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第298話 『地底より押し寄せる黒い波』

 わずかに揺らめく篝火かがりびが、頼りなさげな明かりを室内に投げかけている。

 仮庁舎の地下室では避難民たちがじっと身を潜めていた。

 ここにいるのは老人や子供、そして病気や大きなケガで戦えない者ばかりだ。

 彼女たちは水や食料を出来る限り少量で済ませて、節制に努めることで統一ダニア軍に貢献しようとしていた。


 燃料節約のために極力減らした少ないかりが、薄暗い地下室を照らしている。

 昼とも夜とも分からないこの地下で、いつ終わるとも分からない戦いの結末を待ち続けるのも心身共に厳しい。

 時折、年寄りがき込む声や、子供が泣き出す声が響いていた。


 だが彼らはまだ気付いていない。

 明かりの届かぬ暗闇くらやみの先から迫り来る死の影に。

 1人の赤毛の女にみちびかれた漆黒しっこく虐殺者ぎゃくさつしゃたちが一歩また一歩とその足を進めてくる。

 それは破滅という名の黒い波のようであった。


「……んん?」


 最初にその異変に気付いたのはまだ10歳に満たない子供だった。

 好奇心旺盛なその赤毛の女児は、暗闇くらやみの奥から聞こえてくる奇妙な音を聞き取ったのだ。

 周囲の大人たちは気付いていなかったが、その女児は好奇心に突き動かされるまま立ち上がり、小走りに地下通路の奥へと向かっていく。


「だ、誰かいるのか?」


 100メートルほど進んだ通路の途上で女児は暗闇くらやみを前に立ち止まると、目をらして耳をすませる。

 聞こえてくるのは足音だった。

 だが女児は不思議ふしぎに思う。

 確かこの先はとびらが閉め切られていて誰も入って来られないようになっていると、周りの大人が話しているのを聞いたからだ。


 だが前方を見つめる女児の目は徐々に驚愕きょうがくに見開かれていく。

 彼女の視線の先、暗闇くらやみの中から漆黒しっこくよろいを身にまとった不気味な兵士の集団が姿を現したからだ。

 女児の顔はおどろきのそれから恐怖のそれへと変わっていく。

 そんな女児の姿を見た漆黒しっこくの兵士のうち、一番先頭の1人が剣を抜き放つ。

 それを見た女児は弾かれたように声を上げながら、振り返って全力でその場から逃げ出した。


「うわぁぁぁ!」


 その声が地下通路中に響き渡り、その先にいる避難民たちがサッと顔を上げた。

 女児は背後から迫ってくる足音を感じながら必死に逃げ続け、大人たちの元へ届けとばかりに叫ぶ。


「敵襲ぅぅぅ!」


 それは女児が将来戦士になるべく学舎で学んだ号令であり、まだ幼い彼女が口にするべき言葉ではなかった。

 その異常さに避難民たちは立ち上がり、一番先頭の老人が駆け込んで来た女児を抱き止める。


「な、何があったんだ?」


 そう言った老人は女児の返答を待つまでもなく、前方から漆黒しっこくの兵士たちが押し寄せてくるのを見て、顔を青ざめさせながら仲間たちに告げた。


「に、逃げろ! 皆、逃げろぉぉぉ!」


 女児を後方に逃がし、自分も駆け出そうとした老人だが、背後から迫って来た漆黒しっこくの兵士が振り下ろした剣が彼の背中を切り裂いた。


「ぐああっ!」


 背中から鮮血を飛び散らせながら、老人は地面に倒れ込んで息絶えた。


 ☆☆☆☆☆☆


「黒き魔女とけもの女は南方へ逃げていきます。あのまま進めば南門に到達するはずです!」


 部下からの報告にブリジットは声を上げる。

 

「南門を開けさせるな! 門の外にトバイアスの部隊が近付いているはずだ!」


 開戦初日に北門の外でブリジットの部隊と衝突したトバイアスひきいる騎兵部隊は、東を経由して南門へ移動していると見張りの兵たちから報告が上がっている。

 アメーリアに南門を開けられでもしたら、トバイアスの部隊が突入してくるだろう。

 まだ3000人を大きく上回る兵力を残しているはずだ。


 この状況でそれだけの兵に突入されれば、東の防衛に戦力の大半を割いている今、残った戦力をかき集めて対処しなければならず、いざという時に東へ増援として送る予備兵力が無くなってしまうことになる。

 絶対に南門を開けさせるわけにはいかなかった。

 

「北門の騎兵部隊4000人弱のうち、1000人ほどを南門に向かわせようと思う」


 ブリジットはクローディア達にそう告げる。

 敵兵3000人余りに対して、こちらは1000人ほど。

 だが南門のように間口のせまい場所を守るのであれば、この戦力差でもすぐには突破されずに時間がかせげる。

 もし危ないようであれば、さらに北門から増派すればいい。

 ブリジットの提案にクローディアはうなづいた。


「分かったわ。でも問題はアメーリアね。ワタシが1000人の騎兵部隊と共に南門に向かうわ。アメーリアが現れたらワタシが対処する」

「ああ。頼む」


 そう言いながらブリジットはくちびるむ。

 アメーリアが新都に侵入してから、こうして女王2人が分断されることが多い。

 どちらかがアメーリアの対処に当たらねばならないからだ。


(くそっ。忌々(いまいま)しい。ここまではアメーリアの思い通りというわけか。だが好き勝手やれるのも今のうちだ)


 それから20分ほどで北門から駆けつけた騎兵部隊をひきいてクローディアは南門へと向かっていった。

 まだ夜のやみの濃さがおおう空だが、あと2時間ほどもすれば明るくなるだろう。

 ブリジットは明朝からの戦いを頭の中に思い描き、そこでやや疲労感を覚えた。

 先ほどほとんど眠れなかったことから、ここに来て頭が重くなっている。

 そんなブリジットを見てオーレリアは言った。


「ブリジット。先ほどはお休みの途中でしたので、ここで少し体を休めて下さい。何かあればワタシがすぐに起こしますので。ウィレミナも休みなさい」


 そう言うとオーレリアは作戦本部の天幕に用意されている、柔らかな毛皮でおおわれた休憩用の椅子いすをブリジットとウィレミナに勧めた。

 2人は彼女の言葉に甘え、椅子いすに腰をかける。

 するとブリジットはスッと自分が眠りに落ちていくのを感じるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 夢を見た。

 ボルドが小刀を手に、自らアメーリアに立ち向かっていこうとする夢だ。


(何をやっている? ボルド。それはアタシの役目だ。おまえはそんなことしなくていい。ダメだ……よせ……)


 そんな思いとは裏腹にブリジットの体はまったく動かない。

 そうしているうちにボルドはアメーリアに捕らえられてしまう。

 すると彼はあろうことか持っていた刃を自らののどに向けて突き上げた。


 ☆☆☆☆☆☆


「ボルド!」


 ハッとして目を覚ますと、その声にビクッと身を震わせたウィレミナはとなり椅子いすで身を起こす。

 そのさらに向こう側ではオーレリアが目を丸くしてブリジットを見つめていた。


「ブリジット。どうされたのですか? うなされていましたが……」

「いや、何でもない。恥ずかしいところを見せたな。すまない。アタシはどれくらい眠っていた?」

「およそ30分くらいかと」


 ブリジットは頭を軽く振りつつ立ち上がる。

 彼女が何を聞かんとするのかすぐに察してオーレリアは言った。


「クローディアは南門へ到達し、アメーリアの捜索そうさくに当たっておられます。けもの女はこちらの包囲網ほういもうをかいくぐり、壁の外へ逃げ去りました。今アメーリアは姿が見えません」

「そうか。分かった。ところで……ボルドは無事か?」


 唐突なブリジットの問いにオーレリアはきょを突かれて目をまたたかせる。

 そして不思議ふしぎそうに言った。


「ボルド殿ですか? 彼なら今も……」


 その時だった。


「た、助けてくれぇ!」 


 仮庁舎の中から避難民とおぼしき老人たちが続々と逃げ出してきたのだ。

 何事かと目を見開くブリジットは、避難民たちのすぐ後に出てきた者らの姿を見て思わず声をらした。


「なっ……」


 仮庁舎の中から避難民たちを追って姿を現したのは、漆黒しっこくよろいに身を包んだ兵士たちだったのだ。

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