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第272話 『迫る魔の手』

「急ぐのじゃ。もう戦が始まってしまう」


 ダンカンは仲間たちをそう鼓舞こぶしてかす。

 彼の背後には数十人ほどの女戦士たちが、手分けして十数台の大きな荷車を運んでいる。

 そこには水の入った大樽おおだるや、食料が山ほど乗せられていた。

 新都に運ぶための飲み水や食料だ。


 戦の気配が色濃くなってきた頃から、ダンカンはこうして幾度いくどとなく新都へ食料を運んでいた。

 その多くは肉や魚、野菜の塩漬けや、乾燥させた干物や果物など、保存の利くものばかりだ。

 戦となり城壁の周囲を囲まれて兵糧ひょうろう攻めをされると、新都も例外なく苦しくなる。

 ゆえに出来る限り食料は事前にめ込んでおきたかった。

 敵がすぐそこまで迫っている今、これが新都に運び込める最後の食料になるだろう。


 新都の中でも畑を作り、家畜を飼い、自給自足が出来るように努めている。

 だが、現状ではそれだけで新都に住まう多くの人々の腹を満たすには到底足りない。

 こうして外部から調達する必要があった。


「もうすぐ通路じゃ」


 ダンカンらが今いる場所は新都から1キロほど西に離れた平原だった。

 そこから新都に向かって緩やかな上り坂が続く。

 だが、彼らはその上り坂を上らない。

 

 平原の途中にゴツゴツとした大きな岩が無数に転がっている一帯がある。

 その中でも人の背丈せたけの2倍以上はあろうかという2つの巨岩の間にダンカンは歩み寄って行く。

 すると岩陰に隠れるようにして大きなあなが現れた。

 それは上り坂の斜面に反して、下るように掘られていた。


 ダンカンら一行はその中に入っていく。

 荷車を押しながらでも十分に入れるほどの広さだ。

 するとほどなくしてダンカンの目の前に、行く手をふさぐ鉄の大扉おおとびらが姿を現した。

 両開きのそれは鉄の錠前じょうまえ施錠せじょうされていて、ダンカンはふところから取り出したかぎ錠前じょうまえに差し込んだ。


 そしてとびらを開くと荷車の一行を招き入れる。

 全員がとびらの向こう側へ入ったのを確認すると、ダンカンは自分も内側に入り、最後にとびらを閉めて今度は内側の錠前じょうまえ施錠せじょうした。

 地下通路のやみの中に、赤毛の女たちがともした松明たいまつの灯かりが煌々(こうこう)と揺れる。

 ダンカンはほっと安堵あんどして息をついた。

 ここまで来れば安全だった。


「ふぅ。やれやれ。戦が始まってここが使えればいいんじゃがな」


 そこは西側の平原から新都へとつながる秘密の地下通路だった。

 ここを進めば新都の中心部である仮庁舎の地下施設へと続く。

 そこには今はおそらく多くの非戦闘員が避難していることだろう。


 仮庁舎同様この地下通路も元々、遺跡として残されていたものだ。

 緊急時に使えると判断したクローディアが整備させたのだった。

 敵の軍勢が間近まじかに迫る今、城門は固く閉ざされているだろうし、新都に辿たどり着く前に敵の襲撃を受ける恐れもあるためダンカンはここを使ったのだ。


「全員おるか?」


 彼はその場にいる全員の人数をあらためて数える。

 全部で38名。

 行きに連れて行った人数と同じだ。

 

 今回の敵は同じ赤毛の女たちだ。

 もしここに敵が混ざったまま新都に入ったら大変なことになる。

 ダンカンはあらかじめ覚えておいた全員の顔と名前を確認して回る。

 間違いなく全員一致した。

 安堵あんどするダンカンに女の1人が苦笑して言う。


「じいさん。ワタシらの顔と名前なんて本当に覚えていられるのかよ」

「馬鹿にするでない。ワシはおまえたちが生まれるよりも前にはダニアの町役場で戸籍課に勤めておったんじゃぞ。今とて、これしきの人数の顔や名前も覚えられぬほど耄碌もうろくはしておらぬわ」


 そう言うとダンカンは女たちに向けて声を上げる。


「ほれ。もうひと踏ん張りじゃ。皆の元へこれを届けるぞ」


 ダンカンの号令にうなづき、38人の女たちは荷車を押しながら通路を先へ先へと進んで行くのだった。

 この場にいる誰もが、異変に気付くことはなかった。


 ☆☆☆☆☆☆


「アメーリア。おまえとドローレスだけならば、あのかべを上って侵入することは可能か?」


 新都の北側に陣取った軍勢をひきいるトバイアスにそうたずねられ、アメーリアは即座に彼の意図いとを読み取った。

 自分とドローレスがあの新都に飛び込めば、敵を撹乱かくらんし、内側から揺さぶることが出来る。

 そして城門を内側から開けてしまえば、そこからトバイアスが軍を突入させ、新都を一気に追い詰められるだろう。

 だが、アメーリアは懸念けねんをその顔にあらわにして言った。


「可能ですわ。しかしトバイアス様をお1人で残していくのは……」

「案ずるな。おまえの攻撃が苛烈かれつであるほど、敵から俺への攻撃は薄くなる。敵陣を大きく揺さぶるには最強のこまである女王クイーンを動かすほうが早いからな」

「トバイアス様……」

「もちろんこちらから援護はする。おまえたちを孤立無援にさせるようなことはしない」


 そう言うとトバイアスはアメーリアに近付き、その体を抱き寄せた。

 

「俺のために動いてくれるな?」


 そう言うトバイアスにアメーリアはウットリと恍惚こうこつの表情を浮かべる。


「もちろんですわ。愛しい人」

「いい子だ」


 トバイアスは人目もはばからずにアメーリアに熱烈な口づけをした。

 そんな彼らの背後では漆黒しっこくよろいをまとった兵士たちが整然と並んでいた。

 死兵たちだ。

 彼らは今、赤毛の女たちによってよろいの上に新たな兵装を装着されていた。


 それは綿を圧縮して何重にも重ねたものだった。

 間に厚手の紙を何枚もはさんだ多重構造となっており、それを体に幾重にも巻きつけられた漆黒しっこくの兵士は本来の黒いよろいが見えないような有り様だった。

 まるで大きく丸い綿毛のような珍妙ちんみょうな姿だ。

 ひどく不格好だが、それを笑う赤毛の女は1人もいない。

 これから行われる作戦が、常識から大きく外れた壮絶なものになると彼女たちは知っているからだった。


 ☆☆☆☆☆☆


 黒き魔女アメーリアがついにこの地へと足を踏み入れた。

 黒髪術者ダークネスとしての超感覚によりボルドはそれを明確に察知していた。

 その一報はすぐにブリジットらの元へもたらされる。


「そうか。分かった。アメーリアのことはアタシたちが何とかするから心配するなとボルドに伝えておけ」


 仮庁舎前の広場に設けられた作戦本部。

 ボルドの言葉を伝えるベく血相を変えて駆けて来た小姓こしょうに、ブリジットは神妙な顔でうなづいてそう言った。

 そして背後のクローディアを見やる。

 クローディアもその知らせに平然とうなづいた。


「決着を付ける時ね」

「ああ。今度はらしはしない。必ずここでアメーリアを殺す」


 ブリジットは一度、クローディアは二度戦った相手だ。

 黒き魔女の強さは身にみて分かっている。

 かつてない強敵の到来に2人の女王は気を引き締め、殺意をませるのだった。

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