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「おはようございまーすっ!!!!」
その日出社していつも通り社長室に入ると、いつ帰ってるのか分からない五十治さんと社長の他に、見覚えのない少年が座っていた。
元気よく挨拶されたので挨拶を返し、社長に目配せをする。社員にしては随分と若く見えるが、これまで見たことがなかったテレワーク社員なのだろうか。
「エイト君、彼の声に聞き覚えは?」
「声?」
「ふふん、これでもボクのが先輩なんですよ?」
「…………あっ」
声変わりなどしていないかのような高い声。昔よくアニメでショタキャラの声は女性声優が当てることが多かったが、まるでそんな風に聞こえる声の持ち主は――
「豊穣むら?」
「せーかいです!!」
ぺこりと頭を下げられ、あぁと納得する。
リンライク6期生――全員が男の娘という設定のVTuver。
とはいえ、正真正銘の女性アバターを使う者――所謂バ美肉と、女の子にも見えるショタアバターを使う者に分かれており、豊穣むらは後者――男の骨格で描かれた、女装したショタキャラである。
「なんか、っぽいな……」
「中の人の顔見てデザイン決めたのむらきゅんだけなんですよねー」
作業の手を止めず、こちらを見ることなく五十治さんが言う。確かに、どことなくアバターと雰囲気が一緒だ。
豊穣神をイメージした、白と緑を基調としたシンプルな服装。どことなく神秘を感じさせる神々しさ、瞳孔の代わりに地球儀が描かれた特異なデザイン――五十治えいみ作、現在6期生で最もチャンネル登録者数が多いVTuverである。
「ですよねっ! ママのデザイン大好き!」
「えへー、わたし直球で褒めてくれる子好きよー」
「んふふー」
にこやかな少年は、見たところ中学生くらいに見える。虎尾さんとどっちが若く見えるか聞かれたら微妙に悩んだ末虎尾さんと答えたくなるが、それでも身長150cm程度の成人男性を見ることはないので、本当に若いはずだ。
「豊穣むら、もとい雪代巴ほとみです! よろしくですっ!!」
「えっと、速水英人です。よろしくお願いします」
「ちょっとエイトさんに会いたくて、今日はこっち来ちゃいました!」
「はい?」
「昨日の配信見ましたよ!」
「え?」
昨日の配信――それは間違いなく、みにえる放送事故配信のことだろう。
豊穣むらが自身のアバターをデザインしたイラストレーター、五十治えいみに放送事故を知らせた流れ――実はここは、仕込みではなかったのである。
「さっき社長に聞いてびっくりしちゃいました! ボクがあぁやって動くことも考慮した企画だったなんで思ってなくて、本気で変な声出ましたよ!!」
「あー……」
「どうして分かったんですか?」
「……むら君がみにえる好きなのは知ってたけど中の人がどう動くか予想できなかったんで、一応社長に確認したんですよ。こんな感じで動きそうな人ですかーって。一応他にも候補者居たけど、同じタイミングでライブ配信する所属VTuverで一番行動速そうなのでむら君だったので」
「ボクのこと知ってたんですか!?」
「『宇代崎かえで』」
「わーバレてる!? 社長ですか!?」
「違う違う。エイト君最初から知ってたよ」
「えー!! すっご!! 村民でもあんま気付いてる人居ないのに!」
そう、リンライクからデビューしたVTuver『豊穣むら』には別の顔がある。それは、1年ほど前まで活動していたバ美肉VTuver『宇代崎かえで』だ。
ボイチェンを使っているので、気付いてる人は少ないだろう。豊穣むらはとある事情でネットで過去を詮索されたことがあり、もしかしたら――くらいに取り上げられたことはあったが、確定情報としてネットに出回ったことはない。
「前からみにえるの配信コメントによく居たから動画見てたんだよね。喋り方一緒だしネタも一緒だから同一人物だろうなって」
「そんなんで分かるんですか!? 凄いですねっ!」
「確証あったわけじゃなかったけど……違ったら違ったでB案通すだけだったので」
ちなみにB案は、特に誰に教えられるでもなく五十治さんが気付く――という案であった。それよりも全く関連性のない他人に教えられた方が信憑性が高まるのでむら君が気付かない時だけ使うつもりだったが、保険として一応台本まで作っておいたのだ。
「へぇ……前のみにえるおじさんとは全然違うタイプなんですねっ」
「……うん?」
あれ、今なんかおかしなこと言われなかったか?
「前の?」
「あっ、はい。あれ、聞いてなかったですか?」
「…………何を?」
「前のみにえるおじさんの中の人と喋ってすぐ分かったの、ボクですよ?」
「っあー…………」
「言ってなかったっけー?」
「初耳です……」
昨日の配信で、一度だけ特定されたことがあると話したのは、創作ではない。五十治さんからそんな話を聞いていたからだ。
どうやら父――速水有志と社内で30秒ほど話しただけで「みにえるおじさんですよね?」と質問したらしく、とんでもない奴が来たなと思ったのを覚えていたようだ。それが誰だったかは聞いていなかったが、まさか彼だったとは。
「前のおじさんは喋り方だいたいみにえるおじさんと一緒だったんですぐ分かったんですけど、エイトさんじゃ無理ですね、ちょっと違いすぎて」
「……父さん、そんなみにえるに似てた?」
「ブレスが大体一緒でしたね。あと声の伸び方かな」
「俺でも分かんなかったのになぁ……」
「っていうか今流すとこだったけど前のみにえるおじさん、お父さんなんですか!?」
「あ、うん」
「それめっちゃアツくないですか!? お父さんの遺したロボに子供が乗るみたいな展開じゃないですか!?」
「…………言われてみるとそうだな」
考えたことなかったけど、確かに似たようなものだった。
虎尾さんに無理矢理引っ張って来られて、何故か大好きなVTuverの代役を務めることになったのでそんな客観的には見れなかったけど、周りから見たらそう見えるのか。
うーん、面白そうなんだけど、それはそうとして流石に公言することは出来ないかなぁ。反発の方が大きそうだし。
「昨日の配信は声おんなじに聞こえたんですけど、『恋歌』ってあんな綺麗な音作れましたっけ? ボクもみにえるおじさんが使ってるって本人から聞いて前使ってみたんですけど、もっとガビガビな明らかにボイチェンですーって声にしかなんなかったんですよね」
「同じく。そこは虎尾さんが凄いんだろうなって」
「結局中の人が代わったって気付いてる人は居なかったよね」
ノートパソコンで7期生の設定資料を作りながら社長が言うと、五十治さんも「ですねー」と同意した。
「後ろから見てた感じ、ぶっちゃけちょっとは違和感に気付くかもって思ってたんだけど、そこはエイト君と虎尾さんの連携プレーの賜物かな?」
「あー、でもテンションが高いってコメントはちょいちょいあったので、全く同じに聞こえてたわけではないっぽいです。そこは素直に反省します」
「あのコメントってそう受け取るべきコメントだったんだ……」
「はい。普段はそういうコメント付かないんで」
「「へぇ……」」
社長と五十治さんは感嘆の声を漏らすが、むら君はうんうんと頷いた。やっぱりみにえるオタクは違うね。
大天使みにえるは常時ローテンション、何があっても驚いたり声を荒げたりしないのが特徴のVTuverである。
そこには拘りがあったのでなるべくテンションを低くなるよう心掛けたのだが、どうしても素のテンションまで完全に再現は出来なかったようだ。
「あっそうそう。お兄さん、虎尾さんとどうやって声合わせたんですか? あれ虎尾さんマスクしてない時口パクだったんですよね?」
「あー、むら君虎尾さんのことも知ってるのか……ってそりゃそうか、ここ来てんだし。リンライクのライブ配信ってリアルタイムじゃなくて3秒ラグあるのは知ってるよね?」
「はいっ! 何度か救われてます!」
「いや救われんなよ。えっと、あれってあえてラグ作ってるから、逆にラグを使うことも出来るんだよね」
「逆に……ですか?」
「そう、虎尾さんは3秒前にイヤホン越しで俺の声を聞いて、それに合わせて口パクしてたんだよ。んで、声が配信に流れるのは虎尾さんが声聞いた3秒後、虎尾さんの口パクと同時に流れるようにしてる」
「そ、そんなこと出来るんですか!?」
「俺もビックリしたけど、出来たんだよね……なんなんだろうねあの人……」
ここに居ないので言いたい放題だが、本当になんなんだろうあの人。音響ってそんな技術あるのかな? いやないよね流石に。
流石にそれで話しっぱなしになるのはダルいと言われたのでマスクをすることにしたのだが、それでも信憑性を高めるためにマスク無しであったり、マスク越しに口パクをしたりといった小細工を使っていた。
しかし虎尾さんは、声を合わせるのが不可能だからマスクをしたいではなく、ダルいからマスクをすると言ったのだ。
それは音のプロだから出来るのか、あの人がおかしいのかは分からないが、どちらにせよ助かった。いくら配信といえど、声と映像があまりにズレるのは違和感があるからだ。
「っていうか、虎尾さんは今日出社しない日ですか? いつも定時前には出社してる印象だったんですけど」
「ん? あれエイト君スケジュール見てない? 虎尾さんは今日ルクスのスタジオ行ってるよ。2期生シングルの収録日だから」
「……そう言えばあの人音響でしたね」
すっかり忘れていたが、虎尾さんの本業はバ美肉の声作りじゃないのだ。
なんか本人女子小学生で全然それっぽく見えないのと、3か月ほど付きっきりでみにえる作りに協力してくれてたから意識してなかったけど、そりゃこのくらい少人数でVTuverのプロデュースしてたら他の仕事も溜まるよね。
「不貞腐れて寝てるもんかと……」
「とらおさん、イライラしてても寝たら大体治るよー」
「えっ、じゃあ今後も中の人してもらう時は寝る前が良いってことですか」
「そうかも? まぁやってくれるかは分かんないけどねー」
五十治さんが半笑いで首を傾げる。ここ二人の距離感ってなんか独特なんだよね。配信コメントでも言われてたけど、長年付き合ってる同居カップル感があるのだ。
昨日の配信は虎尾さんの自宅でやったけど、割と五十治さんの私物も転がってたし。
「あの、今回の放送事故考えたのって全部エイトさんって聞いたんですが本当ですか?」
むら君に上目遣いで聞かれると、なんでも頷いてしまいそうになる。にしても顔可愛いなこの子。普通に顔出し配信出来るレベルじゃないか。
「うん、台本は社長に詰めて貰ったけど、内容は自分で考えたよ」
「なら次はボクのも考えてください!」
「……え?」
「なんかいい感じのやつでお願いしますっ!!」
「えぇー……?」
一応社長の方に目を向けると、親指を立てられた。
「エイト君忘れてたかもだけど、本業は企画だからね?」
「そうでした……」
「んで、はいこれ」
「……なんですか?」
社長が手を止めると、机から分厚い封筒を持ってきた。えっと、これはなんだろう。
「中見てみ?」
「…………えっ」
封筒をあけてみると、札束。あれ、おかしいな。なんかやらかしたかな?
「ボーナスだよ。少なくて悪いけど」
「何のですか!?」
「昨日の配信の。投げ銭が170万かな? そのくらい入ったから、会社が半分貰って、残りを虎尾さんとエイト君で等分ね」
「…………42万!?」
「と5千円ね」
こんな大金を手にしたことはないので、手が震えている。札束って重いんだね……。
「みにえるは固定給って聞いたんですけど……」
「うん。でもエイト君、ユーシさん――お父さんの年収知ってる?」
「さぁ……?」
「月収60万。ボーナス込みで年収は1000万ちょっと超えるくらいかな」
「たっか!!」
「エイト君は新卒で25万スタートだから、どうしてもボーナスの割合が大きく見えちゃうんだよね。ちなみにウチ、担当VTuverの投げ銭は毎月集計して毎月のお給料と一緒に支給されるから、このペースで投げ銭稼いでくれたら一年目でお父さんの年収超えちゃうよ?」
「ま、マジか……」
「見栄え重視で今日は下ろして手渡してみたけど、こっからは給与明細確認してね」
「は、はい」
みにえるは固定給だから投げ銭を稼ぎやすいライブ配信が少ない――と思っていたが、どうやらそんな話ではなさそうだ。でもこんな貰ってたらそれを意識しそうなもんだけど、どうして父はそうしなかったのだろう。
「あ、たぶんユーシさんが固定給な理由分かんない感じ?」
「は、はい」
「聞いたと思うけど、ユーシさんってルクスからの出向社員なんだよね。親会社から子会社への出向って、大抵子会社の方が給料安いから親会社の給与ベースになるの」
「……あー」
「VTuverだけで会社回せるようになったのって、実は2期生からなの。お父さんはそれよりずっと前から会社に居るから、給与ベースもルクス基準ってことだね」
「なるほど……」
「まぁそれでもユーシさんよりお給料貰ってる社員なんて五十治さんくらいだけどねー」
「稼ぎ頭でーすー」
「……おいくら万円ですか?」
「茄子込み月200くらい?」
「あわわわわ…………」
えっと、200万掛ける12で2400万? 売れっ子イラストレーター怖……。
「ちなみにわたしととらおさんは出向2年目で退職してリンライクに就職してるので、名実共にリンライク社員ですよー」
「……ほぇー」
確かに、リンライク社員ならそのくらいもらえることが分かってるのに前会社の給与基準で働くのは馬鹿らしく思えるのか。なら父さんはどうして――と思ったが、すぐに結論は出た。
「父さんが出向のままにしてたのって、もしかしてそっちのが給料高いからですか?」
「正解。ユーシさんってルクスに居る時点でM1級――普通の会社で言う部長クラスになってたから、みにえるの投げ銭ボーナス考慮してもルクス基準のが高かったんだよ」
「なるほど……そんな高給取りだったのか……」
確かにそのくらい給料を貰ってるから、養育費として2000万渡したり毎月10万振り込んだりも出来たのだろう。
「ちなみにボク、先月の振込41万円でした! みにえるお兄さんにもう負けました!」
「みにえるお兄さん!?」
「前までみにえるおじさんって呼んでたので……駄目ですか?」
「駄目じゃないけど……」
6期生の中では一番チャンネル登録者数が多いのは知っていたが、それでもそのくらいなのか。なんかもっと稼げてるもんだと思ったのに意外だ。
「リンライク所属のVTuverって、むら君が普通くらいですか? 多い方ですか?」
「全然少ない方だよ? えーと、どっかにデータあったかな……」
社長がノートパソコンを操作すると、エクセルで作られたグラフが出てくる。どうやら誰がどんな仕事をした結果何割持っていくかを決めているようだ。
「6期生は広報が一番多いね。プロモーションとかよく見るでしょ?」
「……確かにそうですね」
YouTubeやツイッター、他の色んな場所で6期生の広告は見る。今準備している7期生がデビューするまではきっとそれは続くだろう。
そういったデビュー時の手厚いサポートには、膨大なお金がかかるのだ。
「5期生もまだ広報が一番多いかなー。会社の取り分が半分、そこに関わった音響、企画、マネージャー、あと歌とかなら著作権使用料があったり、オリジナル曲なら作曲者にもお金は払うしで、かなり削れちゃうんだよね。演じてるむら君達には悪いけど、一応こっちも商売でやってる以上どうしてもね?」
「大丈夫です! ボク絶対働きたくないと思ってたので、生きていけるだけのお給料貰えれば充分ですっ!!」
「そう言ってくれて助かるよー。ウチでは今のとこないけど、企業所属辞めたVTuverが内情暴露とか割とよくあるからねぇ……」
「「「あるある……」」」
所属VTuverの数が多く、所属前から同名で活動していることが多いリライズに多い。数億稼いでるのに固定給なのを暴露されて炎上した企業もあったなぁ……。
その点、リンライクは1からデビューさせるために規約を細かく結んでいるようで、今のところ引退者からもそういう暴露はされたことがない。VTuverファンからもクリーンな印象を持たれているのは間違いないだろう。
「でもリンライクからの引退って全然居ませんよね、どうしてですか?」
「あ、それボクも気になります。コウさんとイズミさんくらいですよね、所属おなじくらいのじゅじゅにくとか結構引退してる人多い印象ですけど」
「久し振りにイズミさんの名前聞きましたー。懐かしいですねー」
「ね。イズミさんは子供生まれて配信どころじゃなくなっちゃったから引退したけど、普通に発表通りで裏とかはないよ。引退の数が少ないのは……んー、リライズは別としてじゅじゅにくとは給与形態似たようなものだったよね?」
社長が五十治さんに聞くと、頷きで返した。
「ですねー、等分のバランスは知らないけど、わたしが担当してる子はみんな結構貰ってたので同じ感じだと思いますよー」
「じゃあ、あれか。所属規則の27条?」
「ですね、ユーシさんの功績です」
「……なんですか?」
企業所属ということを明かしていないみにえるには適用されないので、そのあたりは詳しくない。知ってそうなのはむら君くらいか。
「27ってあの、引退時の取り決めのやつですか?」
「そうそう。引退してからも過去にリンライク所属のVTuverだったことを明かしてはいけない、ぼかすのも禁止最悪裁判だよって書かれてる項目ね。リライズとかは当然そういう規約作れないし、じゅじゅにくは前暴露されてたからたぶんないよね?」
「なさそうですねー」
「……えっと、それが引退率の低さと影響するんですか?」
「するんだよねぇ、それが。だって、ウチの所属になれるってだけで歌手のオーディション受かるくらい倍率高いし、デビュー前からチャンネル登録数十万まで増えるし大体的にピックアップもされて、ぶっちゃけ年間で億稼げない子なんてほとんど居ないくらいは売れるの。その名前捨てて関係も消して1からVTuverとしてファンを開拓するの、簡単に思える?」
「…………無理ですね」
「無理ですっ! ボクが前にやってた『宇代崎かえで』って、チャンネル登録者数1万以上居たけど、月収3万行かないくらいでしたよ!」
「えっ、そんなもんなんだ……」
意外だ。というか、チャンネル登録者数1万でもそんなもんなのか。
やはり投げ銭の存在が大きいのだろう。コメントが大量に流れるからこそ、目立つための高額投げ銭――赤スパという概念があるわけだし、ライブ配信でも視聴者数3桁くらいだとコメントはほとんど流れないものなのだ。そうなると、ちょっとしてコメントでも拾って貰えるので投げ銭が減る。
配信者である限り仕方のないことだが、人気のある者が更に人気になる仕組みというのは、新規参入者にとって少々厳しいものがある。少し前まで弱小配信者だったから、その気持ちは痛いほど分かる。
「みにえるお兄さんも前配信やってたんですか?」
「やってたけど、収益化もしてないクソ雑魚だよ……」
「趣味でやってた系ですか? ボクはずっと配信で生きていきたいと思ってたんで、リンライク落ちたらリライズもじゅじゅも結社もクルヒも受けるつもりでしたよ!」
「メンタルつっよ……」
「絶対に働きたくないでござるっ!!」
「その台詞、そんな元気に言う人初めて見たよ」
クラスメイトに居ても仲良くはなれなそうなんだけど、むら君の中の人のこと、なんか嫌いになれないんだよね。動画はあんまり見れてないけど、6期生の中でちょっとだけ変わった立ち位置になってる理由を察した。なんというか、素直すぎるのだ。
「ちなみにウチが三次選考でやってるリモート面接、『好きなVTuver』に書かれてる人とか企画した社員が混ざることになってるんだけど、むら君気付いてた?」
「えぇっ!? ボクあそこコウさんとみにえるおじさんしか書いてなかったですよ!? 居たんですか!?」
「居たねー」
「どっちも居ましたねー」
五十治さんと社長が含みのありそうな笑顔で頷き合う。ちょっと気付いてることあるんだけど、むら君には言わない方が良さそうだからまだ黙っておこう。
「んで、その中の人が一人でもオッケー通したら、人事がNG出さない限りは確定で受かるの。むら君はそっちの枠だね」
「……みにえるおじさんは僕のこと覚えてなかったので、そうなるとコウさんに選んでもらったってことになるんですよね」
「なるねー」
社長に軽い口調で言われたむら君は、何か言おうと口を開きかけ、そのまま黙って頷くと小刻みに震え出した。
あー、うん。すごい嬉しいよね、分かるよ……。
しばらくそのまま震えていたむら君は、突然がばっと顔を上げる。
「社長ですね」
むら君は、確信を持った目でそう告げた。
「うん」
「やっぱりそうなんだ……」
――そう、それが伝説のVTuver――光コウの正体だ。
「あ、はい。あの、リモート面接って9人居たじゃないですか。そっから消去法で削ってったんですけど、企画のみにえるおじさんと遠野さん、人事の宇部さん、マネージャーの田中さんは男性なので確実に違いますね。女性は乃木さん、浦見さん、佐伯さん、五十治さん、社長の9人だったんですが、五十治さんは忙しそうなので除外、乃木さんは3期生の後に入社したって言ってたので違って、コウさんより前から居た可能性があるのは浦見さんと佐伯さん、社長だけなんですよ」
「そこからどうやって絞ったの? 佐伯も浦見もリモートで3年くらいほとんど出社してないから会ってないはずなんだけど」
「あっ、ごめんなさい全然絞ってないです。カマかけただけです」
「「「…………」」」
なるほど、正直キャラはこういうところで有利に働くということか。
確信を持った顔で言ったので、まさかカマを掛けていたなんて疑っていなかったのだ。
「あっはっははははははは! 一本取られたわ!」
「本当に社長がコウさんなんですか!? なんで辞めたんですか!?」
「え、辞めた理由というか、そもそもVTuverデビューしたのだって、パパから一年以内に業界で一番売れる女になれ、なれなければ会社畳めって言われたからだよ」
「お父さん、ですか?」
「そ、この会社の出資元――というかルクスの創業者兼会長が私のパパなんだけど、配信者のプロデュースなんてする会社作るくらいなら、ルクスの恥にならないよう絶対売れろって言われてたの」
内部事情を一切知らないであろうむら君は首を傾げたが、虎尾さんや五十治さんから初期の話を少しだけ聞いてたのでなんとなく理解出来た。
「んで、ルクスの社内で動画配信に強そうなメンバー集めることにしたんだけど、デザイナーの五十治さんと、音響で一番若い虎尾さんと、私のマネージャーだったユーシさん――エイト君のお父さんね、の3人をとりあえず出向扱いにして会社の形だけ作って、3人でなんとか頑張って! って丸投げしてたらいつの間にかみにえるが生まれて、そのあたりでVTuver四天王みたいなブーム出来たから今ならVTuverでもいけそうって私がデビューしたんだよ」
「へぇー…………」
なるほどなるほど、そんな事情があったのか。でもよくよく聞いてみると、リンライクって元はVTuverじゃなくてYouTuberのプロデュースをする会社だったっぽいな。それがどういう流れでVTuverのプロデュース会社になったのか、初期メンバーしか知らなそうだ。
「えっ、つまり……みにえるおじさんはコウさんのパパってことですか!?」
「そうなるの!?」
「なら……いやなるのかな? 確かにみにえるが居なかったら普通にYouTuberのプロデュースするつもりだったから、みにえるがお父さんってことに……なるのかな?」
「つまり……みにえるお兄さんはコウさんの子供ってことになるんですよね!?」
「なるの!?」
「なるよ!」
「なんでそっちは確定なんですか社長!?」
「つまりみにえるお兄さんと結婚すればボクもコウさんの息子ってことになるんですよね!?」
「ならねーよ!!」
「なるよ!」
「ならねーって!!!!」
五十治さんはお腹抱えて笑ってるし、社長はわけわかんないし、むら君もわけわかんないし、虎尾さんの気持ちがちょっと分かったよ。絶対苦労してたでしょあなた……。お願いだから突っ込み担当で帰って来てほしい……昨日のことは謝るから……。
「お兄さん!」
「嫌だよ!?」
「え、コラボのお誘いでもですか?」
「いやそれは別に良いけど急に冷静になるなよ!!」
駄目だ、社長まで爆笑側に混ざっちゃったよ。助けて。虎尾さん帰って来て。
と、そんなことを考えていたら社長室の扉が開かれれる。そこに居たのは――
「と、虎尾さん! 助けて!!」
「アァ? なんだ急に。つか誰だそのショタ」
「ショタって何ですか!? あなたボクより明らかに年下じゃないですかこのロリ!」
「一気に場の外見年齢が下がった……」
「うるっせぇ!!」
ケツを蹴っ飛ばされたというのに、ちょっとだけホッとした自分が居た。よかったツッコミ担当が増えて……。嬉しいよ……。
「むら君、昨日も顔見ただろうけどこちら、音響の虎尾さんね」
「……あっ」
すっかり忘れてたという顔のむら君は、口元を押さえてフリーズした。そういえばあなた昨日の配信見たなら虎尾さんの顔普通に見てるよね。
「むらって……豊穣むらか?」
「は、はい……」
明らかに縮こまったむら君は、これまで顔を合わていないまでも虎尾さんのことは認識していたに違いない。そうでなかったらこんな反応はしないはずだ。
「ふーん…………」
「あ、あの……」
「ん?」
「先程の失言は、流して頂けると…………」
「失言ー? なんのことかなぁ?」
「あ、あの、ロリと呼んでしまったことです……」
「んー? まぁ事実だしなぁ? んで、てめーは何してくれんだ?」
「な、何とは……」
「ケジメ、つけてくれんだよなぁ?」
「……お、お金ですか!?」
自分より10cm以上身長が低い虎尾さんにガン詰めされて半泣きになったむら君は、慌てた様子で鞄の方に目を向け――そこで限界だったのか、虎尾さんが吹き出した。
「っぷは、いやお前、なんでここでカツアゲだと思うんだよ」
「だ、だってあの、虎尾さんって何度かボクに警告送って来てますよね!? 結構キレ気味のメールが……」
「キレ気味って……そうか?」
虎尾さんが五十治さんや社長の方を見て首を傾げると、五十治さんが口を開く。
「とらおさん、メールだと確かに怒ってるように見えるけど、誰相手でもそうだよー?」
「そ、そうなんですか!? ボクずっと嫌われてるもんだと思ってたんですけど!?」
「嫌うも何もほぼ関わってねぇし。まぁこんな礼儀知らずのガキとは思ってなかったが」
明らかにほっとした様子のむら君が胸を撫で下ろすと、とらおさんが「それはそうとして」と言葉を続ける。
「ロリはねぇよなぁロリは」
それを言えばアンタだって人のことショタって呼んでたやろって言おうとしたけど、これ言ったら絶対怒られるからやめておこう。実際虎尾さんの方が年上だろうしね。むら君も助けを求める目で僕を見るのはやめてね。無理だから。
「まぁまぁまぁ、怖い話はそのくらいにして、さ」
「ん」
社長が助け舟を出してくれたので、むら君は「コウさん……」と半泣きになりながら社長を見る。
「なんだ、そっちもバレたのか?」
「バレちゃったねー。驚いてなかったし、エイト君は前から気付いてたでしょ?」
「あ、はい。なんか雰囲気が似てるなと」
「雰囲気て。……そう?」
社長は同意を求めて五十治さんの方を見たが、五十治さんは「うーん」と唸る。
「社長の昔の動画とか見ながらデザインしたんで、当時知ってたら気付くかも程度ですかねー? 『光輝くセンターライン~、明けて晃るわこの私~』とかあのへんの歌詞からインスピレーション感じたんだっけなぁ……? ちょっとウロなので有志さんに聞いてみないとですけど……」
五十治さんがなんとなく聞いたことのあるフレーズを口にしたので、記憶が少しだけ刺激された。えっと……昔のアイドルソングだ。たぶん。
「なっつかしいねー。最後に歌ったのいつだろ?」
「とらおさん覚えてるー?」
「そのへんはユーシが決めてたから知らね」
「だよねー、とらおさん全然アメージング世代じゃないし……」
「俺当時のことは知りませんけど……なんて名前でアイドルしてたんですか?」
以前社長の実名で検索してもルクスの社員ということ以外は何の情報も出なかったし、なんとなく顔に見覚えがある程度だったので、よく知ってるアイドルではないだろう。
そもそも年齢的には全然知らなくてもおかしくない。社長は……若く見えるが30代だろう。となるとアイドルとしての全盛期は今から10年以上前――自分が小学校にも上がっていない頃だろうか?
「波多野まりって、知ってる?」
「えーと……アメージング? でしたっけ?」
「そうそう」
「あー……昔流行ってた気がする…………」
「あはは、10代の子にとってはそんなもんだよねぇ、むら君は知ってた?」
「ご、ごめんなさい、グループ名は聞いたことありますが、メンバー名までは……」
「そんなもんだよねー」
軽い口調で返された。こんな反応をされるのに慣れているからだろう。
テレビっ子かつモロで世代な叔父なら分かっただろうけど、残念ながら自分はアニメ以外のテレビをあまり見ずに育った世代なので芸能人に疎く、芸名まで聞いてもなんとなく思い出せる程度だった。
しかし、ならどうして社長を見た時に光コウの面影を感じたのだろう。五十治さんの言うように、アイドル時代を知っているから無意識のうちに連想したのか?
そう考えていると、ふと記憶の彼方よりとある光景が脳裏に映し出される。
――ねぇ、お父さん。この人は?
――あぁ、この子達は、お父さんがサポートしてる子なんだよ。
――へぇ、どの子が一番すごいの?
――真ん中の子かなぁ。すっごい頑張り屋さんなんだよ。
――そうなんだぁ……
あれは、年越しの歌番組だったか。いや、再放送や録画だったのかもしれない。
テレビを見ながら無言で涙を流している父に、問い掛けたことがあったのだ。
何歳の時だろう。父と一緒に暮らしてきた記憶なんてないから、偶然そのタイミングで叔父の家に遊びに来ていただけなのかもしれない。
どうして居たのか、いつだったのか、何も思い出せない。
しかし、テレビを見ている父を見て、いつかこうありたいと思ったことがあった。
涙を流すほど、本気で仕事がしたいと思ったのだろうか。それとも、そんな難しいことは考えず、感動したいと思っただけだったのだろうか。
――今では何も、分からない。




