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父が遺したVのガワ  作者: 衣太
中の人
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 父が死んだ。

 警察から電話で告げられた時、俺の中にあった感情は「そうか」というつまらない、言い換えれば非情なものであった。


 しかし、そうなってしまうのにも理由がある。父と一緒に暮らした経験がないからだ。

物心ついた時には海外赴任をしていた父は、とうに母と離婚していたし、俺は叔父の家で居候をして過ごしてきた。故に育ての親といえば、叔父になるだろう。

 叔父は未婚で、田舎で葬儀屋を営んでいた。

 田舎は高齢化から葬儀屋のお世話になる人は多く、いつも忙しそうに、深夜だろうが電話一本で飛び起きて仕事を始める叔父の姿をずっと見てきたから、この仕事だけはしたくないなと子供ながらに思ったものだ。

「父さんが死んだらしい」

 その報告を叔父にした時も、叔父は寝惚け眼を擦りながら――昼間だが仕事明けで寝ていたらしい――「海外から死体を輸送するのは、かなり面倒だぞ」と教えてくれた。


 だが幸い、父は赴任していた海外でなく日本の、しかも新幹線の中という衆目の前で心臓発作を起こして死んだらしい。

 不審死ではあるが、検死した医師や警察に調べにより事件性はなしと判断された父の遺体を見た時も、あまり寂しいという感情は湧かなかった。


「あっさりしてんなぁ……」


 火葬場で燃やされた父の遺骨を伝統らしい謎の手順で壺に詰め、それを受け取った時の第一声はそれだった。

 俺の名は速水英人(エイト)。高校3年生。趣味は動画視聴と、動画配信。

 専らVTuver――バーチャルユーチューバーと呼ばれる存在の動画を見たり、自身もゲームのプレイ動画を配信している、まぁ一言で説明すると『オタク』だ。


「エイトはこれからどうするんだ?」

「あー……警察の人に渡された父さんのカード解約したり……?」

「いや、そっちじゃなくて」

「……進路のこと?」


 叔父は深刻そうな顔で頷いた。

 父からは生活費の名目で月10万円振り込まれていたらしい。叔父は持ち家だし田舎だから高校生一人を育てるのに支障はなかったらしいが、確かに大事なことを忘れていた。


「……あ、俺出てかないとマズいか」

「いやいやいや、そうじゃない、そっちじゃない」

「え?」

「……エイトには言ってなかったが、兄貴――お前の父さんからは最初に金を貰ってるんだ。最低でも成人するまで息子を育ててくれってな」

「いくら?」

「2000万」

「……マジか」

「あぁ。だから今すぐ家を出ろと言ってるんじゃない。大学には行くつもりだっただろ、大学卒業するくらいまでの金は残ってるから、それまではウチに居てくれて構わない」


 この顔は、きっと嘘ではない。叔父は嘘を吐くのが得意ではないのだ。それは15年間一緒に暮らしてきたから知っている。

 しかし、これは少なくとも今から15年以上前の話になるはずだ。その頃の父の年齢はまだ20代――2000万なんて大金を、一体どこから用意したのだろう。

 一瞬、『借金』というワードが浮かんでしまい、その場合相続はどうなるんだ――なんて考えてしまったが、叔父は続けて言う。


「大学に行く予定は変わらないか? 有志のことで無理にすぐ就職しようとかは考えなくて良いんだぞ」

「……なんか、どうでもよくなっちゃったな」

「…………そうか。まぁ、ゆっくり考えれば良い。まだ高校生活は残ってるからな」


 一緒に暮らしたことがないとはいえ、父は父だ。ほとんど会ったことがないとはいえ、父は父だ。

 しかし、胸中では『寂しい』より『めんどくさい』という感情が上回っていたことを、叔父は気付いていただろうか。


 骨壺を抱え、自宅――叔父の家だが――に戻り、数時間ぶりにスマホを開くと、驚くべきニュースが目に飛び込んで来た。


『大天使みにえる 活動休止のお知らせ』


 それは、エイトが3年間推しに推しているVTuverからの発表であった。

 ――驚天動地。もとい、世界の終わりである。


「……は?」


 その時の衝撃は、恐らく父が死んだ時のものより大きかっただろう。


「え、は? どういうこと? は? なんで?」


 思わず骨壺を落とすところだったので、靴を脱ぎ捨て玄関に座り込む。


「エイト、まだ処理があるから事務所に居るぞ。何かあったら教えてくれ」


 玄関を開けた叔父がそう言うのも右から左に流し、困惑しながら無意識でツイッターで検索を行う。

 「みにえる 引退」「みにえる 休止」「みにえる 理由」――想像出来る限り様々なワードで検索を試みても、困惑するファンの姿しか出てこない。


「なんでだ……?」


 エイトは、大天使みにえるというVTuverのことが好きだった。彼女の存在を知って、VTuver、ひいては配信というジャンルに興味を持ったほどだ。

 それはもう、憧れというより、恋慕とかそういう感情に近いだろう。


 『大天使みにえる』

 VTuver黎明期から活動している配信者の一人で、今となっては珍しい個人勢――つまり企業に所属していない個人VTuverだ。

 1年365日毎日休まず動画を投稿し、ライブ配信も不定期だが週に数回行っている。――いや、()()というのが正しいだろうか。

 活動期間が長いこともあり、個人勢の中では稼いでる方だろう。だが当然企業勢――事務所に所属しているVTuverほどの知名度はなく、チャンネル登録者数もそちらと比べると然程多くない。

 2年ほど前にとあるゲームの配信が世界中でバズり、投げ銭ランキング――ライブ配信中に行われるスーパーチャットの集計――において日本のVTuverで上位10以内に食い込んだことがあるが、それ以降は一度もバズったりしていないので、『知ってる人は知ってる古いVTuver』くらいの知名度である。


 特徴らしい特徴といえば、基本的に四六時中疲れていることだろうか。

 体力(ヒットポイント)の上限値がマイナスと自称するほど体力がなく、ライブ配信を1時間以上続けることは出来ない。毎日投稿される動画も、1時間を超えることはない。

 一人称は「おじさん」だが、何故そう呼んでいるのかは誰も知らない。エロ親父キャラというわけではなく、それをいえば別に天使らしい発言をするわけでもない。

 自分以外の他人や、人の制作物を罵倒することはなく、一切悪態を吐かない。唯一プレイして「クソゲー」と呼んだのは、10年ほど前にとある企画で大賞を取った超大作だけで、それ以外は有名なクソゲーをプレイしても「おじさんがへたくそなばっかりに……」とか、「楽しめないおじさんが悪いんだよね……」といった発言でお茶を濁す。

 「リアクションが地味だから一日中聞いていても疲れない」、「声が可愛いだけの実家のおばあちゃん」、「反応速度がダイアルアップ並み」とまで言われている低空飛行での安定感こそがみにえるのウリであり、最大の特徴なのだ。


「やっぱ、なんも情報ないよな……」


 いくら調べても、みにえるの活動休止に関する詳細はなかった。

 最後の動画投稿は昔からプレイしているというMMORPGの配信で、最後のライブ配信は、最新作のゲームの話などを行う雑談配信だった。

 どちらでも特に引退をほのめかしたりはしていないし、これまですべての配信を見てきたファンにとっても、予兆すら感じさせない突然の活動休止宣言である。

 こういう時、企業勢ならばもう少し情報が出る。会社としてタレントを売り出してる以上、「理由は明かさないけど休止します」は炎上の元になるからだ。

 個人勢の引退理由でありがちなのは、炎上したとか、学業を優先するとか、就職するとか、あとは配信活動に疲れたとか、それ系が多いだろう。

 だが、みにえるは活動休止の理由を明かしていない。最後の報告ツイートから1時間が経つ今も、次の投稿はない。――個人勢はこれが怖いのだ。


 辞めようと思えば、()()()()辞めれてしまう。

 それはたとえファンが100人だろうが、100万人だろうが、1億人だろうが変わらない。それが企業に縛られないということなのだ。

 彼らの配信とは、あくまで趣味の延長線上に過ぎない。いくらお金を稼ごうと同人活動を辞める人が居るように、配信活動だって誰にも明かさず引退しても良いことなのだ。

 VTuverは一発当てれば数千万稼げるビッグドリームの一つであり、黎明期から数多くのVTuverがこの世に生まれてきた。しかし、その活動を1年続けられた者は然程多くない。

 ほとんどの場合、1円を稼ぐところにも辿り着けないからだ。アルバイトならば何も知らない高校生でも1時間で1000円稼げるこの時代に、上澄みしかお金を稼げない世界――それが配信の世界である。

エイトも、その中の一人だった。


 どれだけ調べても喪失感しか得られない。こんな感情に今まで陥ったことのなかったエイトは、本人の気付かぬうちに溜息を漏らし続けていた。


 状況が変わったのは、それから3日後――冬休みが明けた日のことだった。

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