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第243話 『新たな暮らし』

「お疲れ様です」


 ボルドはそう言って、労働者たちに配るための焼き菓子がしとほのかに甘く味付けされた茶を入れた竹筒をアデラに差し出した。

 彼女は笑顔でそれを受け取る。


「ありがとうございます。ボルドさん」


 アデラはダニアの中では異色の存在だとボルドは常々思っていた。

 ダニアの女たちはベラやソニアのように荒々しい性格の者がほとんどだ。

 だがアデラは穏やかな性格であり、口調も物腰も柔らかい。

 本人が言うには物心ついた時にはそうした性格だったらしい。


 だが、鳥を操っている時の彼女には、ダニアの女特有の凛々(りり)しさがあるともボルドは思っていた。

 特に先ほどのすさまじい鳥使いの技術を行使した時のアデラは鬼気迫る表情をしていた。

 

「先ほどのはやぶさたちを見ました。すごいですね。あんなふうに鳥たちを扱えるなんて」


 ボルドの言葉にアデラは少し困ったように笑う。


「このこと、鳶隊とびたいの人たちには内緒ないしょにしておいて下さいね。実は隊長たちからは基本的に使用を禁じられている技法なので」


 そう言うとアデラは声を潜めてボルドに事情を説明する。

 先ほどのはやぶさたちが見せたのは『天雷』と呼ばれ、古くから伝わっている鳥使いの技法のひとつだった。

 だが、一歩間違えると鳥たちを大量死させてしまったり、操者を死傷させてしまう恐れがあるため、現在では使われていない。

 アデラはこの技を使えるが、隊長たちからは良い顔をされないということで、鳶隊とびたいの面々が近くにいない時にコッソリと練習しているとのことだった。


(そう言えば……)


 ボルドはアデラの境遇に思い至った。

 彼女は鳶隊とびたいの中でも飛び抜けた才覚を持ち、鳥との信頼関係は群を抜いていたらしい。

 だがそのせいかその行動が鳶隊とびたいの面々からはいささか突飛に見られることがあり、彼女は仲間たちからあまり良く思われていないらしい。


「アタシは……あまり皆に好かれていないんです。こんな性格ですし」


 そう言うとアデラはボルドからもらった焼き菓子がしを一口かじった。

 彼女の言うことは何となく分かる。

 荒くればかりのダニアの中で、彼女のようにおとなしい性格であれば周りからうとまれることもあっただろう。

 アデラは今までの人生を思い返しながら少しだけその目に悲しみの色を宿した。


「自分でも不思議ふしぎです。何でこんな性格でダニアに生まれたのか。生まれる場所を間違えたんじゃないかって思います」

「そんな……」

「子供の頃はよく周りからいじめられて泣いていましたし、たぶんアタシはこの先ずっと鳥にしか認めてもらえないんだろうなって思っていたんです」


 そう言うとアデラは竹筒を開けて茶を飲み、ゆっくりとその味を堪能たんのうする。 

 そんな彼女の目にはすでに落ち着いた光が宿っていた。

 

「でもブリジットはアタシを認めて下さった。だからアタシもやれることは全てやりたいんです。ブリジットのために。一族のために。アタシの力でも何かに役立つことがあるかもしれないから」


 実際、アデラの能力は唯一無二のもので、それによってブリジットらは助けられている。

 それは彼女でなければ出来ないことだった。

 ボルドは静かに拳を握り締め、アデラを見つめて言う。


「アデラさんは生まれる場所を間違えてなんていないですよ。そんなにすごい技術で皆を助けられるなら、アデラさんはダニアに必要な人だと思います」

「ボルドさん……ありがとうございます」


 アデラは今度は少し面映おもはゆそうに笑うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「ブリジット。そろそろ自分の天幕に戻りなさいよ。あなたの情夫がさびしい思いをしているわよ」 


 クローディアは疲れてボーッとする頭を冷やすために窓を開けた。

 夕方近くなり、冷たい風が吹き込んでくる。

 だが、それが心地良かった。


 彼女の後方ではブリジットが机にかじりついたまま、新都防衛の案を考え続けている。

 彼女はもう3日もここで寝泊りをして仕事を続けていた。

 ブリジットはクローディアの言葉にムスッとした顔で言葉を返す。

 

「心配してくれるのはありがたいが、今優先すべき仕事はこの場所にある」

「別に遠くの街に帰れって言っているわけじゃないのよ。歩いて10分で帰れるんだから自分の天幕で寝起きすればいいでしょう」


 あきれた口調でクローディアがそう言うと、ブリジットは机から顔を上げて彼女を見た。


「以前から気になっていたんだがクローディア。おまえ、やたらとボルドを気にかけるな。何かボルドに思うところでもあるのか?」

「……どういう意味?」


 そう聞き返しながらクローディアは自分の言葉がブリジットと同じように刺々(とげとげ)しくなっていることに気付いた。

 図星を突かれたからだと自覚はしている。

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ブリジットは肩をすくめた。


「……いや、何でもない。失言だったな。忘れてくれ」


 そう言うとブリジットは立ち上がった。


「ずっとこうしていても良案は浮かばんな。明日の朝また来る」


 ブリジットが出て行くのを見送るとクローディアは深く息をいた。

 ブリジットの言葉が頭の中に反響する。

 ボルドを気にかけている。

 ブリジットからそう見えるほど自分の気持ちが外にれ出てしまっているということに、クローディアは困惑した。


 自分では隠しているつもりでも、そういうものは他者に分かってしまうこともある。

 特にボルドを愛するブリジットは、他の女が自分の情夫に向ける好意を敏感に感じ取ったとしても不思議ふしぎではない。

 クローディアはあらためて気を引きめ、ボルドのことで熱くなり過ぎないよう自分に言い聞かせるのだった。

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