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第282話 『新都攻防戦・初日』

「ふうっ。こんなに矢を撃ったのはユーフェミアの射撃訓練地獄以来だ」


 ため息と共にそう吐き出し、ブリジットはひたいを流れる汗を手でぬぐう。

 彼女1人ですでに300射以上の焙烙火矢グレネードを射かけており、さすがに握力が落ちてきた。

 だが、その甲斐かいあってすでに大半の敵投石機が破壊されていた。


「ブリジット! 無理すんな!」


 そう言って彼女を守る盟友のベラも、槍を振るい続けてその顔に疲労をにじませていた。

 無言でおのを振るい続けるソニアも同様だ。

 彼女たちはブリジットの首を取ろうとする敵兵の攻撃を受け止め続けている。

 ブリジットを射撃に専念させるためだ。

 そんな彼女らに、ブリジットは再度自らに気合いを込める意味で大きく声を発した。


「今は無理をする時だ! 最後までやり切るぞ!」


 そう言ってブリジットは部下から再び焙烙火矢グレネードを受け取る。

 もう矢の数も残り少なくなりつつあるので、的を外すわけにはいかない。

 これまで全弾命中させてきたその腕前でブリジットは射撃を続ける。


 やがて彼女は気が付いた。

 トバイアスを含めた後方部隊が何やら動き出したことに。

 彼らはブリジットに向かって来ることなく、投石機の後方に並べられた白い綿玉を引き裂いていく。

 その中から人影が出てくるのを見たブリジットはおどろきに目を見開いた。


「なっ……」


 白い綿の中から出てきたのは、漆黒しっこくよろいを身に着けた2名の兵士だったのだ。

 先日の宴会場で戦ったあの不気味な者たちだ。

 彼らは腕を切り落とされようとも、悲鳴も上げずに平然と向かって来る。

 完全に正気を失った異様で厄介やっかいな敵だった。


「新都に撃ち込まれたのはあのイカれた連中だったというのか……」


 ブリジットはくちびるみしめる。

 投石機で兵士を撃ち出すなどと、普通ならば考えられない、あまりにも馬鹿げた行為だ。

 いくらあの柔らかな綿に包んだところで、普通の人間ならばあんな物で飛ばされて無事で済むはずがない。

 命を失わなかったとしても、体のあちこちを負傷して戦うどころではないはずだ。

 

 だが綿の中身はあの痛みも恐怖も感じない、生きるしかばねのような者たちだ。

 およそ人の常識でははかれない。

 

「おのれ……トバイアス!」


 ブリジットは怒りのまま焙烙火矢グレネードねらいを転換し、矢をトバイアスに向けて放つ。

 だがトバイアスを守る数名の女たちが大盾おおたてかかげてこれを防いだ。

 引火した油が飛び散り、周囲の女兵士らを焼くが、トバイアスは無傷だった。

 彼の周りは守りが厚く、いかに焙烙火矢グレネードであろうとも、この距離から彼を亡き者に出来るとはブリジットも思っていなかった。

 それでも一撃浴びせてやらねば腹の虫が収まらなかったのだ。


「チッ!」


 今頃、戦力が手薄な新都内には漆黒しっこくの兵士たちが闊歩かっぽしているはずだ。

 ブリジットはあせる気持ちを抑えながら、最後の1台となった投石機に焙烙火矢グレネードを射かけた。

 その時点でトバイアスはその場を漆黒しっこくの兵士らに任せ、投石機を放棄すると赤毛の兵らをひきいて東へ移動していく。


 撤退の指笛ゆびぶえが鳴り響き、ブリジットを攻めていた敵兵らも下がっていく。

 入れ替わりに後方から向かって来るのは漆黒しっこくよろいを着た兵士らだ。

 その数はおよそ200名程度だが、敵の赤毛の兵たちが撤退する間の時間(かせ)ぎには十分だろう。

 ブリジットは最後の焙烙火矢グレネードを投石機に射かけて燃やし尽くすと、即座に判断して自軍の兵に命じた。 


「これ以上の深追いは無用だ! 動ける者はアタシと共に新都へ戻るぞ!」


 そう言うとブリジットはベラやソニアを引き連れ、馬首をめぐらせて新都へ引き返していった。


 ☆☆☆☆☆☆


 午後になり日差しが強くなってきた頃、新都の南側から東に回り込んできた南ダニア軍の先頭を進むグラディスは、少々苛立いらだった表情をしていた。

 南から進軍してきて新都の姿が見えた時には戦意が高揚したものだが、そこから半日、東側へ回り込む行軍をいられ、燃えていた戦意に冷や水をかけられたからだ。

 すでに北側ではトバイアス軍とブリジットが交戦しているとの情報も入ってきており、アメーリアがドローレスを連れて新都に侵入したという話も聞いている。


 自分だけがまだ戦場に参加できていない状況にグラディスは、苛立いらだったのだ。

 だがそれも少しばかり解消される光景が彼女の目に飛び込んできた。


「壁の切れ目だ!」


 岩山の上をすっぽりおおって新都の街並みを隠していた城壁が唐突に途切れ、街の中が見えてくると誰かがそう叫んだ。

 皆それを見て歓声を上げる。

 さらに周囲が切り立ったがけになっている岩山にあって、この東側は岩のゴツゴツとした斜面になっていた。


 決して楽な坂ではないが、屈強なダニアの女たちならばものともせずに上るだろう。

 手を伸ばせば届く場所に敵がいる。

 その状況が彼女たちの戦意を再び盛り上げていく。


 惜しむらくはすでに日が西に傾き始めていることだった。

 壁の切れ目に展開された敵の防御網も厚く、攻めるのには長い時間がかかるだろう。

 これから全軍がそろって一斉に突撃するとなると、日が暮れてしまう。

 視界良好な状態で戦うためには、明日の朝を待つしかない。


 グラディスは部下に命じて斜面下の平地に夜営の準備をさせた。

 斜面上の敵陣からは500メートルほど離れた場所だ。

 そこに立って斜面の上を見上げながらグラディスは想像する。

 敵兵の頭を割り、その血であの斜面が赤く染まる光景を。


「困ったな。今夜は眠れそうにないぞ」


 そう言うとグラディスは興奮をみ殺すように笑みを浮かべるのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「チッ! 人の家の軒先のきさきで勝手に野宿しやがって。図々しい奴らだ」 


 ナタリーとナタリアは見下ろす斜面の先に展開する敵軍の陣地を見ながら忌々(いまいま)しげに吐き捨てた。

 南ダニア軍の本隊が南側からこの東側に回って来た。

 この辺りは幅200メートルに渡って城壁が未完成となっている。

 当然予想された事態だ。


 今、2人のいるこの東地区には弓兵部隊を中心に統一ダニアの全戦力の半数が集中していた。

 その数5000人だ。

 一方、目の前に展開される敵軍の数は16000人だった。

 その差、3倍以上だ。


 それでもこの斜面は守る側に有利な地形だった。

 敵軍は坂を上って来なければならず、逆にこちらは見下ろす格好となり、弓矢や投石でねらいやすい。

 城壁未完成の部分が200メートルで済んだのも救いだ。

 間口がせまければ少ない兵力でも守りやすい。


 さらには統一ダニア軍には切り札がある。

 双子の弓兵ナタリーとナタリアが開発した巨大石弓バリスタだ。

 それが15台、15メートル間隔で横一列に配置されている。

 それらを使って撃ち出すための巨大矢は3000本にも及ぶ。

 ナタリーとナタリアが主導で多くの者たちが協力し、寝食を惜しんで用意した物だ。

 

 以前は槍ほどの長さと重さだった巨大矢は、さらに2メートルほどの長さに改良され、直径も10センチほどに増量されていた。

 相手が矢除けのたてを持っていようが関係ない。

 人の力ではおよそ防ぐことはあたわぬ暴力的な威力の武器だった。


「夜中にコソ泥みたいに忍び込んで来やがったら、こいつで体を粉々にしてやるぜ」


 ナタリーはそう言って巨大石弓バリスタを手でパンと叩く。

 作戦本部近くの倉庫に格納した旧型から改良したそれら新型機は、腕力で弓を引かずとも射出できるよう仕上げられていた。

 そして射撃訓練も幾度となく行ってきたため、射手の技量も熟達してきた。

 

 この東地区が最大の激戦になることは間違いない。

 だが統一ダニアは数的不利を不安に思うことなく、絶対に勝利するという固い決意を胸に戦いにのぞむのだった。

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