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父が遺したVのガワ  作者: 衣太
誰が為に
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3

「というわけで、みにえるチャンネル登録者数100万人突破おめでとー!」


 ぱぁんとクラッカーを引かれ、慣れない騒音に少し震えた。

 本日は、記念すべき一日だ。


 大天使みにえるのチャンネル登録者数が、ついに100万人を突破した。引き継ぐ前から30万人は居たから一から作り出したファンというわけではないが、それでも70万の上乗せを達成したのだ。


「まさか半年でここまで行けるとはねー」

「ありがとうございます。ぶっちゃけリンライクの人気に便乗しただけなんですけどね」

「それでもだよ。便乗できる企画を作ったのもエイト君なんだから」

「……そう言って貰えると、嬉しいです」


 社長室に集まったのは、まぁいつものメンバーだった。

 リンライク社長である光野晃。虎尾さんに五十治さん、最近よく一緒に遊んでる所属VTuverの豊穣むら君に、企画兼マネージャー兼みにえるの俺、速水英人の5人。

 いつもならあんまり興味なさそうに軽い拍手をしそうな虎尾さんすら、上機嫌そうにたっかいケーキを食べている。いやあんたが最初に食べるんかい。俺にくれよ。


 活動再開からたった半年で70万人ものチャンネル登録者数を増やすのに利用したのは、リンライクそのものだ。

 公然の秘密と化していたリンライク社員という設定を公にし、堂々と雑談であったりゲームであったり歌であったりとコラボ企画を乱発した――ただそれだけ。

 もう企業所属じゃないことなどファンにとっても有耶無耶になるほど堂々とコラボ活動に励んだ結果、リンライクの既存ファンを取り込むことに成功し、短期間での爆発的なチャンネル登録に結びついたのだ。


「ね、前に言ってたご褒美、どうする? そろそろ決まった?」

「……はい」


 社長とは、チャンネル登録者数が100万人を迎えたらどんなお願いでも一つだけ聞いてくれるという約束をしていた。

 むら君と配信で絡むようになり、チャンネル登録者数がこれまでとは比べ物にならない速度で増えていったタイミングで社長の方から言い出したことだが、達成出来たらこれを頼もうとは決めていたのだ。


「光コウ、期間限定で良いので復帰して下さい」

「…………そう来たかー」


 予想はしていたであろう五十治さんと虎尾さんの二人は俯いて笑い出し、むら君はテンション爆上がりなのかぴょんぴょんと小刻みに飛び跳ねてる。彼はこの中の誰よりも光コウのファンなのだ。過去に何を喋ったか一言一句覚えてるくらいの重度のファンである。そこまで行くと普通にキモい。


「他のメンバーの配信に出張で行く感じでも大丈夫ですよ」

「あっホントに? じゃあみこちゃんのとこ行こっかな」

「良いですね。あと、むら君のとこも行ってあげてください」

「オッケー」

「良いんですか!?!!?!?!?!??!?!!」


 クソデカボイスで叫ぶむら君、テンション上がりすぎて身体から湯気出てるよ。


「ついでにみにえるのとこにも来て頂けたら」

「そんくらいでいいの?」

「なんなら所属全員と一人ずつ対談するとかでも良いんですけど」

「…………それなら自分のチャンネル使って雑談枠とかじゃ駄目?」

「勿体ないんで駄目です。光コウのチャンネル登録者数がどんだけ伸びても、もう会社の利益にならないでしょうし」

「うーん、エイト君も良い感じに社会に染まってきたねー。虎尾さんが教育してるだけはあるよ」

「元がリアリストなんだろうな。ユーシとは全然タイプちげーわ」


 二個目のケーキを取りながら虎尾さんが言うので、慌てて自分の分を確保する。折角高いケーキ買ってきて貰ったのにこのままじゃ一人で食べ尽くされちゃうよ。


「んーと、みにえる含めて7期までで48人。一人1時間喋るとして48時間なので、二日あれば大丈夫ですねー。いっそ周年企画と合わせて48時間マラソンみたいにしちゃいましょうよー」

「待って五十治さん、私休む時間もないの?」

「最初2年くらいそんなだったじゃないですかー。今更ですよー」

「それはそうなんだけど……」

「そうだったんだ……」


 最近知って驚いたんだけど、リンライク所属VTuverが20人を超えるまでは、まだ社員は5人しか居なかったらしい。

 そこから一気に増やして社員数が20人を超えたので一人当たりの負担は減ったはずだが、その分VTuverの存在が社会に受け入れられ動画以外の仕事も増えたので、忙しさは当時とあまり変わってないんだとか。


 入社以降、残業時間は常に月100時間を余裕で超えているが、その時間にはただVTuverの動画を眺めているだけの時間もあったりするので、仕事しっぱなしというわけではない。なんなら半分くらいの時間は趣味に費やしているようなものだ。

 それでもちゃんと残業代は出ているし、みにえるボーナスはお給料よりもだいぶ多い。VTuver以外のオタク趣味にお金を掛けようにもそっちに使う時間はあまりなく、結局遺産も使うことなく口座残高が増えていくのを眺めているばかり。

 投げ銭をすることもなくなったが、それは一番貢いでたみにえるの中の人になってしまったが原因か。


「じゃあ、俺の提案する新企画は『光コウ×リンライク対談 VTuverについて、今後とこれまで』ってことで、お願いします」

「りょーかい。まぁご褒美の言い出しっぺは私だしね」

「よろしくお願いします。細かいところはこっから詰めていきましょう」


 チョコレートケーキを頬張ると、クドすぎない甘さが脳を刺激する。程よい苦みとほのかに香るオレンジピールが鼻に抜け、あぁこれが高級店の味なのかと一口で理解した。


「んで、エイト」

「うん?」

「とりあえずここはオフレコにしとくから、予行練習ってことで。ほらマイク」


 三つ目のケーキを食べ終えた虎尾さんが、アイスティーを飲みながらこちらにマイクを手渡してきた。


「えぇー、いきなり……?」

「みにえる引き継いで半年だろ。なんか思うことあるんじゃねえの?」

「……思うこと、かぁ」


 ないわけではない。むしろ、話したかったことだってある。けれど、大天使みにえるの看板を背負って、リンライク社員の看板を背負って、話すことは出来なかった。

 けれどこの場なら。皆が知っているこの状況でなら、話せることだってあるだろう。


「俺ずっと、視聴者のことを騙してるんだと思っていたんです」


 大天使みにえるは、父である速水有志が主体となって作り上げたVTuverだ。

 活動休止前と活動休止後で、随分と方向性が変わったことを指摘されたことも少なからずある。これまで完全に個人として活動していた最古参個人勢であるみにえるが、他社――それも最大手企業のリンライクと絡むことが増えたからだ。

 炎上するほどではないが、失望されてファンを辞めると公言されたことだって数えきれないほどある。でも、それが自分の選んだ道だから、去る者は追わないようにしてきた。見て見ぬふりを、してきたのだ。


「父さんが何考えてみにえるを動かしてたのか知らないけど、きっと今のみにえるは昔と全然違うんだと思う。それでも、なんか、なんだろうな。自分の中にある、みにえるならこうするだろうっていう範疇を抜けてはいないつもりです」


 これは対談などではなく、ただの自分語りだ。


「社長が前言ってたんだけど、アイドルグループのメンバーが変わっても、グループ名まで変わることは滅多にないって。それ聞いて、あぁつまりそういうことなのかなって。それをファンに告知しないのは、本当に不誠実だと思うけれど――言わない方が良いことだって、世の中には沢山あることを知りました」


 たとえば、放送事故企画から始まった中の人バレ。今でも月に一回は虎尾さんに中の人として配信に出て貰っているが、元々VTuverにおける中の人バレは大炎上待ったなし、それ前提の炎上商法としても諸刃の剣であった。

 当然、これだって視聴者を騙している。みにえるの中の人は虎尾さんではないからだ。

 それでも、視聴者を楽しませることは出来る。嘘を嘘と言わなければ、それは限りなく真実へと近くなるから。


「それが嘘だろうと、楽しませたもの勝ちなんですよね」

「違いねえ」

「この業界、というかファンに依存してる業界は全部、嘘で出来ている。俺がその嘘を作る側に入っただけで、業界を変えてるわけでもないし、むしろ踏襲してるだけ。そう考えるようになったら、随分楽になったんです」

「まぁねー。アイドルがよく言う彼氏なんて出来たことないです忙しいから――なんてのも全部嘘だし、まぁこの業界、人間を画面の向こうに居るキャラクターとして消費する世界だから、大なり小なり嘘を吐いてない人なんて居ないよ」

「……はい。それで罪悪感がなくなったわけじゃないですけど、これまで何をあんなに悩んでたんだろ、くらいには思えるようになったんですよね。なのでみにえるは、今後も全力で突っ走ろうと思います」

「みにえるだけじゃなくて仕事もしろよな」

「してるよ……マネージャーも頑張ってるよ……」


 最近ちゃんと他の仕事もしてるんだよ……。


「エイト君の担当してる『七咲憂』ちゃん、最近絶好調じゃない。虎尾さん的にはまだ不満?」

「あぁ。まだプロモも多いからな。新人が新人効果で売れてるだけだ。8期が出てくるまでにどんだけ伸ばせるかだな」

「8期かぁ……まだ結構ある気がしてたけど、もう発表まで半年もないのか……」

「ウチでVTuverになりたい奴なんて腐るほど居るからな。この業界が続く限り、アタシらの手が休まる時間はねえよ。辞めたきゃ死ぬしかねえ世界だ」

「社会人つらぁ……」


 まだ就職して半年しか経ってないのに、このまま50年働き続けるんだよね? しかも定年ってどんどん伸びてるみたいだから60年くらい続けるかもしれないんだよね? きっつい。とっととお金貯めてリタイアしたくなってきた。


「最近はみにえる効果で求人応募してくる人増えてきたし、今度採用面接もしちゃう?」

「え、そんなん来てるんですか」

「言ってなかったっけ?」

「初耳です……」


 確かにリンライクの社内事情を話していいことだけ暴露するVTuverと化してるが、あれで会社に入りたいって思う人居るんだ。俺だったら残業月100時間超えとか言われたら絶対入りたくなくなるのに……。


「音関係、もう一人増やせ」

「それはねー、もうちょっと虎尾さんに頑張って貰おうかと……」

「アタシの残業時間分かってんだろ?」

「はーい。なのでたまには社長らしいことしまーす。ってことでまだ内示段階だけど、リコちゃんが来月からウチの社員になることが決まりましたー! ぱちぱちぱちー」

「お、やるじゃねえか」

「引き抜き大変だったんだけどねー、もう既に半分くらいウチの仕事してるから頂戴ってパパに頼んでて、ようやくあっちの後釜育ったから異動させれるって昨日言われたの」

「あー、リコってかなめさんのことか……」


 これまた社長並みに名前の多すぎる人、リンライク2期生の叡智かなめことソングライター天童リコこと――えぇと、本名は忘れた。ギャルだ。


「えいちちゃんもこっち来るんですか!?」

「もう一人くらい即採用しようと思ってるんだけど……むら君もウチで働く?」

「それは遠慮しときますっ!!」

「断られちゃった……」

「むら君は働きたくないでござるの人だもんね……」

「はいっ! 社会不適合者のボクに会社勤めはマジで無理です!! みにえるお兄さん見てるだけで過労死しちゃうそうなのに!」

「まだしないよ……まだね……」


 過労死ラインぶっ飛ばして過労死した父が居るので断言はできないが、まだ若いので大丈夫だ。10代の体力舐めんなよ。


「しゃちょー、デザイン班も人くださいよー。ライブ2Dだけならなんとかなるのに3D前提になると工数増えて一人だと辛いんですよー」

「そこは本当にごめん……でもそれはルクスから拾ってこれないから普通に外で募集掛けることになるけど、友達とか居たら誘ってくれて良いよ?」

「あっそうなんですかー? お給料は?」

「んー、500くらいなら来る? プラスして五十治さんと同じようなボーナス形態で」

「それなら大丈夫かとー。ちょっとフリーの友達に声掛けてみますねー」

「よろしくね。絵は本当に分かんないから任せるわ」

「はいー。助かりますー」


 ついでにマネージャーも増やしてくれと言いたいところだけど、これは本当に難しいので今は黙っておこう。でも企画職は増やして欲しいな。そろそろネタが切れそうなんだよ。消費が速すぎるんだこの業界。ちょっと前まで流行ってたコンテンツが一瞬で廃れたりするし。

 外から見てる分にはゲームやったり喋ったりしてるだけでお金稼げて羨ましいなーとか思ってたのに、実際にはそうではなかった。これまで見ていたのは、VTuverの表面でしかなかったのだ。


 大好きだったVTuverの中の人になって、もう半年。

 もう引き返せないところまで来てしまった。ここまで来たらもう、最後まで演じきるだけだ。


 父が遺したVTuver『大天使みにえる』を、俺はこれからも生かし続ける。


 ファンのため、そして、自分のために。

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