第263話 『闇夜の出発』
「クローディア。何か御用でしょうか」
敵軍が迫る新都。
クローディアより仮庁舎に呼び出されたのは、追放の身から恩赦を受けて再び彼女の部下に返り咲いたジリアンとリビーだった。
「ジリアン。リビー。2人に仕事をお願いするわ。大事な仕事よ」
そう言うとクローディアは隣に立つアーシュラの肩に手を置く。
「このアーシュラは今から特別任務に就くわ。敵軍の牙城を崩せるかもしれない大事な任務よ。あなたたちにはこの子の護衛をお願いしたいの」
その話にジリアンとリビーの2人はわずかに驚きの表情を見せる。
ジリアンもリビーも敵の襲来に備えて各々準備をしてきたはずだ。
そんな2人にクローディアは神妙な表情で告げた。
「2人ともダニアの女としてここで敵を迎え撃つ心構えは十分だと思う。でもこの仕事も重要な任務なの。ワタシはこの任務を何としても成功させたいし、このアーシュラには何としても生還してもらいたい。だから2人にお願いするわ。必ずこの子を守って」
ジリアンもリビーも勇猛なダニアの女であり、戦に向けて戦意を昂ぶらせていたはずだ。
新都を守るために戦うのは彼女たちにとっても栄誉ある役割だ。
それを放棄することになる。
だが2人は即座に背すじを伸ばして、高揚した顔つきで言った。
「謹んでお受けいたします。この命に代えても必ずアーシュラを無事に帰還させます」
「重要な任務を与えていただき光栄です」
分家を追放された2人は本来ならば路頭に迷うところをクローディアに拾われ、この新都に新たな暮らしを得ることが出来た。
大恩あるクローディアがこの重要な任務に自分たちを選んでくれた。
それは2人にとって何よりの栄誉だった。
その期待に応えなければならない。
そんな気持ちが2人を高揚させていたのだ。
「ありがとう。そう言ってくれてワタシも心強いわ」
クローディアがこの2人をアーシュラの護衛に選んだのは、追放組だった2人には単独任務の方がやりやすいだろうという理由もあったが、それ以上に2人の腕が確かだと見込んでいるからだ。
ジリアンもリビーも男を巡る喧嘩で追放されたのだが、その時はたった2人で十数人の相手を全員半殺しにしてしまった。
相手も同じダニアの女戦士たちだというのにだ。
そしてこの新都に来てからクローディアは彼女たちの稽古の相手を務めたことがあるが、彼女たちの腕前は分家の中でも指折りだと感じていた。
だからこそ大事なアーシュラの護衛を2人に任せようと思ったのだ。
「ジリアンさん。リビーさん。今夜の夕食後にはここを発とうと思います。急で申し訳ないのですが、準備をお願いします」
そう言って2人に頭を下げるアーシュラに、ジリアンもリビーも任せておけと快活な笑みを向けて言うと準備のために出て行った。
それを見送るとアーシュラはクローディアに告げる。
「出発前にボールドウィンに会っていこうと思います」
「彼に?」
「ええ。ここ数日、黒髪術者としての訓練を彼に施しました。ワタシがいない間は彼が役に立ってくれるはずです」
そう言うアーシュラにクローディアは頷いた。
「分かったわ。ブリジットには話しておくから」
クローディアがそう言うとアーシュラはしばし黙り込み、クローディアを見つめる。
そしておずおずと口を開いた。
「あの……従者であるワタシがこんなことを言うのは無礼であることは重々承知なのですが」
言いにくそうにそう言うとアーシュラは意を決して言った。
部屋には自分とクローディアの2人きりであり、こんな時にしか言えないことだ。
「友として言わせて下さい。レジーナ。ボールドウィンへの気持ちを彼に告げて下さい」
「なっ……何よ急に。こんな時に。今は戦時下よ」
「だからこそです。戦いであなたが倒れることなどないと信じていますが、戦では何が起きるか分かりません。そんなに好きになった相手に気持ちを伝えないままなんて……もったいないです」
「アーシュラ……」
困惑するクローディアに、アーシュラは少し気持ちを落ち着かせて言った。
「余計なお世話でした。申し訳ございません。ワタシも出発の準備をしてきます。出発前にご挨拶に伺いますね。では」
そう言ってアーシュラはその場を辞した。
「もう……気持ちを告げるなんてそんなの……無理よ」
そう言うとクローディアは気が抜けたように力なく椅子に腰を下ろすのだった。
☆☆☆☆☆☆
日が暮れ落ちようとする新都では、戦時下ゆえに今までとは違った慌ただしい空気が流れていた。
皆、食事を急いでとり、武器の手入れなどの戦の準備に取り掛かっている。
「夕食後、アーシュラがおまえに面会したいそうだぞ。ボルド」
夕飯時になり一時的に帰宅したブリジットは開口一番ボルドにそう言った。
「アーシュラさんが?」
「ああ。クローディアからアタシに話があった。アタシにも立ち会ってほしいそうだ」
「そうですか……どうしたんだろう」
いつもアーシュラと訓練を行うのは午前中の1時間ほどだ。
こんな時間に彼女が訪ねてくるのは初めてのことだった。
それからほどなくして夕食を終えたブリジットの天幕にアーシュラが顔を出した。
「お食事後の休憩中に申し訳ございません。ブリジット。無礼をお許し下さい」
そう言ってブリジットの前に膝をつき、頭を垂れるアーシュラに、ブリジットは鷹揚な態度で椅子を勧めながら言った。
「そう固くなるな。だが手短に頼む。アタシはこの後も軍議があるのでな」
「はい。心得ております」
そう言うとブリジットとボルドが椅子に腰かけるのを待って、アーシュラは自分もその対面の椅子に腰を下ろした。
そして自分がこれから向かう仕事のことを手短に説明する。
話を聞いたブリジットは静かに頷いた。
「そうか。やはり黒き魔女は恐怖で部下を縛りつけているのだな。愚かな女だ。それにしてもアーシュラ。大変な任務だが、これを成功させれば大きな戦果になる。大事な仕事だな」
そう言うブリジットにアーシュラは神妙な面持ちで頷いた。
そしてボルドに目を向ける。
「ボルド……いえ、ボールドウィン。ワタシはしばらく不在にいたします。これまで訓練したことを活かして、この新都のためにがんばって下さい。あなたの力がこのダニアの皆を守る一端になるかもしれません。そして……ブリジットの前でこのようなことを言うのは恐れ多いのですが、我が主クローディアの力になって差し上げて下さい。どうかお願いします」
そう言うとアーシュラは再び頭を深々と下げた。
その姿にブリジットとボルドは顔を見合わせる。
そして頷き合うとアーシュラに激励の言葉をかけた。
「アーシュラさん……分かりました。微力を尽くします。せっかくアーシュラさんに訓練していただいたのですから。アーシュラさんも、どうかお気をつけて。必ず無事に戻ってきて下さい」
「アーシュラ。こちらのことは案ずるな。アタシとクローディアが揃っている限り、相手がどんな強敵だろうと負けはせぬし、女王2人が互いを守り合えば必ず生き残れる。朗報を待っているから、用心して行ってこい」
2人の言葉にアーシュラは迷いのない顔で応えた。
「はい。行ってまいります」
その夜、新都は一晩中煌々と灯かりが焚かれ、不夜城の様相を呈していた。
いつ敵が攻めてくるか分からない緊張感の中、アーシュラはジリアンとリビーに護られながら新都を発った。




