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蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第三部【最終章】  作者: 枕崎 純之助


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第276話 『忍び込む者』

「も、もう始まっておる。おまえたち。ここはワシと避難民たちとで片付ける。持ち場に戻ってくれ」


 ダンカンの言葉に赤毛の女戦士らは頷《うなづ》き、食料などの調達物資を積んだ荷車をその場に置くと外へ向かうべく駆け出した。


 統一ダニアの新都の中心部にある仮庁舎。

 その地下には遺跡があり、今そこに避難民たちが集まっていた。

 そして西からの秘密連絡通路を通って食料などの調達物資を運び込んで来たダンカンらは、そこでついに敵軍の攻撃が始まったことを知った。


 この地下遺跡までは外の喧騒《けんそう》は聞こえて来ないが、避難民たちにも情報は定期的に伝えられている。  

 ここに避難しているのは老人や子供など戦えない者たちばかりであり、一様に不安そうな顔を見せていた。

 ダンカンはそんな彼らを勇気付けるように努めて明るい声を上げる。


「皆、食料を振り分けて貯蔵するから手伝ってくれ! 勝手に食べてはならんぞ! ここで食べられる分は決まっておるからの」


 食事や水などは戦闘を行っている戦士たちに優先的に支給され、避難民は少なめの食事で我慢《がまん》することになる。

 だが、不満を言う者はここには1人もいない。

 外で戦ってくれる者たちがいなければ、ここにいる者たちは全員死を待つばかりなのだから。

 

「心配せずともこちらには2人の女王がおる。すぐに敵など蹴散らしてくれるじゃろ」


 そう言うとダンカンは皆と一緒に食料の分配作業に入る。

 その時、先ほど駆けていった女戦士の1人が戻ってきた。 

 それを見たダンカンは怪訝《けげん》な顔を見せる。 

 

「どうしたんじゃ?」

「上から水をひと樽《たる》運んできてほしいと言われた」

「上? 作戦本部か? それとも仮庁舎か?」

「……仮庁舎だ」

 

 戦時中は作戦本部が仮庁舎前の広場に設置され、本部に属する人員の中で仮庁舎に出入りするのは、仮眠を取ったり負傷して庁舎内の医務室で治療を受ける者だけだ。

 戦が始まったばかりの現状ではまだ負傷兵はほぼいないはずなので、急に体調を崩《くず》した者でもいるのかもしれないとダンカンは思った。

 もちろん仮庁舎の中に誰がいるのかは機密情報であるため、ダンカンにも知らされていない。


「ワシも共に行こう。その樽《たる》を持ってくれ」


 そう言うとダンカンは樽《たる》を持つ女戦士と共に地下遺跡から階段で上に向かう。


「水はどこへ運べばいいんじゃ? 医務室か?」

「ああ。そう言われた」


 地下遺跡から階上の仮庁舎に向かう階段を上ると2分ほどで仮庁舎の1階に出る。

 そこからダンカンは少々入り組んだ仮庁舎の中を迷いなく進んでいった。

 後ろから水樽《みずだる》を持った女が声をかける。


「じいさん。仮庁舎に詳しいな」


 ダンカンは初期の立ち上げ時からこの新都建造に携《たずさ》わってきた人物なので、この仮庁舎のように元から遺跡として残されていた建物には誰よりも詳しい。


「まあ、見ての通り古株じゃからな」


 そう言うダンカンに女は話を続ける。


「なあ、あの奥の部屋は何だ? 見張りがいるぞ」


 女が指差す先には1階の最奥部となる部屋がある。

 おそらく昔は罪人か捕虜《ほりょ》を収監していたと思《おぼ》しき部屋だ。

 今そこには2名の衛兵が立っていた。


「あれは……何じゃろうか。まだ戦が始まったばかりで捕虜《ほりょ》を捕まえるには早過ぎるしのう。考えにくいことじゃが、脱走兵でも出たのかもしれんな」


 そう首を捻《ひね》りながらもダンカンは足を止めずに角を曲がり、医務室へと向かっていく。

 だが医務室へ向かう角を曲がる前に、背後でドンッと水樽《みずだる》を床に置く音が聞こえた。

 不思議《ふしぎ》に思ったダンカンは振り返ろうとしたが、いきなり背後から首を紐《ひも》のようなもので強く絞《し》められる。


「がっ……」


 突然のことに驚《おどろ》き目を剥《む》くダンカンだが、何かを考えている余裕はなかった。

 彼の首に紐《ひも》が強く食い込み、息が出来ないため声を発することも出来ない。


「かっ……はっ」


 必死に抵抗しようとするが、老いた彼にはとても振りほどけないような力で絞《し》められ、すぐに意識が遠くなっていく。


(ま、まさか……この……女……)


 それがダンカンにとっての最後の思考だった。

 すぐに意識は消え、彼はグッタリと動かなくなる。

 彼の首を背後から絞《し》めていた赤毛の女は、ダンカンが完全に息をしなくなるまでその手を緩《ゆる》めることはなかった。


 ☆☆☆☆☆☆


「せっかく道案内してくれたのに殺しちゃってごめんなさいね。おじいちゃん。このまま医務室に到着しちゃうと、私の嘘《うそ》がバレちゃうの」


 小声でそう言うとイーディスは動かなくなったダンカンの遺体を床に放り捨てる。

 そして彼の懐《ふところ》を探って鍵《かぎ》を取り出した。


「これこれ」


 そう言ってニヤリと笑うとイーディスは水樽《みずだる》の蓋《ふた》を開けた。

 水を半分ほど床にブチまけると、ダンカンの遺体を担ぎ上げて水樽《みずだる》の中に沈めて蓋《ふた》を閉じる。


「私1人でこの建物内をウロウロしていたら怪しまれるところだったから、助かったわ。おかげでだいたいこの建物の構造は分かった。いっぱい働いて喉《のど》が渇《かわ》いたでしょ? 好きなだけ水を飲んでちょうだい」


 昨夜、新都の西側を偵察《ていさつ》していたイーディスは、林の中で夜営する一団を発見した。

 この老人と数十人の赤毛の女たちだ。

 彼女たちの監視を一晩続けたイーディスは、ある女戦士に目を付けた。

 自分と背格好が似ている女だ。


 髪の長さがわずかに短いのが気に食わなかったが、イーディスはその女戦士が真夜中に用を足そうと林の奥に踏み行ったのを狙《ねら》い、彼女を背後から刺殺したのだ。

 それからイーディスは彼女に成り代わった。

 持参している手鏡と月明かりを頼りに、死んだ女戦士の顔を見ながら特殊な化粧《けしょう》で自分の顔を彼女そっくりにしたのだ。

 イーディスが持つ特殊な技術だった。

 そしてその殺した女と髪の毛を同じくらいの長さに切りそろえるという徹底ぶりだ。

 そんなことが出来るのはアメーリアの部下の中でも自分だけだという自負がイーディスにはある。


 まんまとこの新都の中への侵入を果たしたイーディスは、地下通路の中で荷車を押しながらずっと考えていた。

 この新都に入ってからどう動くかを。

 イーディスは自分の戦闘能力には自信があったが、だからと言って周囲が敵だらけのこの場所で大立ち回りを演じるつもりはなかった。

 自分の真の強さが発揮《はっき》されるのは戦闘ではないと分かっているからだ。


 こうして自分が新都に入ったからには、統一ダニアに最も大きな打撃を与える効果的な方法を実行したいと彼女は思った。

 やり方は色々ある。

 要人の暗殺、放火、飲み水や食料に毒を流布して不特定多数の敵に被害を与えること。


 そうして新都の内部に混乱を引き起こせば、外から攻め込んで来る軍勢に対して抵抗する力が弱まる。

 それこそが自分の能力を最大限有効活用できるやり方だった。

 そのため、要人が集まると思《おぼ》しきこの仮庁舎の周辺にいるべきだと思い、外に出るフリをして中に戻ってきたのだった。


「ただ……ちょっと期待外れかしらね」


 仮庁舎の中にはほとんど人がいない状態だった。

 そして地下の避難民たちに危害を加えても意味はない。

 彼らは戦えないのだから。

 むしろ彼らが死んでしまえばそれだけ口減らしとなって食料事情を助けることになり、逆に統一ダニアに利することになってしまう。


 そこまで考えてイーディスは先ほどの1階最奥部の部屋を思い返す。

 固く閉ざされた扉《とびら》の前に衛兵が2人立っていた部屋だ。


(部屋の中にいるのは捕虜《ほりょ》か……あるいは貴人か。もしかしたら何かの役に立つ人物かもしれないわね)


 イーディスは情報収集をするため、ダンカンの遺体が入った水樽《みずだる》を抱え上げると、そのまま医務室に向かうのだった。

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