第250話 『消せない心の炎』
「交代の時間だ。デイジー」
ダニア本家のブリジットに襲撃されてから数日後の王国領・南都ロダン。
街を守る城壁の上の通路で夜通し見張りの任務に当たっていたデイジーは仲間たちの呼び声を聞くと舌打ちをして、固くなった腰を伸ばした。
「チッ。遅えよ」
砂漠島からやって来たダニアの女戦士デイジーは若干17歳だ。
島では反アメーリア派のクライドの元で最後までアメーリアに抵抗した。
そして敗れ、仇敵であるアメーリアに屈してその軍門に下ったのだ。
ダニア本家の襲撃を受けて損害の出たロダンの南ダニア軍は、再襲撃に備えながら次の命令を待っているところだった。
本家の襲撃後、体勢を立て直すべくグラディス将軍率いる軍の面々が休息を取っている間、デイジーは1人動き続けていた。
他の女たちが酒や男にかまけている間もずっと1人鍛錬に打ち込んでいたのだ。
数日前にダニア本家の女王ブリジットを見たその時から、彼女は体の芯が熱く脈打って止まらなかった。
デイジーは人生の転機を感じている。
今、動かなければ自分はずっと変われないだろう。
その思いが彼女を突き動かしていた。
「死んだ時に自分を納得させられるだけの人生を送りてえんだよ」
1人路地裏でそう呟くと、デイジーはこの数日で考え動いてきたことを頭の中で整理する。
かつての仲間だったクライド派に所属していた女たちは、アメーリアの軍門に下った後、様々な部隊に分散して配属された。
一つにまとまることで反乱が起きることを恐れての人事だ。
そしてそうした配属先にはアメーリアに強い忠誠を誓った黒刃の者たちが監視のために漏れなく配属されていた。
敵対勢力を吸収併合する際の常套手段だ。
だがデイジーはこの数日でロダンの街を回って確信を得ていた。
かつての仲間たちは現状に不満を抱いている。
この黒き魔女の軍団には明確な序列がある。
早くからアメーリアに従っていた者たちは高い地位を与えられるなど厚遇されている一方、クライド派のように最後まで抵抗していた者たちは下っ端扱いで冷遇される。
そうした不満を持つ者たちを集めれば、それなりの数になるはずだ。
問題はその方法だった。
黒刃の者たちの監視がある中、あやしい動きはすぐに察知されてしまうだろう。
デイジーはこの数日、頭を捻っていたのだ。
そしてある方法を思いついた。
(オッサン。うまくやってくれてるかな)
そんなことを考えながらデイジーは自室に戻る。
すると部屋の前に1人の男が立っていた。
それは髪も髭も白い初老の男だが、その体はダニアの女たちに負けぬほど大きく、伸ばした背すじは男の頑健ぶりをうかがわせる。
デイジーは黙ってその男を部屋に招き入れた。
そしてすぐさま彼女はベッドにうつ伏せで寝そべる。
初老の男は同じくベッドの上に上がって膝立ちになると、その手でデイジーの腰を指圧し始めた。
途端にデイジーが心地よさそうな声を漏らす。
「ふぅ〜。効くぜ。セドリック」
セドリックと呼ばれたその男は按摩師だった。
熟練の指圧で女戦士らの体の疲れを取る役目の者たちだ。
戦闘で体を酷使することの多いダニアでは重宝される存在で、彼のように老人が多い。
セドリックは砂漠島にいる時からデイジーが馴染みにしている按摩師だ。
彼はデイジーの背中を指圧しながら声を潜めて言う。
「こき使いおって。あれしきの金では割に合わんぞ」
「何言ってんだ。たくさん客を取れて大儲けじゃねえか。逆に謝礼金でももらいたいくらいだぜ」
「年寄りに無理をさせるなと言っておるんだ」
「分かった分かった。割増料金は払うから。で、首尾は?」
その言葉にセドリックは指圧を続けながら首を巡らせて周囲を窺う。
部屋には他に誰もおらず、外からも物音は聞こえない。
セドリックはデイジーから話を持ちかけられた時、危ういと思いながらその橋を渡ることにした。
リスクを負うからには報酬はたくさんもらいたいが、引き受けると決めたのは報酬のためではない。
「皆、おまえの話に興味を持っている」
「だろうな」
デイジーは按摩師のセドリックを通してクライド派に所属していたかつての仲間たちにアメーリア軍からの離反と、統一ダニア軍への加勢を提案した。
按摩師の彼ならば各部隊に出入りしても、あやしまれることはないからだ。
この計画が上手くいけばアメーリアの寝首をかいて、あの憎らしい黒き魔女を亡き者に出来るかもしれない。
だがそれはかなり危険な賭けであり、情報が漏れれば彼女はグラディス将軍に捕らえられて処刑されるだろう。
本来ならば今は分家の女王クローディアに仕えているアーシュラと連絡を取ってから慎重に計画を実行したかったが、黒刃は鳩便などの外部との連絡を厳しく監視している。
そう簡単にはいかないのだ。
そうして身動きが取れないまま、このロダンに駐留している部隊には、近日中にここを出て統一ダニア軍の拠点に総攻撃を仕掛けるという噂が流れていた。
おそらくもうアーシュラとの接触を図る時間はないだろう。
そのためデイジーは行動に出た。
セドリックが危険を知りながら彼女に協力したのは、彼もまた亡きクライドに大恩があるからだ。
「だが皆、相手側の受け入れ態勢を不安視していた」
「……だろうな」
正直なところ、この計画が成功するかどうかはまったくの未知数だ。
下手をすればただの無謀な玉砕に終わる。
ブリジットが自分たちを受け入れる保証などどこにもない。
だが、それでも良かった。
状況を利用してアメーリアを攻撃できるなら本望だからだ。
「今ここで蜂起しなけりゃ、私はこの胸の炎を抱えたまま、自分の心に焼き殺されて死んじまうんだよ。あのアメーリアに思い知らせてやらなきゃ気が済まねえ。何でもテメーの思い通りにはいかねえぞってな」
そう言うデイジーの表情が憤怒に染まった。
セドリックは嘆息して指圧の力を強めた。
「変わらないな。おまえは。クライドもおまえのことは心配していたよ。早死にするってな」
「上等だ。クソ女の下に這いつくばって10年生きるくらいなら、刃向かって1年で死んでやらあ」
彼女はそう息巻くが、状況は簡単ではない。
アメーリアが2千人の兵を連れて出て行ったロダンに今、残っているのは1万6千人ほどの兵士たちだ。
2万人で砂漠島を出発したグラディス将軍の兵も、ロダンの攻略時やダニア本家からの攻撃を経て戦死者を出し、確実にその数を減らしていた。
そして戦死した者の半数ほどは元クライド派の者たちだ。
彼女たちは常に最前線で戦うことを強いられてきた。
当然の結果だ。
即ち今、蜂起したとしてデイジーに賛同して集まってくれるクライド派の女戦士はもう千人も残っていない。
「それより聞いた話だとな、統一ダニア軍への総攻撃に向けて砂漠島から最後の戦力が到着するらしい」
「最後の戦力? もうどの部族も人が残っていないはずだろ?」
「離れ小島の監獄を開放するらしい。1万人の囚人どもに恩赦を与えて戦力にするつもりだ。黒き魔女は本気だぞ」
かつての砂漠島での争いでは多くの反アメーリアの部族の者たちが捕らえられ、岸から数百メートル離れた小島の監獄に投獄された。
その数は1万人に上るという。
望外に飛び込んで来たその話にデイジーは思わず身を起こした。
「……囚人どもか。いけるかもしれねえぞ」
そう言って悪だくみをするかのような顔を見せるテイジーに、幼少時から彼女を知っているセドリックは思わず顔をしかめるのだった。




