4
『わー、洋館クローズドサークル? なるほどねぇ……。んで、この上の数字が朝までの時間ね。チャット系の人狼だったらNPCで第一犠牲者が出そうだけどたぶん居なかったから、なんとか生きたまま朝まで過ごして昼間に皆で話し合う感じかなぁ?』
画面に表示されたのは、ドット絵で描かれた部屋と中央のキャラクターだ。
人狼ゲームに特有の特殊技能持ちは、このゲームにおいて初日は能力が使えず自覚していないという制限が掛けられている。殺せば殺すほど有利になる犯人役『成谷』が、まずは一人を確実に殺せるようにするためだ。
【大体合ってる】
【成谷の怖さを知るのはそれからだな】
湯浅【人狼というか犯人役は一人しか居ないですよ。安心ですね】
【お、おい!】
【嘘ではないが、嘘ではないが……】
【現時点では嘘ではない】
『えー、えー、どういうことー?』
伊尾クラ【とりあえず探検しましょう。鍵も掛けれない初日に部屋閉じこもってると普通に強襲受けて終わりなので】
『分かったよ~。ちょっとホラーっぽい雰囲気だねぇ』
マウスクリックという単純な動作で動くドット絵のキャラクターが部屋唯一の出口に近づくと、ピシャリと雷のような音が鳴った。一瞬だけ部屋の中央に影が映し出される演出があったが、残念ながらみにえるが気付くことはなかった。
【――そして、みにえるの姿を見た者は居なかった】
【むらきゅんが成谷だと良いな】
【絶対最後に裏切るやつじゃん】
『これ、集まって夜まで過ごしたら誰も死なないとかあるのかなぁ?』
周囲の部屋からも続々とドット絵のキャラクターが出てきたが、キャラクター名などは表示されず、外見上はみにえるを含めて皆が黒塗りである。夜パートにおいて、暗闇では人の顔は判別出来ないという仕様らしい。
【あるよ】
【成谷が下手ならありうる】
【でもみにえるの部屋設定なら初手からフルセット持ってるからそれはないだろ】
伊尾クラ【さっきルーム設定で暗器オンにしてたんで、全員で固まってたら逆に犯人見つけづらくなりますよ】
『なるほどぉ……。あ、ほんとだ皆色んな方向に歩いてくけど、これ誰かについてった方が良い? 適当に歩いてた方が良いのかな~』
【お好きにどうぞ】
【離れてった奴はたぶんアイテム探しに行ったんだと思う】
『りょうかいー。じゃあとりあえず……館の形くらいは知っておいた方が良いよねぇ』
そう言うとみにえるの操作しているキャラクターは誰かに近づくことなく歩き出す。――が、後ろから近づいてくるキャラクターが居た。
『ドーモ、ワタシナリヤジャアリマセン』
『その声、むらくん?』
『あれっおじさんですか!? いきなり!?』
急に聞こえてきた美少年声――正体は、豊穣むらであった。
夜パートにおいて、キャラクター名が表示されるのは声が聞こえるほど近づいた時だけだ。そこには確かに豊穣むらという名前が書かれているが、彼が犯人かどうか知っているのは現状彼の配信を見ている人だけである。
まぁ、実際は部屋設定で除外されているので犯人ではないのだが、視聴者はそれを知る由もない。
『むら君が人狼、じゃなかった成谷な可能性もあるんだよねぇ』
『ちがいます! ボク成谷じゃありません!』
『犯人は皆そう言うんだよ~?』
『まだ話しかけただけなのに疑われてる……!?』
【日頃の行い】
【でもむらがみにえる見つけたのは本当に偶然だと思う。あっちの配信も付けてるけど適当に歩いて話しかけただけだったし】
湯浅 ¥5,000【おじさんもうコメ見てる余裕なさそうですね。見守りましょう】
【こういうの外からバレされると普通に萎えるしな】
『むら君、これ人狼で言う『噛む』はあるっぽいけど、『吊る』もあるの?』
『昼パートにありますよ。でもしなくても良いです』
『へ~、そうなんだぁ。じゃあほんとに夜パートで一人ずつ死んでく系?』
『ですね。でも一つ注意があって――いやこれは見てからのが分かりやすいかな』
『えー、もったいぶらないで教えてよぉ』
『驚くおじさん見たいので……』
【分かるよ】
【すごく分かる】
【でもおじさんって驚くの……?】
ゲーム画面しか見ていないことが分かり、コメントの投げ銭も落ち着いてきた。
元からみにえるは投げ銭に一言ずつ感謝をするタイプのVTuverではないため、ファンもそれを理解してはいたが、それでも大人しく感想コメントが並んでいく。
昼パートに映る寸前で、「キャー!!」と叫び声が聞こえる。男にも女にも聞こえる合成音声で、勿論プレイヤーの声ではない。
『えーと、集まる?』
『集まらないこともありますけど、たぶん管理棟に一人くらい行ってれば――』
ぴんぽんぱんぽーんとクローズドサークルには似合わない軽快なメロディが鳴ると画面が暗転し、自動的に生存者全員が食堂に集められた。
それなりに広い館が舞台になっているため、集合する時間のロスを省くための処置だ。
『たぶんみにえるおじさんの配信見てる人しか居ないと思うので、議長はおじさんで良いかな。見てない人居たら挙手おねがいしまーす』
みにえるでも豊穣むらでもない男性の声でそんな説明があった。スタンプ機能で返信していくプレイヤー達に対し、『え』と声を漏らす者。――みにえるだ。
『えー、おじさん全然ルール分かんないんだけど、議長を務めさせていただきまぁす』
【ゆっる】
【ここで断らないのがみにえるなんだよな】
【クソ雑魚おじさんは常に空気に流されるからな……】
『で、あの、えーと……まず誰が死んだの~?』
『さぁ……?』
『誰なんでしょうね?』
『おじさんとむらきゅんじゃないことだけは確か』
ボイスチャットを繋げていないプレイヤーからはスタンプで返答が返る。
――そう、これがこのゲーム、『汝はコレクター成谷』の特徴の一つ。
『一応ボク――豊穣むらが補足説明させて頂きますと、このゲームって基本的に3人以上居るとこで死者が出ない限り、誰が死んだかは分かりません』
『でも人減ってるはずだよね……?』
『はい。でも今何人居ます?』
『えーと…………あれ、10人居るよね? 死んだのに……?』
『はい。つまり死者も普通に動いてるんですよ』
『……どーゆことー?』
『日に日に成谷が増えてくんです』
『まず成谷って何なんだろう……』
おじさんの呟きに、苦笑や疑問のスタンプを返すプレイヤー達。
そう、特に複雑なストーリーのあるゲームではないため、成谷が何なのかは本当に分からない。そのあたりは製作者がツイッターで軽く説明した程度なのだ。
【一応作者ツイッターではシェイプシフターって呼ばれてる】
【シェイプシフター+吸血鬼+大量殺人鬼だっけ】
【名前が日本人名なのはただのギャグだからな】
このゲームの元となったのは、『汝は人狼なりや』――『人狼ゲーム』と呼ばれる種のボードゲームだ。
元々はボードゲーム業界でそこまで主流のタイトルだったわけではないが、本格的なプレイヤー同士の騙し合いが楽しめるということでネット時代で地味に人気を博し、近年人狼ゲームを元に作られたとあるゲームがVTuver界隈でヒットしたことで、似たような作品が複数作られることとなった。
夜パートでは人狼が人を噛み殺し、昼パートでは誰が人狼か推理し多数決で『吊る』――つまり処刑するという残酷かつシンプルなゲームなのだが、プレイヤー次第では相当な奥深さが楽しめるのが人狼ゲームだ。
『多数決ってコマンドは、たぶん吊るために使うやつだよね? とりあえず目撃情報でも聞くべきかな~』
『ボクはおじさんと一緒に歩いてたので何も見てないです』
『俺は一人で管理棟に行ったけど、同じ方向に来てたのは一人だけ。誰だろ』
『食堂行ってましたー』
各々のアリバイを説明し出すプレイヤー達。ボイスチャットが出来ないプレイヤーのため、チャット欄もオープンされているのでそこにも文字が流れていくのを見ながら「う~ん」と唸るみにえるを見守る視聴者たち。
『流石にこんだけじゃ吊れないよねぇ。昼パートあと3分くらいしかないから……お話でもしよっかな~』
『待ってました!』
『そ~ばぁ~』
【え?】
【お話ってそういう?】
【噺違いやんけ】
『おう、何ができるんだい。へぇ、花巻にしっぽくが出せますが。そいじゃあしっぽく一つ、あつあつでお願いできるかい』
【どういう展開?】
【おじさんが落語の『時そば』を始めた】
【想像以上に多芸なおじさん】
湯浅【おじさんの落語懐かしい……】
トウジ@第三使徒【たまにネタにしてたけどまともに聞けるの3年ぶりくらい?】
その後も時間いっぱいみにえるに落語を聞かされたプレイヤー達は、当然3分で最後まで聞けることはなかったが、人狼ゲームとは思えないほど穏やかな昼パートを過ごす。
そうして夜パートで人が死に、しかし次の昼パートで集まるとまた10人揃っており、推理することなくおじさんの落語の続きを聞き――
そんなことを4日分過ごした後、昼パートでみにえるが疑問を口にする。
『そういえばさぁ、10人部屋なら5日で良いかなぁって5日設定にしてたんだけど、このまま村人側が勝つことってあるの~? ふつうの人狼なら毎日吊るから5日目には一対一になってると思うんだけど、まだ10人揃ってるじゃない……?』
みにえるの疑問には、豊穣むらが答える。ボイスチャットを繋げているプレイヤーは他にも居たが、喋り慣れていることもあり、二人以外が率先して喋ることはなかった。
『あ、たぶん今夜で終わりますよ』
『え?』
『成谷一周目は何も分からないと思うので、おじさんのお話続き聞かせてください!』
『えぇー……まぁいっか~』
【良いんだ……】
【いつものみにえるならそろそろ配信止めてる時間だが……】
【このまま二周目入れるのか? 体力ついたって言ってたけど】
『実は和尚さんにお願いごとがございまして。はて、お前さん、最近お子が出来たようですが、こう早朝に願い事とはさては弔いの――。ば、馬鹿なこたぁ言っちゃぁいけねえ、そうじゃねえんですわ――』
4日目になっても推理の一つもせず落語を聞いているだけで終わる人狼ゲームなど、前代未聞であろう。
――しかし、ここに集うは全員がみにえるファン。一緒にゲームをプレイしている高揚感、生のライブを聞いているという感動により、そんなことを口にする者は居なかった。
――して、4日目の昼パートも終わる。
『ねぇむら君ー、管理棟ってとこ行ってみようよ。毎日誰かが行ってるんでしょ~?』
『あ、そうですね。でも――』
『でも?』
『ごめんなさいっ!』
美少年の謝罪と共に、みにえるの配信画面が真っ赤に染まり、――暗転。
そうして、暗転が解けると画面中央に赤黒い文字が表示された。
――『成谷の勝利です』、と。
『え?』
豊穣むら【終わってからも一回昼パートがあるんで、そっちで話しましょう】
『えー……?』
【成谷初見プレイヤーからしか得られない栄養がある】
【この反応、マジでみにえる成谷の配信見てなかったのか】
【いうて成谷やり込んでんのリンライ3期生しか知らんしな。他は惑星人狼ばっかだろ】
【成谷って視聴者のリテラシーに影響されるしな。3期はそういう娯楽としてやってるからバレとか全然ないけど、他のVTuverがやったら即成谷バレ食らいそう】
再び画面が暗転し、昼パートで雑談の場所として使われている食堂に10人のプレイヤーが集められる。
『え~、どうも議長の大天使みにえるです。おじさん何も分からないまま負けちゃったんですが、反省会……あれ、反省会で良いのかな……? 人狼にとっては祝勝会……?』
『反省会で大丈夫ですよ』
『4日目の夜、おじさんむら君と一緒に歩いてるとこで死んだっぽいけどぉ、あれむら君が成谷だったってこと……?』
『2日目の夜からですね』
『うんー……?』
『夜パートで死んだ人の死体が昼パートまでに見つかられなかった場合、成谷として生き返るんですよ。なので毎夜成谷が増えてってたんですね』
『えー……? でも確かに2日目の夜ってバラバラに動いてたねぇ、あの時?』
『はいっ! 死にました!!』
『死んだら死んだって言ってよぉ……』
『それ言ったらつまんないじゃないですか!』
【それはそう】
【常に勝利条件が変化するゲームって珍しいよな】
【成谷って初見じゃ絶対勝てないゲームだしな】
『つまりこれ……おじさんは人狼だと思い込んでたんだけど、ホントは増やし鬼?』
『そういうことです! 自分が成谷になっている間は成谷と生存キャラを同数以下にすることが勝利条件になって、成谷じゃなければ成谷を一人でも吊ることが勝利条件になりますね! なので成谷じゃないプレイヤーにとっては人狼ですよ!』
『…………無理ゲーじゃない?』
『慣れると推理出来るんですけど、おじさん以外は皆ルール知ってた感じですよね?』
『知ってました』
『やったことはないけど見たことはあった』
『俺初見だったけどおじさんの落語聞きながら攻略ウィキの初心者講座見てたよ』
『ほぇー……』
みにえるの抜けた声がしばらく続いて、その後に『ん?』と声が続く。
『ひょっとして……おじさんがお話してる間に推理すべきだったってこと……?』
『ですねっ!!』
【それはそう】
【人狼で推理せずずっと落語してる奴初めて見たよ】
【最初に気付こう、な?】
『同数以下って部分は普通の人狼ゲームと一緒みたいだけど、でも成谷はどんどん増えてくから……』
『逆に言うと、後半はランダムに吊るだけでもたまに成谷に当たりますよ。でも適当に吊りすぎると成谷の方の勝利条件満たしちゃうんでリスクも高いんですけど』
『なるほどねぇ……。でもつまりこれ、10人で5日って絶対持たないやつだったってことになるよね……』
『ですねっ! 成谷が初日から動けないルールなら5日目までありましたけど、おじさんが暗器オンにしてたんで4日目でどっちかの勝利で終わりました!』
『言ってよぉ……』
『おじさんの新鮮な混乱を見たかったんですよ』
『むらくぅん……』
【おこ? おこなの?】
湯浅【おこですね】
トウジ@第三使徒【結構怒ってる声だな】
【ぜんぜんわからん】
【いつも通りのテンションにしか聞こえないが?】
『えーと……じゃあ2回戦やっちゃおっか~?』
『ホントに大丈夫なんですか!?』
『30分くらいならいけるよ~。でも流石に次でおしまいにするかなぁ』
『はいっ!! じゃあもう一回マッチングからやりましょう!!』
『はーい。皆ありがとねぇ~』
画面が切り替わり、再び部屋立ての画面に映る。
今度は視聴者コメントを見ながら部屋設定を調整し、マッチング。
再び2番目に入ってきたのが豊穣むらだったことにざわめくコメント欄を横目に、当然のように始まる第2回戦――
結局第2回戦も成谷側の勝利で終わったが、なんとなくルールを理解したので今後もたまにやりたいというみにえるに、一緒にやろうと約束を取り付ける豊穣むら。
全く違和感のないその流れに、リンライクが他社コラボ――それも個人勢と絡むことなどないことを知っているはずのリンライクファンすら、誰も疑問を口にしなかった。
逆に驚いていたのは、古くからのみにえるのファンだ。みにえるが先の約束を取り付けることなど、5年間の配信歴において数えられる程度しかなかったからである。




