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父が遺したVのガワ  作者: 衣太
中の人
2/21

2

「あれ、今日葬式やってたっけ」


 冬休み開けの始業式を終えて帰宅すると、玄関に見慣れぬ靴があった。

 女物のローファーで、サイズからして子供用だろう。


 叔父の家は自宅が葬儀屋の事務所を兼ねているので、来客があること自体はそこまで珍しくもない。リビングで知らない人が酒を飲んでいたことだってあった。

 だが大抵の場合、来客は事務所入り口となっている裏口から入っているので、正面玄関に見慣れぬ靴があることはないのだ。

 叔父の友人なら少なくとも女子供ではないはずだし、見たところ他に来客はない。親と二人で来たなら同じ場所で靴を脱ぐはずだし、子供の靴だけがあるのはどうも違和感があった。


「……ただいまー」


 いつもは事務所に居るか寝てるかの叔父にそんな挨拶はしないのだが、威嚇の意を込めて大きめの声で言う。――勿論、返事はなし。


「リビングかなぁ」


 流石に泥棒ではないだろう。靴を揃えて置いてく泥棒が居てたまるか。普段から玄関も事務所も鍵が開いてるので不用心だとは思うが、田舎なんてそんなもんだ。


 ――この時はまだ、違和感はあるが緊張はしていなかった。しかしリビングのドアを開けた瞬間、しばらく思考が停止する。


「ん、帰ったか」


 そこに居たのは、黒髪の美少女だった。

 目は大きく、くるりと丸い。少しだけ釣り目気味で、眉は僅かに上がっていた。

 服は少しだけ大人っぽい。椅子に座っているから正確なところは分からないが、身長は130cmから135cm、小学校の中学年か高学年くらいの年齢だろう。


「えーと、君は? 叔父さんのお客さん?」

「ん? いや、お前の客だが?」

「お前って……あれ俺のこと?」

「そう言ってんだろ。お前、速水英人だろ」

「そうだけど……」


 少女がおおよそ小学生とは思えない口調だったことに違和感を覚えながらも、困惑する頭で考える。

 ――さて、自分にこんな美少女の知り合いは居ただろうか。実は親同士の決めた許嫁が居たとか? 聞いたことねえよ。じゃあなんだ、妹――なんて居ないよなたぶん。親戚にこんな年の子――居るか知らないな。少なくとも葬式では会ってない。じゃあ誰だ?


「……実は俺の妹とか?」

「誰がだ」

「え、いや、父さんの隠し子とか――違う?」

「違ぇよ。そんな()()かよ」

「……じゃあ誰? 知り合いじゃないよね?」

「ま、顔は合わせたことないわな。()()()()()()()?」

「え」


 少女の呼んだ『エイトワード』は、俺が大体のサイトでアカウントに使っている名だ。ツイッターもユーチューブも、大体のサイトはそれで登録している。――が。


「…………誰?」


 少女に見覚えはない。正直、こんな髪の長い美少女と知り合ってたら絶対忘れてないと思う。口調はなんか荒くて年相応に思えないが、外見も声も、頑張っても中学1年生だ。

 少女はスマホを操作しながら、こちらをチラリと見る。


「投げ銭の総額は3年間で72万7500円、まぁ別に高くもねえが、バイトしてるだけの高校生じゃこれで限界か。一番高いのは今年の誕生日配信の3万円で、コメントは『焼肉でも食べてください』ね」

「ままままま待って!?」


 待て、待て待て待て。ちょっと雲行きがおかしくなってきたぞ。

 田舎に住んでることもあって、オフ会に参加したことはない。ネット上に友達は居ても、リアルで会ったことは一度もない。

 なのにこの少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「み、みにえる……? 死んだはずじゃ……」

「ンなわけねーだろ」

「……だ、だよねっ!!」


 流石に声が違いすぎる。でもみにえるじゃなかったらなんでそんなの知ってるんだ?

 確かに動画コメントにエイトワードの名は載っているが、それを知ったところで速水英人に辿り着けるはずがない。

 中学時代にクラスメイトが炎上したこともあって、ネットで個人情報や個人に結びつく発言はしないように気を付けていたからだ。

 身バレ防止のためにリアルの知人をフォローしてもいないが、エイトワード=速水英人を絶対特定出来ないかと言われたらそうではない。学校のオタク友達にみにえるの話をすることはあるからだ。

 そこから配信のコメントを隅々まで見ていれば、速水()()()()()ワードという名前の共通点から両者が同一人物だと特定することも出来るだろう。

 どうしてそんなことをするのか分からないという点を除けば、だが。


「ま、アタシのことはどうだっていい」

「……良いの!?」

「良いんだよ。重要なのは、こっちだ」


 少女は、スマホの画面をこちらに向ける。そこに居たのは――――


「み、みにえる……?」

「あぁ」

「えーと、……ごめん全然分かんないんだけど、みにえるが何?」

「お前、()()()()()()()()みにえるの中の人やれ」

「…………は?」


 流石の展開に脳が追い付かず、ぐるぐると目が回る。まっすぐ立っているかも分からないその感覚はしばらく続き――

 えっと、みにえるの、中身が――


「父さん!?!?」

「そう言ってんだろ」

「どういうこと!?」

「バ美肉だよ」

「バ美肉!?!?!?!?」


 バ美肉――それは『バーチャル美少女受肉』の略で、女アバターを使うVTuverの中身が男であるときに使われる。


「みにえるバ美肉だったの!?!?!?」

「いや父親だったことには驚かねえのかよ」

「滅茶苦茶驚いてますけどぉ!?!?!?」

「みにえる一人称『おじさん』じゃねえか」

「そうだけど!? そういうキャラ付けだと思ってたんだけど!?!?」


 確かにみにえるの一人称は「おじさん」だ。

 何故おじさんなのかはみにえる七不思議の一つで、本人曰く「特に理由はない」とのことだったが、中身が男なら一人称がそうなってもおかしくはない。いや実在するおじさんの一人称が「おじさん」だったことなんてないんだけど。


 しかしながら、バ美肉というのは公言するのが一般的である。女アバターの中身が男というところに一定の価値があるからだ。

 主に変成器(ボイスチェンジャー)を使うバ美肉と使わないバ美肉に分かれるが、後者は当然公言などしなくとも男ということが明白で、前者も基本的にはボイスチェンジャー特有の違和感が残るものなので、事前情報なしで見た者も男と気付くことが多い。


 VTuver群雄割拠のこの時代、「バ美肉である」は大した加点にならない。

 黎明期なら違ったかもしれないが、今更男だけをウリにしているバ美肉VTuverは少ないだろう。結局、絵が上手いとかゲームが上手いとか話が面白いとか、何かしらの技術があって初めて人気配信者になるものなのだ。


「みにえるの中身はユーシ。つまりお前の親父だ。理解したか?」

「出来ねえぇええ!!!!!!」

「しろ。3秒で」

「無茶言わないで!?!?」

「ピーピーうっせぇなぁ、それでも高3か?」

「そうですけど……!?」

「『裏果てのルーティア』」

「え?」

「これお前の裏垢だろ」

「…………え?」

「あと『紀伊モロロ』もお前だな」

「待って!?!?」

「垢間違えないようにご丁寧にアプリ変えてやってるみたいだが、電話番号の下4桁が一緒だ。詰めが甘いな」

「えぇー……?」


 確かに、少女の言っていることは事実だ。裏果ては裏垢――とはいえ鍵はかけてないが――だし、紀伊モロロは配信者としての活動名である。

 メインのハンドルネームであるエイトワードで配信するのが恥ずかしかったというより、実際は紀伊モロロの方が最初に使い出したハンドルネームだが――まぁ、それはこの際どちらでも良いだろう。


「どうして特定出来たか教えて貰っても?」

「嫌」

「……さいですか」

「しいて言うなら、()()()もうちょい上手くやるべきだったな」

「ごめんなさいもうしません」

「んー? いや別にそれを咎めてるつもりはないが?」

「…………じゃあ何を?」

「さっきも言ったろ。お前、みにえるの中の人やれ」

「…………」


 なんかトンデモ情報の連打で忘れてたけど、そういえばそんなこと言われてたね。ともかく、父がみにえるの中の人であったことを一先ず理解した上で考えよう。

 みにえるが活動休止したタイミング、父が急死したタイミングは完全に一致している。

 同一人物であるなんて一ミリも考えず、「不幸は重なるもんだな」くらいに思っていたが、こうして事実を照らし合わせると、偶然ではなかったことが分かってくる。

 え、つまり俺、実の父親にガチ恋してたの? マジで? し、死にてぇ…………。


「……ってか、中の人やれって言っても父さんと声全然違うと思うんだけど」


 驚きの連続で忘れていた。ネトゲのアバターを貸し借りするくらいならともかく、みにえるはインターネット上で受肉しているVTuverだ。喋るし動くしゲームもする。それを真似するなんて、息子であっても不可能だろう。

 むしろ、血が繋がっていたからなんだ、という話だ。もし血が繋がっていた程度で同じ演技が出来るなら、声優の子は皆声優になるはずだ。


「それはこっちで調整する」

「……同じ声になるもん?」

()()。まぁ聞かせた方が早いな。とりあえずこのマイクに適当に喋ってみろ」


 少女は床に置いていたリュックからノートパソコンとマイクを取り出すと、ケーブルで接続したマイクをこちらに向ける。――あっこれ高いやつだ。同じメーカーの一番安いモデル使ってるから知ってるよ。


「あなたは一体どちら様なんでしょうか」


 とりあえずマイクに向けて聞いてみたが、勿論返答はない。まぁそうだよね。

 少女は耳全体を覆い隠すほど巨大なヘッドホンを装着すると、録音した音声を『恋歌』というボイスチェンジャーソフトに通し、加工を始めた。

 どうしてそれが分かったのかというと、以前同じソフトを使ったことがあったから。相性が良くなかったみたいで、今は違うの使ってるけど。

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