することも出来ないしね」
そう、放送事故をあえて起こすことで知名度を上げるテクニックは、存在しないわけではない。炎上しそうな発言を繰り返してファン――その場合はファンとは呼ばないかもしれないが――を増やす配信者は居るし、口が悪いことで有名になることだってある。
――しかし、VTuverにおいてはどうだろう。
ブランドがある以上、VTuverの投げ銭ランキングは上位をほぼ全て企業勢が占めている状況だ。それは個人勢が面白くないというわけではなく、人気な者がより人気になるという社会構造があるからである。
そして、企業勢である限り彼女らは企業の名を背負うことになり、たとえ小火で終わろうが炎上を起こすわけにはいかない。VTuverに問題があれば、企業としては切るしかなくなるからだ。
故に、こういった拡散効果を利用するというのはかなり難しい。一歩間違えるだけで大炎上になるし、企画ということがバレても炎上だ。実質、企業勢には不可能な技である。
「あー……これからどんな顔して外出りゃ良いんだよ……」
「そこは芸能人の宿命と思って頂けたら」
「アタシはただの音響だっつってんだろ!?」
ひたすら脇腹を殴られ続けられるエイト、息荒く攻撃を続ける虎尾の二人を眺めている部外者二人は、笑いながらそれを眺めていた。
「仲いいよね二人。兄妹みたい」
「まー3か月ずっと一緒に居ましたからねー」
「誰がキョーダイだッ!! つーか絶対アタシが妹扱いだろそれ!!」
「虎尾さんはどう見ても妹じゃない……?」
「どっちが年上だと思ってんだァ!?」
「年知らんし!」
「21だよ!!」
「えっ、思ってたより若いな」
「若いに決まってんだろ!?」
「だって結構前から働いてるんだよね?」
「中卒でルクス入ってんだよ業界6年目! だ・い・せ・ん・ぱ・いを! 敬え!!」
「ありがとうございます」
「本気で敬ってたらこんな企画出さねえよなぁ!?」
「絶対いけると思ったんだって! 虎尾さんどう見ても美少女だし!?」
「うっせー!! 嬉しくねーよ!!」
痴話喧嘩を肴に酒を飲む社長、それを横目に自分の作業を続けるイラストレーターというカオスな状況は大体1時間ほど続き、深夜0時を回ったあたりでようやく落ち着いてきた虎尾が「寝る」と告げて寝室に行ったことでお開きとなった。
放送事故は、およそ30分。
素顔を晒していたが、皆が思い出した過去の放送事故のような中の人が映らなかったこともあって、その放送事故はファンにはおおよそ好意的に受け止められ、チャンネル登録者数を大幅に増やす結果となった。
それはやはり、みにえるが企業勢でなかったことも影響しているだろう。
しばらくリンライクにはとある問い合わせが殺到したとされているが、皆が望んでいたような回答は返らなかったらしい。
その日は、みにえるというVTuverが、伝説となった日であった。