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第289話 『開戦2日目』

 東の空が白くなり始める頃、新都の東側ではグラディス将軍(ひき)いる南ダニアの軍勢がすでに戦支度いくさじたくを整え終えていた。

 まだ夜のやみが色濃い時刻から朝食を済ませていた彼女らは、すでに戦意十分で今すぐにでも戦える状態だ。

 戦いたくてたまらない女戦士たちが、はやる気持ちを発散するべく思い思いに体を動かしている。


 空は雲ひとつなく快晴で、視界は良好。

 風もわずかにそよぐ程度であり、朝日を背にして戦うことが出来る最高の条件が整っていた。

 グラディスは満足げに空を見上げると、部下たちが用意した朝礼台の上に上がる。

 そして自分に注目する部下たちを見回すと大きな声を張り上げた。


「行くぞ! 壁の陰に隠れている臆病者どもに我らの勇猛なる刃を叩きつけてやれ!」


 グラディスの号令に部下たちが轟然ごうぜん呼応こおうする。

 それは大音響となって辺り一帯の空気を震わせた。

 ドンドンと重低音の太鼓たいこが打ち鳴らされ、鏑矢かぶらやがピューッと甲高い音を鳴らしながら空に舞い上がる。


 ここまで熟しに熟してきた戦意をぶつける時が来た。

 南ダニアの女たちは皆、これこそが自分たちの最高の舞台であると顔をかがやかせ、そこにグラディスの号令が声高らかに響き渡る。


「突撃!」


 弾かれたように女たちは嬌声きょうせいを上げて駆け出した。

 新都へと続く坂道を上り、敵を皆殺しにしておのれの武勇を示すために。


 ☆☆☆☆☆☆


「敵が動き出したぞ!」


 前線から次々と声が上がる。

 統一ダニアの新都東側。

 幅200メートルに渡って防壁が未完成のその場所では、赤毛の戦士たちによる防衛線が厚くかれていた。

 壁が守ってくれない以上、人力で防衛する他ない。


 敵軍1万6千に対してこちらは5千人。

 厳しい戦いが予想される。

 だが、それを踏まえた上で、防衛のための基本戦法は打ち立てられている。

 ズラリと一定間隔(かんかく)で横並びになった巨大弓砲バリスタにはすでに巨大矢がつがえられており、全機いつでも発射できる準備が整っていた。


 そうした巨大弓砲バリスタの後ろに積み上げられた巨大矢の数は合計で3千本。

 欲を言えばこの倍の数の巨大矢が欲しかったが、それを作り出すための時間が足りなかった。

 だが、これだけでも相当数の敵を打ち倒すことが出来るはずだ。


「さあ来やがれ! 南蛮なんばん女ども! こいつで粉々にしてやるぜ!」


 そう言うとナタリーは両手に赤と青のはたを持ち、一番真ん中の巨大弓砲バリスタの後ろに陣取った。

 となりには双子の姉妹であるナタリアが控え、背後には次の巨大矢をすぐにつがえるための要員が2名ついている。

 彼女たちが見下ろす先、下り坂の数百メートル先には、大きなたてを構えた最前列の敵兵らが、轟然ごうぜんと声を張り上げながら駆け上って来る。

 それを見たナタリーはニヤリと笑った。

 

「ケッ! そんなチンケなたてでこいつを防げると思うなよ!」


 すでにここでの射撃を想定して、坂道の途中にあるいくつもの特徴的な岩を目印とし、そこまでの距離は計測済みだ。

 敵が300メートルの距離内に入ってくれば、そこはもう巨大弓砲バリスタの射程範囲内だった。

 逆にあまり引き付け過ぎると敵兵を掃討し切れずに、防衛線に到達されてしまう恐れがある。


 巨大矢はその性質で、直線上の敵しか倒せない。

 放射状に展開した敵に近付かれ過ぎると、第二射、第三射を放っても全ての敵を倒し切れなくなってしまうのだ。

 それゆえ200~300メートルくらいの距離が最も有効な射程範囲だった。

 今その300メートル線を越え、敵の先頭集団が駆け上がって来た。


 それを見たナタリーが赤いはたをサッと頭上にかかげる。

 その合図を見た弓兵部隊は一斉に第一射目の巨大矢を放った。

 バシュッという音を響かせて、巨大な質量を持つ矢が宙を切り裂いて飛ぶ。

 それは二つ呼吸をする間に300メートル先の敵に命中した。


 敵兵は大盾おおたてななめに構え、数人で寄り添って「へ」の字のようなくさび形の陣形を取っていた。

 真正面から飛んでくる衝撃をななめ後ろにらそうという魂胆こんたんだ。

 だが……。


「うぎゃああああ!」


 ドガッという音と共に大盾おおたてが吹き飛ばされ、数人の敵兵が蹴散けちらされて悲鳴を上げる。

 それを見た統一ダニア軍から歓声が上がった。

 ナタリーとナタリアも拳を振り上げて叫ぶ。


「よっしゃあ! ざまあみやがれ!」

「そんな付け焼き刃のやり方で防げるシロモノじゃねえんだよ!」


 同じく射出された他の巨大矢も次々と敵兵を吹き飛ばした。

 敵兵の中には直撃を食らって上半身と下半身が無惨にも分かれてしまう者までいる。

 そのすさまじい威力いりょくに確かな手応てごたえを感じた統一ダニア軍は、弓兵の部隊長から巨大弓砲バリスタの発射指揮(しき)たくされているナタリーのかかげるはたの合図に従って、次々と巨大矢を射出していった。


 ☆☆☆☆☆☆


「うげえっ!」

「ぎゃあっ!」


 悲鳴が上がるたびに女戦士らが死体となって地面に転がる。

 ひどい者は原型を留めぬ肉片と化していた。

 巨大な質量の矢がとてつもない速度で飛んでくる。


 それは南ダニア軍の予想をはるかに超える凶悪さだった。

 まるで神によって天から振り下ろされるなたのようであり、人智を超えるその威力いりょくを前に、いかに屈強くっきょうな戦士たちでも成すすべなく倒れていく。

 つい先ほどまで果敢に突撃していた自軍の勢いにいきなりかげりが見えたが、後方で戦況を見つめるグラディスは冷静だった。


「射線を読め! 受け止めるのは無理だ! 敵があれを撃ち出した瞬間に身をせるんだ!」


 伝えられるグラディスの言葉に従い、部下たちは巨大矢が撃ち出された瞬間にサッと身をせる。

 すると巨大矢はその頭上を通り抜けて後方の岩をくだいて地面をけずり、そこで止まった。

 これを見た南ダニア軍の面々は、地面にうつせの状態で巨大矢をやり過ごしながらジリジリと坂を上っていく。

 だが、その前進はいつまでも続かない。

 南ダニア軍の回避方法を見た統一ダニア軍は、おどろくべき方法で次なる攻撃を仕掛けてきたのだ。


 ☆☆☆☆☆☆


「へっ。そうやって地面にいつくばれば、こいつから逃れられると思ったのか? 笑わせるぜ」


 そう言うとナタリーは先ほどまでの赤いはたではなく青いはたを頭上にかかげる。

 それを見た弓兵たちは巨大弓砲バリスタを操作して、巨大矢を頭上に向けた。

 新型に改良された巨大弓砲バリスタは、敵がああして攻撃を回避することも想定して作られている。

 台座の操作によって射角を自在に変えることが出来るのだ。

 これによって巨大矢を前方のみならず頭上にも射出することが可能になった。


 そして台座には5度ずつ角度をつけられる細かい目盛りがほどこされていた。

 ナタリーやナタリアはその目盛りによって巨大矢の着弾地点をほぼ正確に把握はあくしている。

 もちろん今日のように風が弱い日だからこそ出来ることだが。


「射角65度! 撃て!」


 ナタリーの声に従い、頭上に向けて撃ち出された巨大矢は天高く舞い上がり、やがて放物線を描きながら重力に従って落ちてくる。

 それは地面にせている敵兵らに向かって容赦ようしゃなく降りそそぐのだった。

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