第260話 『もたらされた報せ』
「不審な男が城門の前に立っています」
夕方、会議を終えたばかりのブリジットとクローディアはその報告に眉を潜めた。
クローディアの隣には無言でアーシュラが控えている。
「不審な男? 何が不審なの?」
クローディアの問いに、報告を行った赤毛の女兵士は困惑の表情でアーシュラをチラリと見るとすぐにクローディアに向き直り、告げた。
「それが……何を聞いてもアーシュラに会わせろとしか言わないのです」
「アーシュラに?」
思わずそう聞き返すとクローディアとアーシュラは互いに顔を見合せる。
クローディアが彼女と共に過ごすようになってから数年、彼女への来客など初めてのことだった。
「アーシュラ。心当たりはあるの?」
「もしかしたら……砂漠島の人かもしれません」
以前は続いていた砂漠島からの連絡は、この一ヶ月ほど途絶えたままだ。
そのことはクローディアもアーシュラも気になっていた。
「武器などは持っていないようですが、念のため拘束して城門の外で捕らえています」
「そう……分かったわ。話を聞きましょう。庁舎前の広場まで連れて来なさい。あとベリンダを呼んで来て」
「かしこまりました」
そう言うと伝令の兵はすぐさま踵を返して城門へと向かった。
クローディアは仮庁舎の窓から下を見下ろす。
そこには人々に告知をするための舞台が設けられた広場がある。
「アーシュラ。一応あなたはここから見ていて。ワタシが安全だと確信したら呼ぶから来てちょうだい」
「分かりました。お願いします」
「アタシも行こう」
アーシュラを残し、ブリジットとクローディアは広場へ向かう。
ほどなくして女王たちの待つ仮庁舎前の広場に1人の男が連れて来られた。
それは赤毛を短く刈り込んだ中年の小男だった。
クローディアはその男の髪色を見て眉を潜める。
(ダニアの……男だわ)
この大陸においてダニアは本家、分家ともに男は皆、剃髪する。
だが砂漠島ではそうした文化が完全には根付いていないようで、部族によっては赤毛が伸びたままの男を幾人も見かけた。
元は同じ民族であったであろうダニアでも、その文化に違いがあるのだとクローディアは驚いたものだった。
後ろ手に縛られたその男は両膝をつき、背後から2人の女兵士に押さえ込まれる格好で頭を垂れている。
クローディアは彼に声をかけた。
「頭を上げていいわよ。ワタシはクローディア。ワタシの部下のアーシュラに用があるそうね。彼女への連絡はワタシを通してもらうけれど、それでいいかしら?」
その言葉に男は顔を上げ、静かにクローディアを見つめる。
そしてまったく気負いのない顔で男は名乗った。
「はい。私は砂漠島のクライド氏の元で働いていたチャドと申します。アーシュラ殿への手紙を届けに参りました。手紙の主はデイジーという娘です」
デイジー。
クローディアはその娘を知っていた。
ダニアの女らしい、勝気な娘だった。
アーシュラの幼馴染であり、クローディア自身も砂漠島を訪れた際に会ったことがある。
「デイジーから手紙をあなたが預かったというわけね。彼女は今どこにいるの?」
「先日までロダンの街に駐留しておりましたが、今はグラディスという将軍の率いる軍勢の元でこちらへ向かっております」
その話にその場にいる一同の顔色が変わった。
敵がこの新都に向かって来ている。
そのことがその場に緊張を走らせた。
腕組みをしたまま黙って見つめていたブリジットが口を開く。
「やはり来たか」
その言葉に頷くとクローディアはチャドに問う。
「デイジーは敵軍に所属しているというわけね。その彼女が我らにどのようなことを伝えようと言うの?」
「私の口からは申し上げられません。手紙の内容をご確認いただき、ご判断いただきたく存じます」
チャドはそう言うと口を閉ざす。
彼が持ってきた手紙はあらかじめ衛兵の1人が奪っておいた。
衛兵の女はそれをクローディアに手渡そうとしたが、そこで声が響く。
「お待ちなさい。その手紙はワタシが最初に拝見します」
その場に現れたのは長い銀髪の女だ。
クローディアの従姉妹であるベリンダだった。
彼女は白い手袋にゴーグルを着用した姿で衛兵から手紙を受け取った。
手紙に毒物を仕込んでクローディアの毒殺を図る手合いかもしれないため、毒と薬に精通したベリンダがこの役を務めるのだ。
衛兵が素手で持っていたことから、毒物などの類は仕込まれていなさそうだと思ったが、ベリンダはその手紙を慎重に開ける。
果たしてそこには毒物は仕掛けられておらず、それは単なる手紙だった。
ベリンダはその内容に少し驚いたような顔を見せ、それをクローディアに差し出す。
「クローディア。危険はなさそうですわ。内容は少々驚きですけれど」
クローディアは手紙を受け取るとその中身に目を通し、思わず深く息をついた。
確かに内容は驚きのものだった。
そしてこれをアーシュラに見せるのは少しためらわれる。
(あの子……ショックを受けるわ)
そのことを思うとクローディアは胸が痛んだ。
それでもこの手紙は彼女に見せなければならない。
本当に彼女の幼馴染であるデイジーが書いたものであるかどうか、少なくともクローディアには判別がつかないのだから。
「ブリジット。この場を任せていいかしら」
そう言うクローディアにブリジットは頷き、跪く男の前に歩み出ると彼を見下ろして言う。
「チャドとか言ったな。おまえはそこでもう少しそうしていろ。手紙が確認されたら拘束を解いてやる」
それを見届けるとクローディアは手紙を手に、アーシュラの待つ仮庁舎の中へと戻って行った。




