第294話 『宵闇の港町』
「どこで黒刃と出くわすか分からねえ。髪と肌は出来るだけ見せるな」
建物の間の細い裏路地に身を潜めながら、デイジーはそう言って皆に注意を促す。
大陸南岸の港町。
無事に目的地に到達したアーシュラ一行5人だが、安堵の表情は無く、皆が油断のない視線を周囲に向けている。
アーシュラ、デイジー、ジリアン、リビー、チャドの5人は赤毛に褐色肌という特徴を持ち、そのまま街を歩けばすぐにダニアの者だと分かってしまう。
デイジーの話によれはこの街には砂漠島からの囚人らの受け入れのために、黒刃が少なくとも10名ほどは滞在しているという。
彼女らに見つかれば面倒なことになる。
そう考えての服装だ。
それでも全身を覆い隠すかのような格好で5人ほどの人間が固まって歩いているのは奇妙に思われるため、裏路地から表通りに出る際は全員が一定の距離を置いてバラバラに歩き出す。
アーシュラは出来るだけ目立たぬよう雑踏に紛れて先頭で皆を誘導した。
港町の地図はすでに頭に叩き込んである。
そしてより船着き場に近い裏路地にスッと入ると、皆が集まるのを待ち、アーシュラは声を潜めて言った。
「この格好もこれはこれで目立つ。船が到着するまではどこかに潜伏していたほうがいい」
船影はもう見えているため、到着まではおよそ2〜3時間ほどだろう。
だが1万人もの人員を20隻ほどの船で運んでくるという大規模な入港になるため、一度には港に入り切れず、順番に数時間かけての入港作業になるらしい。
その間にアーシュラたちは何らかの方法で囚人らと接触を図らなくてはならない。
デイジーが眉間に皺を寄せて唸るように言った。
「問題はディアナさんがどの船に乗っているのか分からないことだ。アーシュラ。何かいい方法はないか?」
ディアナ。
それは今のクライド派の残党たちを束ねる責任者だ。
亡きクライドの妻であり、血は繋がっていないがアーシュラにとっては叔母にあたる。
昨年、クローディアとともに砂漠島を訪れた際にディアナとも面識があった。
アーシュラは忌々しくも血の繋がりのあるもう1人の叔母の顔を思い浮かべ、その思考を読みながらデイジーの問いに応えた。
「アメーリアがディアナさんを生かしているのはクライド派をまとめ上げる人物が必要だから。アメーリアは彼女を操って反逆者であるクライド派を配下に収めようとしている。だったらディアナさんはおそらく最初の船で人質のように扱われて降りてくるはず。後から降りてきた者たちが反乱を起こさないように、彼女を目立つ場所に置くよう指示が出ていると考えるべき」
アメーリアにとって仇敵だったクライド派は、自軍に組み込んで使うには危うい存在だ。
反乱を起こされる危険性がある。
それを制御する役割としてディアナを生かしている。
おそらくディアナ自身は家族や親しい者を人質に取られている可能性が高い。
彼女にとってのその枷を取り外すことが出来れば、きっとディアナはアーシュラたちに協力してくれるだろう。
「だけどその状況でディアナさんに接触するのは簡単じゃない。彼女に近付く者は必ず排除されるだろうから。デイジー。ディアナさんに近しい人物は?」
「ディアナさんには子供はいない。だが、彼女の妹が産んだ姪っ子がいるはずだ。年はアタシらとそう変わらないから、もう従軍しているだろう。もし人質とされているなら、ディアナさんと同じ船に乗っているはずだ」
そう言うとデイジーは記憶しているその姪の名をアーシュラに告げる。
アーシュラは考えた。
おそらくその姪に接触できるのは一度きり。
それがうまくいかなければ、おそらくもうチャンスはない。
そこで話を聞いていたチャドが申し出た。
「その姪なら面識かある。自分が探ってこよう」
「探索ならばワタシも行きます。デイジーたちはこの先の宿で待っていて」
そう言って踵を返すアーシュラの背中にデイジーは念を押す。
「アーシュラ。おまえのことだから大丈夫だと思うが無茶はするなよ」
アーシュラは頷くとチャドと共に影のように雑踏の中に溶けていく。
デイジーら3人はそれを見送ると、あらかじめチャドが用意してくれている裏宿に向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
20隻に及ぶ船団の先頭の船が港湾入口で待っている水先案内の小船に先導され、いよいよ夜の船着き場に到着しようとしていた。
「ディアナ叔母さん。黒刃が呼んでやがる」
「ダルシー。分かったよ」
甲板に立つディアナを呼びに来たのは彼女の姪であるダルシーだった。
まだ若い彼女もディアナと同じくつい先日まで監獄島で囚人として強制労働を課せられていた。
ディアナが黒き魔女の提案を飲むことにしたのは、ダルシーの存在も大きい。
自分と違ってまだ若く、未来のある彼女をこのまま囚人として終わらせるのは忍びないと思ったのだ。
「おい。ディアナ。ダルシー。さっさと来い」
待ち切れずに黒刃の女が数人、甲板を傲然たる歩調で歩み寄って来た。
彼女たちは全員が黒き魔女から直々に戦闘訓練を受けた手練れだ。
年を重ねて衰えた今のディアナや、まだ若く経験の浅いダルシーでは1対1で戦ってもとても勝てる相手ではない。
いや、たとえ勝てたとしてもそれは反逆と見なされ、いまだ砂漠島に囚われている老人や子供を主とする親類縁者らが処刑されてしまうだろう。
だから船に乗っているこれだけ多くの兵たちが、数の少ない黒刃らに対して反乱を起こせずにいるのだ。
口惜しいが従うほかない。
「今行く」
ディアナは仏頂面のダルシーを促して黒刃に従い船を降りる準備をする。
彼女は先頭の船を一番先に降りて、埠頭に用意されている演台の上に上がらされることになる。
そこで後から到着する残りの船に乗る仲間たちを待ち受けるのだ。
その両側を黒刃にしっかりと固められた状態で。
後から降りてくる仲間らが港で反乱を起こさぬよう、人質の役割をこなす。
それが黒刃がディアナに求めていることだった。
一方のダルシーは2名の黒刃に見張られたまま、先に港町に買い出しに出かけることになる。
この港街から3日かけて新都へ進軍するのだが、およそ1万人の兵士による行軍のため、糧秣も相当な量が必要になる。
あらかじめこの街に滞在していた黒刃が買い付けておいたそれらを受け取りに行くのだが、その費用は全てクライド派の負担だ。
砂漠島で彼女たちが持っていた財産はすべて接収され、今回の戦に投じられる。
島内の覇権争いに敗れたクライド派が多くを奪われるのは仕方のないことだった。
ダルシーは亡きクライドの姪として、その費用の支払いに立ち合うのだ。
(チッ。人の財布で戦争しやがって。セコイ奴らだ)
内心の苛立ちを抑え、ダルシーは現状を顧みる。
伯父であるクライドは死に、仲間たちも多くが戦死し、囚人として収監されていた生き残りの者たちには今や反抗する力も失われている。
もはやアメーリアに逆らって勝てる目はなくなった。
(そろそろ身の振り方を考える時か。ムカつくが……)
若いダルシーは有り余る力を持て余している。
このまま武器を振るうことも出来ずに死ぬということは想像もつかなかった。
それが望まぬ主のためというのが残念極まりないが、ディアナは言っていた。
アメーリアのためと思わず自分のために戦えと。
拳を握り締め、唇を噛みしめるダルシーの視線の先で、船がいよいよ船着き場に接岸した。
ついに砂漠島の囚人たちが海を越えて大陸の地を踏む。
混迷極まる戦地に駆けつけるために。




