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蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】  作者: 枕崎 純之助


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第296話 『路地裏の密談』

 大陸南岸の港では続々と赤毛の女たちが船から降りてきて、数日ぶりに大地を踏みしめていた。

 皆、慣れない長い船旅のせいか疲れた表情を見せている。

 埠頭《ふとう》には演台が設置され、その上に立つディアナが皆に労《ねぎら》いの声をかけていた。

 その両隣《りょうどなり》には冷然とした顔の黒刃《エッジ》らが立ち、ディアナの挙動に注意を払っている。


 船から降りてきた女たちは一定間隔に配置された黒刃《エッジ》たちに厳しくせっつかれて整列していた。

 その様は牧羊犬に追い立てられる羊の群れのようだ。

 そんな様子を少し離れた倉庫の陰から見守る2つの人影があった。

 チャドとアーシュラだ。


(すごい数。あれが敵になるのか味方に出来るのかで、統一ダニアの運命は180度変わる……)


 アーシュラは息を飲みながら前方に広がる光景を見つめた。

 そんな中、2人の黒刃《エッジ》に付き添われて1人の赤毛の女が埠頭《ふとう》から港町の市街へ向かっていくのが見えた。


「あれだ。あれがディアナの姪《めい》のダルシーだ」


 チャドが声を潜めてそう言った。

 アーシュラはじっとその女の背格好に目を凝《こ》らして記憶するとチャドに言う。


「ワタシたちも移動しましょう。彼女と接触しなければ」


 すぐに2人はその場を後にし、ダルシーの後を追って市街へと向かっていった。

 その後も船は順番に船着き場に接岸し、続々と降りてくる赤毛の女たちで夜の埠頭《ふとう》は埋《う》め尽くされるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ダルシーは初めて見る港町に思わず心が躍《おど》りそうになるのを堪《こら》えていた。

 彼女の故郷である砂漠島にはこんなに大きくてきらびやかな港町はない。

 男も女も様々な人種が行き交《か》っている。


 夜も遅い時間だというのに店では数多くの食べ物や酒が提供され、客足も盛況だった。

 初めて訪れる大陸の大きさをあらためて思い知らされる。

 若い彼女は自身の好奇心がムクムクと胸の内で膨《ふく》れ上がるのを感じていた。


(こんな場所で楽しく暮らせるなら、あのくそったれの魔女の下で働くのも……いや、馬鹿か私は)


 そんなことを一瞬でも思ってしまい、ダルシーは自分を戒《いまし》めるように唇《くちびる》を強く噛《か》んだ。

 両隣《りょうどなり》には忌々(いまいま)しいことに黒刃《エッジ》の2人が付き添って歩いている。

 付き添いなどと言えば聞こえはいいが、要するに監視だ。


 このまま夜の街の雑踏《ざっとう》に紛れて逃げてしまいたい思いに駆られるが、下手な動きを見せればすぐに彼女たちに取り押さえられてしまうだろう。

 そんなことになれば、伯母《おば》のディアナにも迷惑をかけるし、黒刃《エッジ》らの仲間たちへの風当たりも強くなる。

 そう考えてのダルシーは自身の浮ついた考えを抑え込んだ。


 その時、ふと前方の雑踏《ざっとう》の中から誰かに見られているような気がしてダルシーは立ち止まった。

 すると行き交《か》う人々の間に、ふいに見覚えのある男の顔が見えた気がした。

 しかしそれはすぐに雑踏《ざっとう》の中に消えてしまう。


「どうした? さっさと歩け」


 そう急《せ》かす黒刃《エッジ》の声に顔をしかめながら、ダルシーは大通りの角を曲がって細い路地に入ると目的の店に到着する。

 ここから新都までの行軍のための糧秣《りょうまつ》を買い付けてある店だ。

 だが、その店に入ろうと思ったところで、突如として黒刃《エッジ》のうち1人がガクッと膝《ひざ》をついて地面にひっくり返った。


「おい。どうした?」


 もう1人の黒刃《エッジ》が驚《おどろ》いて駆け寄り、仲間を抱え起こす。

 しかし地面にひっくり返った黒刃《エッジ》は白目を剝《む》いて失神していた。


「なっ……」


 仲間の状態に驚《おどろ》いた黒刃《エッジ》だが、そこでその顔にプシュッと何か液体のようなものが吹き掛けられたのをダルシーは見た。

 それは雑踏《ざっとう》の中の何者かが、すれ違いざまにしたことだった。

 途端《とたん》にその黒刃《エッジ》は呻《うめ》き声を上げ、その場にひっくり返る。


 驚《おどろ》いたダルシーがひっくり返った黒刃《エッジ》の顔を見たが、彼女はすでに仲間と同様に白目を剝《む》いて失神していた。

 突然、人が倒れたことで周囲を歩く人々が驚《おどろ》いてどよめきが起きる。

 だが、すぐ近くにいた帽子《ぼうし》を目深に被った男が突然声を上げた。


「大丈夫です。仲間が貧血で倒れただけですから、ご心配なく。ちょっとそこのお姉さん。そっちの彼女を抱えてあげて。そこの路地裏に運ぼう。ここだと通りの邪魔《じゃま》になってしまうから」


 そう言う男は帽子《ぼうし》のつばを上げて顔を覗《のぞ》かせる。

 その顔を見たダルシーはハッとして先ほど見かけたように思えた男の顔を思い出した。


「あ、あんた確か……」

「シッ」


 男は人差し指を口元に立てる。

 反射的に口を閉ざしたダルシーは、男の背後にもう1人、帽子《ぼうし》を目深に被った小さな人影があることに気が付いた。

 そしてダルシーは自分がどのような状況にあるのかを、ようやく悟ったのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「チャド。あんたとっくに死んだのかと思ってたぜ」


 港町の路地裏。

 気を失った黒刃《エッジ》の2人が物陰に横たわっている。

 そこから少し離れた建物と建物の狭《せま》い隙間《すきま》に入り込んだダルシーはそう言った。

 先ほど現れた帽子《ぼうし》の男は、ダルシーも砂漠島にいた頃から顔見知りのチャドだった。

 クライドの部下として働いていた彼は、クライド派が敗北する前に姿を消したのだ。


「ああ。クライドさんが俺を逃がしてくれたんだ。この大陸にな」


 そう言うクライドの後ろに立つ女が帽子《ぼうし》を取って顔を見せた。

 赤毛に褐色《かっしょく》肌。

 ダニアの女だ。

 そしてダルシーはその女の顔にも見覚えがあった。


「おまえ……アーシュラだな?」


 そう言うダルシーにアーシュラは一礼する。


「はい。クライド氏の兄の娘。アーシュラです」


 血は繋《つな》がっていないが、アーシュラとダルシーは同じディアナの姪《めい》という立場だった。

  

「やっぱりそうか。去年、銀髪の女王クローディアと一緒に島に来たのを見かけたことがある。ダルシーだ。よろしくな」


 そう言って手を差し出すダルシーと握手を交わすと、アーシュラは倒れている黒刃《エッジ》をチラリと見やってから声を潜めて話を切り出す。


「時間が無いので手短に用件だけを伝えます。あなたに協力してもらいたいのです。ダルシー」


 そう言うとアーシュラは自分たちがここに来た目的を端的に話して聞かせる。

 ダルシーはその話に神妙な面持《おもも》ちで聞き入り、すぐに理解を示した。


「……なるほどな。要するに私からディアナ伯母《おば》さんに取り次いでもらいたいってわけか」

「はい。あなたにしか頼めません。どうか力を貸して下さい」


 アーシュラがそう言ったその時、前方で倒れている黒刃《エッジ》のうち1人がわずかに身じろぎする。

 意識が戻りかけているのかもしれないと思ったダルシーはすぐに頷《うなづ》いた。

 

「分かった。乗るぜ。明日の朝から進軍が始まる。そうなる前にケリをつけなきゃならないな。伯母《おば》さんは今夜は船着き場から一番遠い23番倉庫に宿泊する。もちろん黒刃《エッジ》の奴らに見張られているが、10分程度ならば用を足すとか何とか言って時間を作れるだろう。私から話しておく」


 そう言うとダルシーはアーシュラたちと落ち合う時刻と場所を決める。

 23番倉庫に今なら入れるという合図の方法も決め、アーシュラとチャドは黒刃《エッジ》が目を覚ます前に去るべく踵《きびす》を返した。

 そんな2人にダルシーは声をかけ、懐《ふところ》から取り出した2つの財布《さいふ》を投げ渡した。

 

「黒刃《エッジ》どもの財布《さいふ》だ。ちょっと言い訳に使うから、それは持っていけ。それから倉庫に来る時は黒刃《エッジ》どもに見つからないようくれぐれも用心しろよ」


 そう言うダルシーに頷《うなづ》き、アーシュラたちはその場を後にするのだった。

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