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「転生2回目お疲れー。コメント見てたけど、良い感じだったんじゃない?」
収録ブースを出て社長室に向かうと、ノートパソコンを操作していた社長が満足げな顔でこちらを向いて言った。
本日の収録でとらおさんがスタンバイしていたのは、初めの数分だけ。以後は一人で配信していたが、なんとかミスなく終われたことが分かり、安堵の息が漏れる。
「お疲れ様です。声に関する違和感コメントが昨日ほどなかったように見えたので、声の出し方はこれで良さそうですね。まだ行動がみにえるっぽくないって言われることが何度かありましたが……」
「んー、それは仕方ないんじゃない? ユーシさんがどう考えてみにえるを演じてたのかなんて誰も分かんないんだしさ」
「……はい。でも、自分の中のみにえるならこう言うだろうなって言葉がするする出てきたのはちょっと嬉しかったですね」
2回目の本番を迎えてみたが、案外誰にも気付かれずに演じられることを知った。それはやはり、自尊心を高めるために必要なのは他人からの評価だからであろう。
初回配信で成功したことで自信がつき、みにえるとしての言動も完成後が上がったということだ。
「みにえる自身があんまりずっと喋ってるタイプじゃないのもあるね。今回はゲームの半分以上むら君が喋ってたし、それに反応する形だったから違和感が出なかったのかも?」
「あると思います。むら君に感謝ですね……」
「あ、でも落語なんてよく覚えてたね。前からやってたの?」
「……みにえるが好きって知って、一時期めっちゃ聞いてたんですよ」
「そこもみにえるかぁ……」
「はい……」
およそ2万人の前で披露しておいてなんだが、自分は落語の知識が豊富とはいえない。台本さえあればなんとなく話せるかな、といった程度で、プロの落語家を聞き慣れている人からしたら相当お粗末に聞こえてしまっただろう。
――しかし、聞いているのは落語のファンでなく、VTuverのファンである。
落語家VTuverとして活動しているならともかく、なんとなくそれっぽく聞ければ充分だと判断して話したのだ。前のみにえるもそうだったし。
社長はノートパソコンをぱたんと閉じると、天井を見上げて苦笑しながら言った。
「虎尾さんが居ないから話しちゃうんだけどさ、私、中の人を代えてまでみにえるを存続させることって反対だったんだよね」
「……そうなんですか?」
「うん。虎尾さんが『絶対できる』っていうから任せたけど、まぁぶっちゃけ無理だと思ってたの。ほら、前言ったけど私って昔アイドル活動してて、ちょっとは売れてたからドラマとか舞台も出たんだよね。でも、人様の作ったキャラクターをちゃんと演じることなんて全然出来なくて、出る度出る度すっごい叩かれたの」
「…………」
その意見は、よく分かる。アイドルや俳優を声優として起用する某アニメ映画なんて、毎回演技が下手と叩かれるのだ。
しかしそうやって叩かれる彼らも、普段から演技が下手というわけではない。むしろ俳優としては演技派と呼ばれるような人すら、声優となると素人のように聞こえてしまう。
ならば、何故自分がみにえるになれたのだろう。血の繋がりがあったから? それは本当に重要だったのだろうか?
「……俺も、社長と同じでした」
「出来ないって思ってたってこと?」
「はい。でも、自分に聞こえる自分の声と人に聞こえる自分の声って全然違うっていうじゃないですか」
「違うねー」
「普通は、それがあるから演じられないんですよね。そこの差が埋められないんです。でも俺って、ほら――」
虎尾さんから借りていたヘッドホンを社長に見せる。プロ仕様で遮音性が高いこのヘッドホンは、しっかり装着すれば自分の声すらほとんど聞こえなくなる。その代わり、ボイスチェンジャー『恋歌』によって変成されたみにえるの声だけが聞こえてくる。
「俺はみにえるを演じてる時、みにえるの声しか聞いてないんです。自分がどう喋ってどんな声を出してるかなんて、関係ないんです。そこが現実の演技との違いですね」
「そっか。エイト君は魂を吹き込んでるだけなんだね」
「……そういうことなんだと、思います」
誰がどう聞いても同じ声に聞こえるという神調整によって、あえてトーンを変えなければ常にみにえるの声に聞こえる。声という最も大きな障害を容易に超えることが出来てしまうのだ。
そうなれば、これまで繰り返し繰り返し聞いてきたみにえるの喋り方に合わせるだけで、そこにはみにえるが生まれる。
父――速水有志が生み出したみにえるに、魂を吹き込む。自分がしているのは、たったそれだけのこと。
もし声を完全に同じに出来るのなら、他のファンでも同じことは出来るのかもしれない。偶然選ばれたのが自分なだけだ。
それは分かっているし、みにえるの人気が自分の人気だと自惚れるつもりはない。自分は所詮、3年間活動を続けても収益化出来ないほどの弱小配信者だ。
大天使みにえるは、速水有志、虎尾ちえり、五十治えいみの三人で生み出した奇跡のようなVTuverであり、自分はそのうち一人の後釜に過ぎない。
――でも。
「自分は偽物だって分かってても、褒められると嬉しいんですよね」
「それはそうだよ。アイドルだって一緒。事務所とファンとメディアが一緒になって作った虚像を演じてるだけなんだから、私達だってただの演者に過ぎないのよ」
「……そうなんですね」
「みにえるだって同じだよ。演じているのが速水有志か速水英人かの違いはあっても、そこに生まれるのが大天使みにえるであることに代わりはない。ほら、アイドルグループのメンバーが変わってもグループそのものが変わるわけじゃないし、声優が交代してもキャラが変わるわけじゃないでしょ?」
「それと一緒なんですか」
「一緒だよ。ファンが求めてるものを提供出来るなら、それが誰だって構わない。この世界って、そういうものなんだよ」
どこか寂しそうな顔でそう呟いた社長の経歴は、配信までの時間で少しだけ調べた。
アイドルグループ『アメージング』不動のセンター、波多野まり。
今から20年ほど前に活動を開始したそのアイドルは、数万人のオーディションから勝ち上がった5人によって作られたグループだ。
シングルは軒並みミリオンヒット、アルバムは当時の音楽市場トップの売上枚数を誇ったが、後に週刊誌に取り上げられた所属メンバーの枕営業疑惑、更には覚醒剤取締法違反が話題になり、一時活動を休止。
その後に行われた裁判で、覚醒剤使用は本人の意志でなかったことが分かり無罪判決が出たが、黒い噂の広まったアイドルが業界に復帰することは出来ず、メンバーを入れ替え活動を再開した。そしてそれから数年後、リーダーである波多野まりが引退し、解散。
全盛期は、自分が保育園児くらいの頃のようだ。試しに流してみたヒットチャートには聞き覚えがあったので、当時は何度も何度も流されていたのだろう。
「社長って、アイドルに未練とかあったんですか?」
「え? どういうこと?」
「あの、光コウってなんとなくアイドル系じゃないですか」
光コウが売れたのは、SNSでVTuver四天王が話題になったばかりの頃で、タイミングが良かっただけという説もある。
だが、それだけとは思えなかった。圧倒的な歌唱力や人を魅了する喋りは、ガワを被っただけの素人が生み出せるものではなかったのだ。
「光コウってキャラを作ったのは、私じゃなくて企画したユーシさんだよ」
「……そうなんですか?」
「そりゃあ、アメージングの波多野まりを意識してないことはないだろうけど、ぶっちゃけバレたことは一回もないしね。だからユーシさんがアイドルを作ったっていうより、私がアイドル以外の生き方を知らなかったからそうなっちゃっただけだと思うな。だって仕様書にアイドル要素はなかったんだよ?」
「え、そうなんですか?」
「うん。投稿動画に歌が多かったのも、ニコニコ動画の『歌ってみた』で視聴数稼げることが分かってたからだし、今の配信者に比べるとゲーム配信が少ないのはゲームするだけでウケるって分かってなかったから。だからエイト君はそう思ったのかな? んで、アイドルに未練があるかって話だけど――ないね」
「ないんですか」
「うん、全然。だって考えてもみてよ。私、中学くらいからほとんど学校にも行かずアイドルしてたんだよ? 引退発表する頃には、もう飽きちゃってたんだよ。パパもそれ知ってたから引退止めなかったし」
「はぁ……そういうものなんですねぇ……」
「うん、そういうもの」
その感覚は、きっと経験してみないと分からないだろう。
トップアイドルが、メンバーの不祥事で転落、その後もヒットソングは出しても、黒い噂のせいで以前ほどはメディアで扱われなくなる。そのまま数年間活動を続け、引退。
そんな経験、普通の人はしたくても出来ないし、感情を理解することなど出来ない。生返事が漏れてしまったのも当然だ。
「エイト君、みにえるに出会って何年?」
「えっと、4年とちょっとですかね。初期はまだYouTubeを見てなかったので」
「4年も飽きずに見てたんだ」
「……そうですね」
「偉いなぁ。大量生産大量消費の時代だからこそ、『前から好き』なものに特別な何かを感じるんだよね。業界も違うけど、やっぱ大きいのは時代かな」
社長の言葉に、安易な回答が出来なかった。
みにえるが好きな理由を言語化したところで、みにえるが一番好きな理由を言語化することは出来ないからだ。
――何故かは分からない。けれど、一番好きなもの
社長の言うように、その理由は『前から好き』なだけなのかもしれない。それとも、それ以上に好きになれるものに出会えていないだけなのかもしれない。
「虎尾さんが何か言ってもさ、もしエイト君がみにえるを辞めたいと思ったら、私に言ってね。いつでも辞めて貰って構わないから」
「……それは、みにえるが個人勢だからですか?」
「違うよ」
社長ははっきりと、先程までの曖昧な笑みではなく意志を持った目でこちらを見つめてそう言った。
「人に言われて始めるのは、まぁ良いんだよ。誰かに背中を押して貰わないと初めの一歩を踏み出せない人だって居るからね。でも、人に言われて続けるのは違うの。それはきっと――、辞めた私の口から言っても説得力がないかもしれないけど、よくないことだと、私は思ってる。だから、エイト君の意志で続けてるなら止めないし応援するけど、人に言われて、ファンが待ってるから続けるってのは、違う。絶対に、違う」
その言葉には、今まで以上の重みがあった。
実体験に基づく、少し前までただの高校生でしかなかった自分ではきっと理解出来ないほどの濃密な経験を経て、諭されているのだ。
――分かっている。けれど、答えは決まっていた。
「最初は流されちゃいましたけど、今は全然嫌じゃないです。だから、続けます。でも、もし嫌になったら相談するので、その時は宜しくお願いします」
「うんうん、いつでも相談してね」
「……虎尾さんのパワハラも相談しても良いですか?」
「そこはなぁ……」
いやそれは曖昧に返すんかい。あれ絶対パワハラだよね!? 美少女じゃなかったら絶対許されてないというか、まぁあんまりダメージもないから良いんだけど――
「本当に嫌なら止めさせるよ」
「…………」
「しばらくはじゃれついてる子猫かなんかと思って、さ」
「はい……」
上司のパワハラを社長に相談したら諭されました。でも絶対にやめて欲しいほどじゃないからまぁ良いかな……。虎尾さんが可愛いのが悪いよ……。なんか猫パンチくらいに思えてきたもん最近……。猫飼ったことないけど……。
「……本人居るとこで話したら絶対怒られるから居ないとこで言っちゃうけど、虎尾さんって小学校から学校通ってないみたいなんだよね」
「え?」
「だから感情表現がそのへんで止まっちゃってるんだって。私も五十治さんから聞いたんだけどね」
「……でも専門が一緒って言ってませんでした?」
「うん、中学までは通ってなくても卒業は出来るからね。そこから専門学校入ったけど、周囲と馴染めずに中退したんだって」
「へぇ……。そんな経歴でもルクス入れたんですね」
ルクス・エンターテイメントは音楽業界の大手である。当然、大手企業の入社面接はそう簡単ではないはずだ。中卒の未経験者など、到底受かるとは思えなかった。
「ぶっちゃけコネ入社だよ。ルクスの人事部長が虎尾さんのお父さんなの」
「あー……」
「まぁ本人は音楽関係の仕事したいって独学で勉強してたみたいだから、そのまま就職して音響の裏方やってて、今に至る――って感じかな?」
「なるほど……。まぁ、俺も人のこと言えませんしね」
「そうねー」
笑って返された。コネ入社を笑うのは、普通に実力で入社した者にしか出来ないのだ。
自分だって、父が企業で働くVTuverだったから、業界最大手のリンライクに入社できただけ。これをコネ入社でなくなんと呼ぶ。
いつもなら五十治さんと虎尾さんの居る社長室に社長と二人だけで居ると、話が脱線することもなく淡々と進んでいく。
結局他愛のない話を1時間ほど続けていると虎尾さんがルクス本社ビルから帰ってきて、その日は解散となった。帰宅が0時を過ぎることに慣れてしまっているのは、ブラック企業に汚染されてきた証拠であろう。




