第253話 『女王たちの茶会』
昼食時だった。
仮庁舎の一室ではブリジットとクローディアが2人で食事をしている。
給仕をする小姓の姿もなく、部屋には2人きりだ。
ブリジットからの提案で、2人で昼食を共にしようということになったのだ。
しかし先日、本気の取っ組み合いをしたばかりの2人であり、会話は弾まない。
何となく2人とも黙々と食べ物を口に運ぶばかりだった。
これではいけないと、クローディアは努めて明るい声を出す。
「まさかあなたから誘って来るなんてね。ちょっと意外だったわ」
クローディアは白パンに葡萄のジャムを塗って口に運びながらそう言う。
一方のブリジットは牛の乳を飲み干すと、木の器をテーブルに置いた。
「この前のこと。悪かったな」
「それはお互い様よ。というか食事の時にそんな暗い顔はやめてよ」
「暗いとは何だ。アタシは元々この顔だ」
「嘘おっしゃい。あなた、自分では分かってないかもしれないけれど、ボルドと一緒にいる時はもう少し優しい顔をしているわよ」
「フン。ところで、その呼び方だけどな……ボールドウィンでいい。おまえはそのほうが呼びやすいだろう」
突如もたらされた意外なその話をクローディアは訝しむ。
「……ここでの彼の正式名称はボルドでしょ?」
「ああ……だがおまえやジリアンたちにとってはボールドウィンだろう」
「どういう風の吹き回しよ」
思わず眉を潜めるクローディアに、ブリジットはわずかにバツが悪そうな顔を見せたが、すぐに気を取り直すと静かに言った。
「……アタシと離れている間、懸命に生きていたボルドの時間を否定したくない。ここでボールドウィンとして過ごした時間も、確かにあいつの人生の一部なんだ。だから人前であろうと気兼ねなく、あいつをボールドウィンと呼んでやってくれ。きっとそのほうがボルドも喜ぶ」
先日の喧嘩の時とは真逆のことを言うブリジットの変わりように、クローディアは思わず邪推してしまう。
おそらく彼女は、ゆうべはボルドと互いを慰めるように睦み合ったのだろう。
ボルドの優しさと一途な愛情がブリジットの心を柔らかくほぐしたのだと思うと、クローディアはつい意地悪なことを言いたくなった。
「昨日とはまるで別人ね。愛は人を変えるのかしら」
そう言う自分の言葉が思いのほか刺々しく感じられ、クローディアはすぐに態度をあらためた。
「冗談よ。言い方が悪かったわね。悪く取らないでちょうだい」
すぐさまそう言って自分の至らぬ口調を詫びるクローディアに、ブリジットは気を悪くした様子もなく言葉を返す。
「分かっているさ。しかしおまえ……アタシより年下のくせに妙に落ち着いているな」
「勇ましい姉のブリジットと、思慮深い妹のクローディア。ダニアの歴史書にそう書かれていたでしょ。きっと初代から受け継がれる気質よ」
クローディアの言葉にブリジットはじっと彼女を見た。
目の前にいるこの美しい銀髪の女王とは、血を遡れば同じ先祖に辿り着く。
だというのに、ほんのつい最近までブリジットはクローディアのことをまったく知らなかった。
もっと彼女を知るべきだという思いと、彼女を知りたいという気持ちがブリジットの胸に湧き上がる。
「これからはこうして2人で話す機会も増えるだろう。色々と話をしておきたい。もはや共に歩む仲間なのだから」
「ブリジット……そうね。いい考えだわ」
そう言うとクローディアは立ち上がった。
そして室内の暖炉脇に置かれた陶器の急須を手に取り、適度に温められた湯で2人分の紅茶を淹れる。
そして片方の茶器をブリジットに差し出した。
ブリジットはそれを受け取ると、その温かさを感じながらクローディアに目を向ける。
「……ありがとう。ジャムはいるか?」
「ええ。野いちごでお願い」
クローディアの言葉に頷くと、ブリジットは赤いジャムの入った瓶を彼女に手渡す。
2人は紅茶の入ったそれぞれの器の中に各々好きなジャムを沈めて、それをかき混ぜるとゆっくりと味わった。
静かな部屋の中、2人が紅茶を飲む音だけが響く。
やがてブリジットが話を切り出した。
「なぁ……これは決して興味本位というわけではないんだが、クローディア。おまえはその……ボルドのどこを好きになったんだ?」
唐突な質問にクローディアは思わず動揺して声を上ずらせる。
「な、何よ。急に。そんなの聞いても楽しくないわよ」
とても自分の情夫に横恋慕している女にする質問ではない。
そう思ったクローディアだが、ブリジットは落ち着いた声で言った。
「話したくないなら無理には聞かない。だか、何かあいつを好きになるきっかけがあったんだろう? ボルドはあの通り顔立ちは整っている。本家の中でも女たちにジロジロ見られていたからな」
ブリジットの話は理解できる。
初めてここにボルドを連れてきた時、ジリアンやリビーらダニアの女たちが彼を見てすぐに色めき立っていた。
ボルドのような美しく儚げな男を好む女は多いだろう。
だが、自分はボルドを見た目から好きになったわけではないとクローディアは思った。
その優しい人柄と穏やかな口調に惹かれたのだ。
彼を好きになったのはいつの頃だろうか。
そう思い返し、あの森の小屋での一夜が脳裏に甦る。
体調を崩したクローディアをボルドが看病してくれたのだ。
思わず顔が熱くなるのを感じて手で扇ぐと、そんな自分をブリジットがジッと見つめていることに気付いた。
「……何を思い出している?」
「べ、別に……ワタシは彼の優しさに救われたから」
「……何があったんだ?」
「お、教えないわよ。無理に聞かないんでしょ?」
そう言うとクローディアはわざとおどけて肩を大仰にすくめた。
あの夜のことは気恥ずかしくてとても人には話せない。
体調を崩して心身共に弱った彼女は、まるで幼子のようにボルドに甘えたのだ。
ボルドには彼女をそうさせるだけの優しさと懐の深さがあった。
けれどそれをブリジットに伝えないのは、何も羞恥心からだけというわけではない。
(あの思い出だけはワタシだけのものだから)
ブリジットにはブリジットにしかない彼との思い出があり、その時間と濃さは自分の比ではないだろうとクローディアは思う。
当然だ。
2人は恋仲であり、自分は蚊帳の外の部外者なのだから。
だからこそ一つくらいは彼との大切な思い出を自分の胸に留めておきたかった。
そんなクローディアの内心を知らず上手くかわされた格好のブリジットは、降参とばかり諸手を上げる。
「分かった分かった。無理には聞かない。悪かったな」
そう言うブリジット自身もわずかにホッとしたような表情を浮かべている。
おそらく聞きたくない気持ちも半分あったのだろうと彼女の気持ちを推し量り、クローディアは何だかおかしくて少し笑った。
「ふふふ。ボルドは素敵な子だから、愛想尽かされないように大事にするといいわ」
微笑を浮かべて柔らかな口調でそう言うとクローディアは立ち上がる。
「ブリジット。今日は誘ってくれてありがとう。こういう機会をもっと設けましょ。近いうちに今度はワタシから誘うわ。次は夕飯にしましょうね」
「ああ。楽しみにしている」
そう言うと2人の女王は互いに視線を合わせて頷く。
女王2人の間にはまだ固い空気が残っていたが、2人は互いの努力でそれを少しずつ解きほぐそうとしている。
その胸の底には、この地に根を張り、新たなこの暮らしを確立することで、今後数百年に渡って一族の暮らしを安定させたいという、女王としての共通の願いがあるのだった。




