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第259話 『新都への訪問者』

「なるほど。西側の一部は城壁がまだ完成してないわけか。侵攻があと1ヶ月ほど遅れていたら厄介やっかいなことになるところだったわね」


 イーディスは森の木陰こかげから統一ダニアの新都を遠くに見据みすえてそう言った。

 彼女が単身でこの近辺に潜伏して1日。

 グルリと新都の周りを一回りしてみて色々と分かったことがある。

 もともと高い岩山の上にある新都の外部をグルリと取り囲む防壁の高さはおそらく5メートルほど。

 岩山の周囲が平地であり高台がないため、投石機ではあの防壁を越えて攻撃することは不可能だろう。


「ここに目をつけたクローディアは本当にこざかしいわね」


 攻めにくく守りやすい地形だ。

 だが、新都の東側に防壁が未完成の部分が幅200メートルほどはある。

 もちろん岩山の上なので大勢で一気に突入することは難しいだろう。

 ただそこは断崖絶壁というほどではなく、緩やかな岩の斜面となっている。

 付けいるすきがまったくないというわけではなかった。

 

「さて、黒き魔女はここをどう攻めるのかしら」 


 イーディスはまるで他人事のようにそう言った。

 アメーリアらが到着するまであと2日ほどはかかる。

 それまでに出来る限り情報は調べておく必要があった。


 的確な報告を黒き魔女は期待しているであろうし、その期待を裏切ることは自分にとって良いことではない。

 最低限の仕事はしておかなければならないだろう。

 そう思ったその時、イーディスは少し離れたところから馬のひづめが大地を蹴る音が近付いて来るのを聞いた。


(2騎ね)


 イーディスは即座に茂みの中に姿を隠す。

 それから1分ほどして、彼女の視線の先を一頭の鹿が駆けて行き、それを追いかける2騎の騎兵が駆け抜けていった。

 馬に乗っていたのは赤毛の女たちで、弓を手にしている。

 イーディスは彼女たちが十分に離れていったところで、音もなく茂みから姿を現した。


「狩りか。ご苦労なことね」


 現在、イーディスは新都から1キロほど距離を取っているが、これまでもああして近くを赤毛の女たちが通り過ぎていくのを幾度か見かけた。

 そのたびにイーディスはこうして姿を隠す。

 おそらくもっと新都に近い場所ではさらに多くの女たちが狩りや見回り、採集などに駆り出されていることだろう。


「やはり相当な量の食料調達は必要みたいね。あの壁の中では十分に食料が得られないんだわ。ということは長期的な戦いには不向きってことは間違いないわね」 


 イーディスはこうして新都について情報を一つずつ積み上げていく。

 こうした情報の一つ一つが戦の際に積み重なって、敵の防壁に穴を穿うがつことを彼女は知っているからだった。


「あとは侵入経路ね。どの方角からが一番見つかりにくいか考えないと……」


 そう言いながら森を出ると周囲を見回し、イーディスは2キロほど北側に小高い丘を発見した。


「あれは……」


 その丘には多くの木々が生い茂っていて、身を隠しながら周囲を見回すにはうってつけの場所だった。

 

「今夜はあそこで一晩明かすしかないわね。まったく。野宿が続くと肌荒れするから嫌なのに」

 

 イーディスはそう言って嘆息すると小走りで駆け出した。


 ☆☆☆☆☆☆


 仮庁舎では今日も2人の女王と紅刃血盟会の面々による会議が行われていた。

 

「王国に残った者たちを引き揚げさせる計画はないのか?」


 ブリジットの問いにクローディアは首を横に振った。

 つい先日まで分家の者たちが暮らしていた王国領ダニアの街には、今も残っている者たちがいる。

 すでに動くことが困難なほど年老いた者や病気の者ら200人ほどだ。

 老い先の短い彼らは新たな暮らしに踏み出すことなく、街と運命を共にするとのことだった。


「皆もう動く体力気力がないの。話によると今は王の恩赦おんしゃを受けて、街で暮らすことを許されているそうよ。母が必死に王に頼み込んでくれた結果ね」


 そう言ったクローディアの顔は苦渋くじゅうに満ちている。

 本当ならば女王として彼らを最後まで面倒見なければならなかった。

 事情はどうあれ、彼らを見捨てて置き去りにされたと言われれば返す言葉もないのだ。

 ブリジットは彼女の苦悩を思いやり、その件についてはそれ以上の言及はしなかった。


「先代はどうなされている?」

「……無事よ。だけど自室の前に見張りの兵をつけられて、出入りするのも王の許可を得てからじゃないと出来ないみたい。軟禁状態ね。妹のチェルシーとは引き離されているそうよ。多分、王は母がチェルシーを連れて逃げることを恐れているんだわ」


 クローディアの異父姉妹となる幼きチェルシーを王はこよなく愛している。

 その存在があるからこそ、王は先代クローディアに厳罰を与えずにいるのだ。

 全ては当代クローディアとなるレジーナの行動の結果だ。

 多くの者を救うために、少数の者を犠牲にすることとなってしまった。

 そのことから目をそむけずにクローディアは泰然と言った。 


「ワタシの責任よ」 

「仕方ない。体の弱い者たちには無理な行程だ。先代も自らの意思で残ると決めたのだから、気に病み過ぎるな」


 そう言うブリジットだが、本家にも似たような懸念けねんがあった。

 本家の隠れ里である奥の里には老いて引退した女戦士や小姓こしょうら、そしてまだ成人する前の子供たちがいる。

 その数は2000人ほどにも上るだろう。

 彼らを今後どうするのか早急に決めなくてはならない。


 奥の里の正確な場所は以前は本家の人間以外には秘匿ひとくされていたが、分家の襲撃時にその場所が露見していた。

 クローディアの話によれば亡きバーサはその場所を分家の人間以外には知らせていないものの、その後、ダニアの中には裏切り者が出てしまった。

 そのため、すでに王国や公国にも場所を特定されている恐れがある。

 もし奥の里を襲撃され、戦えぬ者たちを人質に取られようものなら、ブリジットはクローディアと同様に苦しむことになるだろう。

 

「奥の里はどうするつもり?」


 クローディアの問いにブリジットはわずかに考え込む。

 今までは年に一度ほど帰っていたその場所に、今後はおいそれと帰れなくなるかもしれない。

 距離的には移動が無理な道のりではないが、この新都に住む以上、今までとは本家の生活が変わってくる。

 一年をかけて公国南部を回って略奪家業を行う旅暮らしを続けていた本家にとって、奥の里は唯一の定住地だった。


 ただ、そこはあくまでも年老いた者たちの隠居の場であり幼い者たちの育成の場。 

 そのせまさや山深い周辺環境を考えると、本家の者全員が通年で住める場所ではなかった。

 今、こうして新たな定住の地を得た本家の暮らしは大きく様変わりし、奥の里の存在意義は今後、薄れていくことになる。

 ブリジットは以前より考えていたことを口にした。


「今後は時間をかけ、何段階かに分けて里の者たちをここへ移住させようと思っている」


 ブリジットの話にクローディアは即座にうなづいた。


「その方がいいわ。ここなら年嵩としかさの者達も暮らせるだけの広さがあるし、奥の里より冬も厳しくないから暮らしやすいと思うわよ」


 それから会議が続き、夕方近くになってようやく本日の打ち合わせが終わろうかという時に、会議室に1人の兵士が報告に訪れたのだ。


「不審な男が城門の前に立っています」


 その報告にブリジットとクローディアは顔を見合わせるのだった。

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