ゆらぐ時間
「燈子ってさ、何考えてるかわかんないよね~」
「そうそう、美人なのに無表情。まるで能面みたい」
友人たちははしゃぎながら当の本人、燈子に向かって語り掛ける。
「うるさいな。私は無表情ではない。表情が乏しいだけだ。もうひとつ能面も無表情ではない。」
ぞんざいで真面目な燈子の答えにまた笑い声が響く。
「そうそう、これこれ。大好きよ燈子。その真面目なところが。ずっと変わらないでね。」
友人の一人、穂乃花がささやく。今日から高校最後の冬休み。
付属の大学にあがる皆はのんびりしたものだ。
燈子もまた推薦での進学が決まっている。
お決まりのやり取りが周囲の空気を暖かくする。そんな代り映えのない日常に、ふと笑みがこぼれる燈子であった。
「燈子、学校生活はどうだ?」
「順調です爺様。毎日が変わり映えなく過ぎ去っていきます」
「そうか。燈子、突然だが明日の真夜、舞台へ来てはくれないか。」
「え、爺様、いくら表情が変わらないと言われる私でも、暗い舞台に行くのは嫌です。お断りします。」
「まあ、そういうな。老いぼれ爺の願いを聞いてくれ。それにな、独りじゃないぞ。行けばわかる。」
そう言った爺様はもうそれ以上なにも教えてくれなかった。
燈子は内心首をかしげながらも、まあいっか・・・と諦めて、家に帰り夜に備えて昼寝をすることにした。
本音は、ただ眠かっただけなのだが。
深夜11時50分、祖父の家の門の前に立ち、大きく深呼吸をした。
きんっと冷える空気に背中をおされ、門をくぐると、そこには一人の青年がたたずんでいた。
「ひっ」
思わず、恐怖で声がもれる。
「もしかして燈子さんですか?私はおじい様の弟子です。覚えておいでですか?」
突然の呼びかけに目を見開き相手を見返す。
そこには、中世的な黒髪の美しい男性が一人。燈子はこんな美人が弟子?脳裏に浮かんだ弟子の人たちに思い当たる節はない。燈子よりは4、5歳上だろうか??
こんなに美しい相手なら忘れるはずがない。
こんな役者、うちにいたかな・・・昨今の・・・・うーん。考えるのを放棄することにした。
「覚えてない・・。です」
「そうですか?ではこれでは?」
すっと丸眼鏡をかけ前髪を落としたその姿。
「冬っ冬か?」
「そうです。燈子さん冬です。よかった覚えててくださって」
そう、冬は燈子の幼馴染だった。燈子が小学校の低学年のころ、父親と共に北の地へと旅立ってしまった
幼馴染。燈子は思わずかけよりまくしたてる。
「冬っ会いたかった。ずっとさみしかった。私の変化に気が付いてくれるのは家族と冬くらいだったから。」
くしゃりと歪む表情に冬は微笑みながら応えた。
そう、燈子の表情はごくわずかな人の前でしか崩れない。まるで猫のようである。
「僕も会いたかったです。でも、修行があったから。今日のために頑張れました。また会えるってわかってたし。」
「今日のため?」
「そう。今日のため。燈子さんは何も聞かされてないのですか?」
「うん、爺様は笑うだけで全く何も教えてはくれなかった」
「くそ爺いめ・・・・相変わらずだな」
「何か言ったか?」
「いえ何も。燈子さん舞台へ行きましょう。僕の成果を見てもらえますか。」
冬はそう言うとスタスタと舞台のある館へと歩き始めた。
小さい頃は、祖父の家に行っては稽古を見るのが好きだった燈子も、最近は中々見に行くこともなくなっていた。それも冬が居なくなったから。
一緒に舞台で稽古した日々が懐かしく、そして一人取り残された気持ちになっていた。
客席に座り、舞台を見つめていると、どこからともなく笛や太鼓の調べが聴こえてきた。
真夜中に誰が??
背筋がすっと寒くなるが、不思議と怖い感じはない。
切土口から現れた冬は紋付き袴の凛とした出で立ちで、燈子を見つめる。
瞬間、グラッとめまいのようなものを感じた。