第247話 『告白』
「ワタシ……あなたに帰れと言ったわよね。ボルドの元へ」
未完成の城壁のすぐ外。
篝火の灯かりがわずかに届く程度の暗がりの中、クローディアはブリジットに背を向けたまま怒りに肩を震わせながらそう言った。
「戻ろうと思ったさ。だが、それはおまえに指図されることじゃない」
ぶっきらぼうにそう言うブリジットに、クローディアは振り返ると声を荒げた。
「指図とかそんなくだらないことを言っているんじゃないの。あなたがボルドの傍にいれば、彼はケガをすることはなかった。どうして近くにいて守ってやらないの! 彼のこと大事なんでしょ!」
「それは……確かにアタシの落ち度だ。だが何度も言うがおまえには関係ない」
そう言うとブリジットは唇を噛む。
自分が傍にいればボルドを守れた。
それはクローディアの言う通りだからだ。
だがクローディアが自分の情夫のことでそこまで怒る道理があるだろうかと思い、そこでブリジットはあることを思い返す。
以前、屍の森という場所でクローディアらと緊急会談を行った際、ボルドが再会したクローディアに挨拶をした際、彼女が少し寂しげな表情を見せたのだ。
ブリジットはその時のクローディアの態度と表情に違和感を覚えた。
それからブリジットはクローディアが自分にかけてくる言葉の端々にボルドへの気遣いのようなものを感じては、自分の胸の違和感が少しずつ大きくなっていたことを思う。
「……まさかとは思うがクローディア。おまえ、ボルドのことを……」
信じられないといったようにブリジットは半ば唖然としながらそう言い澱む。
そんなブリジットの問いにクローディアはほとんど無意識のうちに口を開いていた。
その開かれた口から乾いた声で紡がれた言葉は……。
「ええ……好きよ。ワタシは……彼が好き」
クローディアはそう言葉にしてからハッと目を見開いた。
言ってしまった。
胸の中に秘めて押し殺してきたボルドへの想い。
自分でも認めようとしなかったその気持ちを自らの口で言葉にしてしまった。
もう……後戻りは出来ない。
自らの言葉で認めたことで、クローディアは揺れ動いていた自分の気持ちを完全に自分自身に思い知らせることとなったのだ。
感情が昂ぶり、胸の鼓動が激しくなる。
そんなクローディアの目から涙が零れ落ちた。
それは溢れ出す彼女の恋心そのものだった。
「おまえ……自分で何を言っているか分かっているのか? ボルドはアタシの情夫だぞ」
そう言うブリジットの声が震えている。
戦場で数多の修羅場をくぐり抜けてきたはずの無敵の女王であるブリジットが、クローディアの言葉に明らかに狼狽していた。
自分が愛する男に他の女がハッキリと好意を向けていることを認めたという事実が、ブリジットは恐ろしかったのだ。
今までそんな経験をしたことはなかった。
薄々は勘付いていた。
クローディアがボルドに向ける言葉や眼差しにただならぬ気配をブリジットは察していた。
だが、そんなはずはないとブリジットの心は己に言い聞かせていたのだ。
そんな誤魔化しは、クローディアの告白によってあっさりと打ち砕かれた。
「い、いつからだ……」
「彼が……ワタシの元にいた時からよ」
「まさかおまえ……ボルドに」
「手出しなんてしていないわよ。呆れた。彼のことを信じられないの? 情けないわね。ブリジット」
クローディアの言葉に、ブリジットは憮然とした表情を見せながら食ってかかった。
「何だと? アタシを侮辱するつもりか」
ブリジットは鋭い目でクローディアを睨み付けるが、クローディアは一歩も引くことなく彼女を睨み返した。
「侮辱されても仕方ないんじゃない? つまらない嫉妬でボルドを遠ざけて、彼に寂しい思いをさせ、挙げ句の果てに大事な時に彼を守ってあげられなかった。それで彼のことを愛していると言えるの? 笑わせないで」
「おまえに何が分かる!」
ブリジットはついに激昂してクローディアの胸ぐらを掴んだ。
「アタシはボルドをずっと愛してきたんだ。あいつがいなくなった後もずっとあいつだけを想い続けてきた。どのような想いでボルドとここまで過ごしてきたか、おまえに分かってたまるか!」
クローディアも負けじと自分の胸ぐらを掴むブリジットの腕を掴んだ。
自分よりも20センチは背の高いブリジット相手にもまったく怯むことなく、彼女は毅然と相手を見上げる。
「ワタシだってボールドウィンとの時間を過ごしてきた。あなたがいない間、彼を見続けてきたのはこのワタシよ!」
「黙れ!」
ついにブリジットは怒りに任せてクローディアを投げ飛ばそうとするが、クローディアは足を踏ん張ってそれに耐える。
そして力比べのような状況で両者バランスを崩して倒れ込み、取っ組み合いが始まった。
「ワタシの気持ちだって、あなたなんかには分からないわ! ブリジット! 彼に愛されていることに胡座をかいている傲慢なあなたにはね!」
「胡座などかいてはいない! アタシは誰よりもボルドのことを想っている! 部外者が余計な口を挟むな!」
そこからは互いを罵りながら掴み合い、殴る蹴るの応酬が繰り広げられる。
どちらも並みの女ではなく、ダニア最強として並び立つ女王たちだ。
壮絶な喧嘩だった。
双方とも顔を赤く腫らし、口元や鼻からは血を流している。
そうして新都の外れで人知れず繰り広げられる女王同士の諍いに一番最初に気付いた者がいた。
クローディアの腹心の部下・アーシュラだ。
彼女はクローディアを探していて、この場面に出くわしたのだ。
アーシュラは慌てて2人に駆け寄り、声を上げる。
「お、おやめ下さい! お2人とも!」
だがブリジットもクローディアも興奮状態のため、その声は届かない。
身を呈してでも止めるべきだと思うアーシュラだが、まるで獰猛な獅子同士が争っているかのような2人の喧嘩に割って入るのは到底不可能だった。
「くっ……」
このままではいけない。
そう思ったアーシュラは即座に踵を返して駆け出した。
(2人を止められるのは彼しかいない。早く……彼を呼んで来ないと!)
アーシュラは頭の中で必死に呼びかけを繰り返しながら、彼がそれに気付いてくれることに期待しつつ、彼を呼びに走るのだった。




