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第275話 『ブリジットの攻勢』

「トバイアス殿。新都から敵兵が出陣してきました。ブリジットがひきいる騎馬兵たちです。その数はおよそ1500……いや、2000近くに上るかと」


 赤毛の女がトバイアスにそう告げる。

 自分の不在時にトバイアスの参謀を務めるようにと、アメーリアが残していった黒刃エッジの女だ。

 堅苦しい女の口ぶりと表情に、トバイアスは内心で嘆息たんそくしつつ、すぐさま指示を出す。


「その規模の兵力ならこちらを殲滅せんめつする目的ではなく、牽制けんせいだろうな。こちらも兵を前に出せ。全軍に防御重視で当たるよう告げろ。敵兵を深追いすることは禁じる。後方の新型投石機の準備が整うまで持ちこたえることを第一に考えろ」


 その指示を受けて黒刃エッジは自軍に通達を出す。

 そしてブリジットらを迎え撃つべく前に出るのは、この部隊の約半数をめる死兵ではなく、赤毛の南ダニア兵だった。

 死兵は自我を失った生きるしかばねのような存在であり、恐怖や痛みを感じず死ぬまで戦わせることが出来るという利点がある反面、知性が失われているために細かい指示に従うことが出来ないという欠点もある。

 それに今回、死兵は別の作戦のために用意されていた。

 トバイアスは馬首をめぐらせて後方へ向かうと、投石機を準備している赤毛の兵たちに声をかける。


「発射可能になるまで、どのくらいかかる?」


 そうトバイアスから声をかけられた赤毛の兵は背すじを伸ばしてこれに答えた。

 アメーリアから、トバイアスに不敬な態度をとる者は問答無用で死罪だときつく言い渡されているため、皆そのような振る舞いなのだ。

 

「投石機自体はいつでも発射可能です。あとは球の準備ですが……おそらく1時間ほどで完了するかと」

「45分でやってくれ。これらの新型投石機が今回の作戦のきもだ。何があっても死守せよ」


 そう言うとトバイアスは通常の投石機よりも背の高く長いそれを見上げてニヤリと笑う。

 

「まあ正確には投石機……ではないんだがな」


 通常の投石機ではあの岩山の上に建てられた城壁は越えられないだろう。

 だがこれは通常のそれよりも高さを出すために改良されたものだった。

 

「新都に引きこもる赤毛の女どもがあわてふためく様子はさぞかし愉快だろうなぁ」


 そう言うとトバイアスはのどを鳴らして笑うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「行くぞ! 必ず敵兵の首を狩り、敵戦力を確実にけずり取るんだ! 我ら統一ダニアこそが真の勇猛なるダニアの女だということを示せ!」 


 先頭を馬で駆けるブリジットの号令に、2千人の女戦士らが大きく声を上げて応える。

 彼女らは全員本家の者たちであり、今までは幾度いくどとなくブリジットと共に出撃してきた。

 だが、今回はいつもとは心持ちが違う。

 新たな仲間と新たな都を得たばかりで、それを守るための戦いに出られるというほまれをその胸に感じてこの場にのぞんでいた。

 そのため戦意は最高潮に高まっている。


 そして全員がよろいの胸と背中に大きく翼の刻印を焼き入れ、それを赤い塗料でいろどっていた。

 ロダンでの戦いと同様に、今回も敵は同じ赤毛に褐色かっしょく肌の女たちだ。

 外見では自軍と敵軍の区別がつかないため、一目で仲間と分かるように、時間をかけて全てのよろいに刻印をほどこしたのだった。


 もちろん統一ダニアの新旗しんきかかげることも忘れない。

 獅子鷲ししわし意匠いしょうが雄々しく風にはためいている。

 そしてブリジットひきいる軍勢は一本の槍のように縦に長い陣形を組んでいた。

 その槍の穂先に当たる先頭で、ブリジットの両脇を固めるのはもちろん盟友のベラとソニアだ。


 一方、進む先に待ち受ける南ダニア軍は横に長く展開し、左右両翼を前進させ、逆に中央は後退していく。

 凹型の陣形で、中央部に突っ込んでくるブリジットたちを飲み込もうという形だ。

 だが、ブリジットはまるでひるむことなく馬をさらに加速させた。

 いつでも戦場を支配するのは自分だという揺るぎない自信が彼女の胸にあるからだ。


「こざかしい!」


 ブリジットは槍をすばやく振るって馬首を右方向に転じ、敵右翼へ突っ込んでいく。

 敵右翼の兵たちは下がろうとしたが、ブリジットが接近する方が早かった。


「はあっ!」


 ブリジットが槍を鋭く横一閃させると、敵兵数名がその首から血を噴き出して倒れていく。


「ぐああああっ!」

「まだまだぁ!」

 

 ブリジットは連続して槍を振るい、矢継ぎ早に敵兵を討ち取っていく。

 

「ハッ! こりゃ一撃離脱どころじゃねえな」


 ブリジットの奮戦ぶりに思わず笑みをこぼしながらベラも負けじと槍を振るう。

 その穂先が正確に敵軍の女戦士の首をねらった。

 馬の突撃の勢いのままベラの槍を受けた女戦士の首は一瞬で刈り取られた。

 同様にソニアも長柄のおのを振り回し、1人2人3人と敵兵を馬ごとほふっていく。


 この3人が務める先頭の勢いがとにかくすさまじく、敵陣を斬り裂いていく。

 そして後ろから続く2千人の兵士たちも勇猛果敢に戦った。

 もちろん中には真横からの攻撃を受けて落馬し、命を落とす者もいる。

 だがブリジットらは自軍の被害の数倍の敵をほうむった。

 戦果は上々だ。


(そろそろ頃合いだな)


 そう思ったブリジットは撤退の合図を出すべく、サッと片手を上げようとする。

 だがそこで彼女は見た。

 敵軍の後方に立つ敵将トバイアスの姿と、その背後に立つ十数機の巨大な投石機を。

 それは通常の投石機よりもかなり大きく、の部分が相当に長い大掛かりなものだった。


「あれは……」


 それを見たブリジットは何か嫌な予感がした。

 このまま予定通り撤退するのがはばかられるような胸騒ぎがのど元までせり上がって来る。

 だが投石機の周りにはそれらしき巨岩は一切置かれていない。


(まだ球が用意できていないのか……)


 ブリジットは即座に後方の兵に伝達した。

 

「要確認事項の発覚により作戦を変更する。第一と第二中隊で焙烙火矢グレネードを準備。目標は敵投石機の一団だ。残りの中隊は火矢中隊を守るために敵兵を牽制けんせいしろ。目標を達成次第、撤退を開始する」


 部下にそう指示するとブリジットはソニアに声をかける。


焙烙火矢グレネードを持っているのは第一と第二の中隊のみだな?」

「……ああ。そうだ。だが投石機はどうせ新都には届かないのでは?」


 そうたずねるソニアにブリジットは顔を曇らせた。


「何か嫌な感じがするんだ。今のうちにあれを焼き払わねば新都に大きな被害が出るような気がする」

「……ブリジットがそう感じるのなら、そうしよう」


 そう言うとソニアはベラと手分けをして仲間たちに火矢の準備をするよう告げていった。

 ブリジットは前方を見据みすえた。

 まだ少し距離があるが、白銀のよろいに身を包んだ白髪のトバイアスは遠くからでも目立つ。

 ブリジットの視力でも表情までは読み取れないものの、トバイアスが自分を見て笑っているような気がした。


忌々(いまいま)しい男だ。おまえは必ずこの戦いで殺す)


 ブリジットはくちびるみしめて、トバイアスをにらみつけると、頭の中でここからの戦略を組み立てていった。

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