第284話 『せめぎ合い』
「……なるほど。さっきの爆発音はそういうわけね」
仮庁舎内の医務室で手当てを受けるベリンダから報告を受けたクローディアは嘆息する。
ベリンダは悔しげに唇を噛んだ。
クローディアはそんな彼女の顔を静かに見つめる。
子供の頃からの付き合いだが、彼女のそんな顔を見るのは初めてだった。
「浅はかでしたわ。天幕にいるところを爆破すれば、黒き魔女を亡き者に出来ると思って……まんまと返り討ちにあいました」
「気落ちする必要はないわ。本当に返り討ちにあっていたら、あなたも兵たちも今頃死んでいたのよ。あなたは生き残り、兵たちも生還させた。事前の判断は間違っていたかもしれないけれど、事後の判断は見事だったわ」
穏やかな表情でそう言うクローディアだが、その顔がすぐに厳しく引き締まる。
「けれど……あのアメーリアは騙し討ち程度では殺せないわ。あの女は死線を平然と乗り越えてくるしぶとさがある。こちらも命懸けの死線の上で刺し違えるくらいのことをしないと、きっと殺せない」
「アメーリアと二度戦っているクローディアがそう言うのだから、そうなのでしょうね。何にせよ申し訳ありません。ワタシは戦場に立たなくてはならない立場だというのに」
悄然とそう言うベリンダの痛めていないほうの手を握って、クローディアは切実な表情を見せる。
「ベリンダ。あなたの知識は唯一無二の貴重なものよ。自分が生き残ること自体が一族の財産になると思って命を大事にして。いいわね」
「……心得ました」
「それに……もうバーサの時のような思いはしたくないの。これ以上、血を分けた従姉妹を失いたくないわ」
「クローディア……ええ。そうですわね。あなたに寂しい思いをさせて泣かせるのは忍びないですわ」
そう言うとベリンダはその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべる。
ようやく彼女らしい笑顔を見られてクローディアも嬉しそうに笑うのだった。
☆☆☆☆☆☆
イーディスは今、見回りの兵のフリをして西側の通路の上を歩いていた。
先ほど水樽に沈めたダンカンの遺体はある納屋の床下収納にしまい込んだ。
あそこならば数日はバレないだろう。
そしてダンカンを絞殺した後、イーディスは鍵を手に入れていた。
地下通路の扉の施錠をしていた錠前の鍵だ。
ダンカンがそれを使って扉を開けるのをイーディスはその目で見たから間違いない。
それはこの新都に秘密裏に忍び込むための通行証だった。
しかも繋がっているのは新都の中核となる仮庁舎の真下だ。
あの扉を開放してしまえば、新都の守りは一気に薄くなる、そのための切り札を彼女は手に入れたのだった。
(さて、あそこから誰を招き入れようかしらね)
そんなことを考えていたイーディスは同じく見張りをしている数名の女たちが何やら話しているのを聞いた。
「おい。あれ見ろよ」
そう言って女たちが指差す先には、西日を受けて眩しく輝く大地をゾロゾロと進む黒い影があった。
イーディスは何食わぬ顔でその光景を見ながら女たちの輪に加わる。
「ありゃ何だ?」
イーディスの問いに女たちはチラリと彼女を見やると、自分たちの知っている情報を話した。
「北側から流れてきた黒い兵士たちだ。ブリジットと交戦したトバイアスが撤退の時に時間稼ぎの盾として使ったらしい。連中、自分で考える頭がねえから、主がいなくなっちまって指示を失いウロウロしているようだぜ。ま、放っておいても害はなさそうだな」
その話を聞くとイーディスは愛想笑いを浮かべながら、二言三言交わして見回りに戻る。
そして壁上通路を歩きながら西の平原に向かって歩き続ける黒だかりをチラリと見やった。
(……死兵ね)
死兵。
彼らの多くは元々公国や王国で兵役についていた者たちだ。
中には野盗に身をやつした者もいる。
そうした者たちに堕獄という強力な麻薬を与え続け、思考能力を奪って死兵に仕立て上げた。
もともと砂漠島で用いられていた奴隷を作り出す手法であり、トバイアスがそれに目をつけて死兵を生み出したのだ。
死兵たちを操る手法は1つ。
堕獄を与えることだ。
彼らは堕獄の特徴的な甘い匂いに敏感になる。
そしてそれを与えてくれた者を主人と認識するようになるのだ。
その習性を利用してアメーリアやトバイアスは死兵を自在に操っている。
それを知るイーディスは死兵たちを見てニヤリと笑った。
「働く場所が欲しいわよね。私が与えてあげるわ」
そう言うとイーディスは小走りに壁上通路を駆けていくのだった。
☆☆☆☆☆☆
アメーリアはほんのわずかな眠りからフッと目覚めた。
そこは食料庫だったと思しき納屋だ。
中にはわずかばかりの干し肉や豆類、干した果実などが残っていたが、あらかたの食料は移動された後のようだった。
30分ほど前にそこに忍び込んだアメーリアは、それらの食料である程度の腹を満たすと、ほんの5分ほど前に眠りについた。
納屋の隅では同じように腹を満たしたドローレスが眠っている。
彼女の口の周りは赤い血で汚れていた。
そしてその傍らには、無残に腹を食いちぎられた女の遺体があった。
この近くで遭遇した警備兵の1人だ。
アメーリアは彼女を殺し、その新鮮な肉をドローレスに与えたのだ。
腹をすかしていたドローレスはそのまだ温かい遺体に食い付いた。
やがて満足したように目を閉じたのだ。
こうして腹を満たし、少しの時間でも眠ることで、体力が回復する。
アメーリアがこここに忍び込んだ最終目標は、2人の女王を倒し、新都の守りを内側から崩すことだった。
だがそれを達成するにはまだ時間をかける必要がある。
体力を回復させ、女王たちとの戦いに備えておかなければならない。
そして出来れば1対1の状況に持ち込みたいところだ。
ただ殺すだけならともかく、無力化して生け捕るとなると自分1人でブリジット、クローディアの2人を相手にするのは骨が折れる。
(おそらく東のグラディスが敵の防衛戦を崩すのには数日かかるわね。こっちも時間をかけて女王を1人ずつ無力化しないと)
アメーリアは日が暮れ落ちて薄暗くなった納屋の中で静かに息をつく。
「トバイアス様に何日もお会いできないなんて……この戦が終わったら2人きりの時間がほしいわ」
そう言ったところでアメーリアは目を鋭く細める。
同時に眠りこけていたドローレスがハッと目を覚まし、鼻をヒクヒクさせながら牙を剝いて唸り始めた。
何者かがこの納屋の周囲を取り囲んでいる。
ここからやや距離は離れているが、アメーリアは僅かな足音を聞き逃さなかった。
(さっきから妙ね。こちらの位置を的確に把握されている。やっぱりアーシュラがいるのかしら? それにしてはあの子の視線を感じない)
アーシュラは赤毛であるにも関わらず母から受け継いだ黒髪術者としての強い力を持っている。
その力の強さゆえ、以前に遠くから彼女に見られていた時はその視線をアメーリアは感じ取ることが出来た。
だが、今はそうした気配を感じない。
もしかしたら街中にいくつか作られている物見櫓に陣取る見張りの兵から見られていたのかもしれないとアメーリアは嘆息した。
「何にせよ邪魔者は殺さないとね」
そう言うとアメーリアはその目に殺意を宿して立ち上がるのだった。
新都を巡るせめぎ合いは夜も続くことになる。




