第262話 『戦時下へ』
「ワタシを……デイジーの元へ向かわせて下さい」
意を決してそう言うアーシュラに、クローディアは驚きの声を漏らす。
「何ですって?」
「デイジーと会って直接彼女から真意を聞きたいんです」
アーシュラは真剣な面持ちでそう言った。
だがクローディアは困惑してすぐには首を縦に振れずに眉を潜める。
「危険だわ。彼女が本当に味方かどうか分からないのに」
自分がアーシュラの護衛についていくことは出来ない。
それゆえに今、アーシュラをこの新都から離れさせるのは心配で仕方がなかった。
これまでもアーシュラに単独任務を任せることはあったが、今は戦時下であり、どこにアメーリアの手の者が潜んでいるか分からない。
それでもアーシュラは彼女にしては珍しく強い口調で言った。
「今動かないと、明日にはもう敵が迫り、身動きが取れなくなってしまいます。ワタシがここにいてもお役に立てることは多くありません。お願いします。クローディア。どうかワタシを行かせて下さい」
「アーシュラ……」
「細心の注意を払って行動します。それでももし私が敵に捕まり人質とされてしまうようなことがあれば、その時はそれが運命だと思い、どうか打ち捨てて下さい。クローディアとして非情なご決断を」
決然とそう言うアーシュラにクローディアも覚悟を決めた。
彼女はこの統一ダニアのために自分の出来ることをしようとしている。
そんな彼女を信じようと思った。
一番の友を危険に晒すのは勇気のいることだが、アーシュラは守られているだけの弱い女じゃない。
そう考えたクローディアは女王らしい口調で毅然と言った。
「いいわ。護衛をつけることを条件に許可します」
「し、しかしこの大事な時期に、戦える人材を割いていただくわけには……」
「ダメよ。せめて少人数でも護衛をつけなさい。そうしなければ認めないわ」
隠密行動のため人数が多くては目立つ。
それでもクローディアはアーシュラをたった1人で行かせる気は毛頭なかった。
クローディアが自分の身を案じてくれるのを感じ、アーシュラはおとなしく引き下がる。
「承知いたしました。無理を聞き入れ下さり、ありがとうごさいます。クローディア」
そう言って深々と頭を下げるアーシュラをクローディアは優しく抱き寄せた。
「死んではダメよ。いいわね。あなたは……大切なワタシの友達なんだから」
「……クローディア。はい。必ずデイジーと協力し、加勢を連れてあなたの元へ戻ります。待っていて下さい」
そう言うとアーシュラもクローディアを抱きしめ返した。
主ではなく友として。
☆☆☆☆☆☆
クローディアとアーシュラが仮庁舎から再び広場に戻ると、そこは大きなどよめきに包まれていた。
その雰囲気を奇妙に思ったクローディアはその場にいるブリジットに問う。
「何があったの?」
「トバイアスだ。あの男が公国首都からこちらに向かって進軍している」
そう言うとブリジットは広場に新たなその報告を持ってきた兵に再度、クローディアに報告を行うよう命じた。
その若き女兵士は緊張の面持ちでクローディアの前に立つ。
「申し上げます。公国首都付近に潜ませている斥候から鳩便が届きました。トバイアスが約4千人の兵を従えてこちらに進軍しているのを確認。黒き魔女も同行しています。ここへの到達までおよそ……2日の見通しです」
その報告にクローディアは努めて落ち着いた表情で問う。
「4千人の内訳は?」
「赤毛の女戦士らと漆黒の鎧の兵士らがおよそ半々です」
その報告にクローディアは思わず顔をしかめた。
クルヌイ砦や先日の宴会場襲撃の際に、漆黒の鎧兵士とは幾度も渡り合ったからだ。
薬物によって心身を蝕まれ、痛みも恐怖も感じることなく向かって来る厄介な敵だった。
宴会場では勝利したとはいえ、多くの仲間を失った。
あの夜の怒りを思い出し、クローディアは唇を噛んだ。
その隣ではブリジットが厳しい表情で呟く。
「北と南から挟み打ちか」
北の公国首都から向かって来るトバイアスとアメーリア。
そして南の王国領ロダンから向かってくる南ダニア軍。
二つの勢力が合流すれば、その数およそ2万人。
新都は近日中にその大軍勢と対峙することになる。
その報告にブリジットはクローディアと頷き合い、則座に立ち上がって宣言する。
「現時刻をもってこの新都に緊急事態宣言を出す。これ以降は戦時下と見なし、全ての通常業務を停止。防衛要綱に従い、すみやかに全住民に戦時体制移行の通達をせよ!」
「はい!」
ブリジットの号令に一同は声を上げる。
そんな皆にクローディアが追加の指示を出した。
「城壁の未完成部分に厚めの防衛線を敷きなさい! 敵は必ずあそこを狙ってくるわ! 大至急よ!」
すぐにその場にいる全員が各方面に散らばって駆け出す。
全住民への通達を行うために慌ただしい声が夜の新都にこだました。
皆が解散した広場に残された2人の女王は顔を見合わせる。
「時間が……足りなかったな」
「ええ。もっと準備を進めたかったわね。でも、やるしかない。ここで負けたらワタシたちに未来はないのだから」
そう言うクローディアにブリジットは頷く。
統一ダニアの旗揚げ早々、新都は最大の危機に見舞われることになったのだった。




