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第241話 『大公の勅命』

「トバイアス。そなたに特務長の地位を与える」

「はっ。つつしんでお受けいたします」


 公国の最高責任者である大公の前にひざまずき、トバイアスはうやうやしくこうべれる。

 十数人の側近たちが集まった大公の間には、軍の最高指導者であるビンガム将軍の姿は無い。

 三男である警備長ダスティンを亡くしたことからに……いや、とこに伏しているのだ。

 代わりに出席している長男のディーンと次男のデリックは、苦虫をつぶしたような顔で怒りに身を震わせながらトバイアスをにらみつけている。


 大公からの任命式でトバイアスが主役となることなど、彼らには断じて受け入れられないことであり、それが目の前で現実として起きていることにハラワタが煮えくり返る思いだったのだ。

 腹違いの兄たちの怒りの形相ぎょうそうを心地良く感じながらも、トバイアスは涼しい顔で大公の前にひざまずいている。

 そんなトバイアスに大公は銀でこしらえた宝剣を与えた。 

 戦うための剣ではない。

 特別な任務を下す相手に象徴として渡すものだ。


「そなたに勅命ちょくめいを下す。その内容は……」


 その勅命ちょくめいの内容にその場にいる一堂からはおどろきの声が上がるのだった。 


 ☆☆☆☆☆☆


「ダスティン警備長が殺されたらしいぞ。まるでけものに体中を食い荒らされたみたいなひどい有り様だったらしい」

「むごいな……警備長まで殺されちまうなんて、どうなっちまうんだよ。この街は。もう夜は出歩けねえぞ」


 人々のそんなヒソヒソ話に耳を傾けつつ、美貌びぼうの戦士イーディスは昼下がりの公国首都を歩いていた。

 向かう先はトバイアスの館だ。

 彼女は王国領のダニアの街で分家の十血長オーレリア暗殺任務から戻ってきたところだった。

 分家の頭脳と呼ばれるオーレリアを暗殺することで、クローディアら分家の戦力を低下させることが目的だったが、それは失敗に終わった。


「つまんないわね」


 イーディスが不満げなのはそれだけが理由ではない。

 いつもならば美しいイーディスが歩くだけで男たちが色めき立つのだが、この日は街を包み込む異様な雰囲気ふんいきのせいで街の者たちは皆、息を潜めるようにしていた。

 イーディスに声をかけてくる男もいない。

 それが気に入らなかった。

 連続殺人の首謀者にすぐに思い当たるイーディスはまゆひそめる。


(黒き魔女はけもの女を使って何をしているのやら)


 だがイーディスはすぐに興味を失くした。

 そんなことよりも今は自分の問題を考えるべきなのだから。

 トバイアスの館を訪れると、玄関で出迎えたのは使用人の老人ではなく、黒き魔女アメーリアその人だった。


「イーディス。おかえりなさい。ユーフェミアの件、よくやってくれたわね。オーレリアの方は残念だったけれど」


 アメーリアは満面の笑みを浮かべてそう言った。

 意外な出迎えにイーディスはわずかに面食らいながら頭を下げる。

 背中に固い緊張が走った。


「申し訳ございませんでした」

「いいから中に入りなさい。長旅で疲れているでしょ」


 笑顔でそう言うアメーリアの右手には、真っ赤な葡萄ぶどう酒がなみなみとたゆたうグラスが握られている。

 彼女は上機嫌だった。

 イーディスはそんな彼女に内心で鼻白みつつ、うやうやしく頭を上げて背すじを伸ばす。


(フンッ。男とよろしくやってたのね。いいご身分だわ。こっちはこき使われているってのに)


そんなイーディスの内心は知らずアメーリアは彼女を館の中に招き入れた。


「アメーリア様。オーレリアの件、申し訳ございませんでした。処罰はいかようにも」

「処罰なんてしないわよ。あなたみたいな働き者がいなくなったら、ワタクシが困るもの」


 そう言うとアメーリアはイーディスにも葡萄ぶどう酒を注いだワイングラスを差し出した。

 イーディスはそれを受け取りながらアメーリアの様子を探るように申し出る。


「オーレリア追撃の任をご命じ下さい」

「いえ、それはもういいわ。警戒されている中で二度目の襲撃は成功確率が低いし」


 アメーリアの言葉にイーディスの頭の中で警鐘けいしょうが鳴り響く。

 黒き魔女の命令を達成できずに彼女にめ殺されたダニアの女を、イーディスは砂漠島で何人も見てきた。

 ユーフェミアの暗殺こそ上手くいったが、オーレリア暗殺失敗の一件がそれで帳消しになるかはあやしいところだ。

 そのためイーディスは用意していた切り札を惜しみなく切った。

 

「オーレリアの暗殺は失敗しましたが、ダニアの街から情報を持ち帰りました。分家のクローディアがひそかに建造している新たな拠点の場所です」


 イーディスが新たな情報を持っていると知れば、アメーリアは容易に彼女を殺せなくなる。

 この場面でこの報告はそう思っての布石だった。

 そのためにイーディスは公国首都への帰還を少しばかり遅らせてでも情報収集に努めていたのだ。


 結果は上々だった。

 薬物で手なずけていた分家の女からの情報を得ることが出来たのだ。

 イーディスがその話をするとアメーリアはなかば面白がるように目を丸くして見せた。

 イーディスの思惑をすぐに見抜いたのだ。


「イーディス。あなたって賢い子ね。あなたが部下にいてくれるのは心強いわ。安心しなさい。ワタクシがあなたを殺すとしたら、トバイアス様に手を出した時だけだから」


 そう言うとアメーリアは目を細めて笑みを浮かべた。

 イーディスはトバイアスだけには手を出すまいと決めている。

 彼のこととなるとアメーリアは頭のネジが一本どころか数十本は飛んでしまう。

 彼女の言葉の通り、トバイアスに手を出した相手は誰であろうと惨殺されるだろう。


「ダニアの女どもの引っ越し先を突き止めたということか。それはすばらしい」


 不意に後方からの声が響き渡った。

 館の中は広いが物は少なく人もいないため、声が奇妙に反響してイーディスは顔をわずかにしかめた。

 振り返るとそこには白髪の美丈夫びじょうふが立っている。

 途端とたんにアメーリアが黄色い声を上げた。

 

「トバイアス様! おかえりなさいませ」

「ああ。大公殿下から勅命ちょくめいが下ったぞ。金と銀の女王を屈服させ、ダニアの戦力を本家分家ともに手に入れろと。相手があくまでも抵抗するならば……皆殺しにせよとのことだ」


 そう言うトバイアスにアメーリアは葡萄ぶどうしゅ酒のグラスを差し出した。

 彼はそれを一息に飲み干すと、イーディスに目を向ける。


「その情報。確かか?」

「……時間が無く、この目で確かめてはおりませんが、その場所に間者を向かわせております」

「そうか。では早めに情報を確定させてくれ。向かう先が決まれば後は総力戦だ」


 総力戦。

 トバイアスはそう言うとアメーリアに告げる。


「アメーリア。連れてきた2000人の兵に出兵準備をさせろ。そしてロダンのグラディスに鳩便はとびんを出せ。数日のうちにロダンを出て全軍を動かせるように準備をさせるんだ。そして今残っている死兵を街道沿いの森林に待機させよ。ドローレスを連れて行くことも忘れるな。イーディス。君は情報が確定したら先行して敵の拠点に向かい、ダニアの動向を探ってくれ」


 トバイアスはアメーリアの腰に手を回して彼女を抱き寄せる。


「アメーリア。いよいよ勝負の時が近付いてきたぞ。この戦いで俺は確固たる地位を手に入れる。だが……それもまだ覇道の途上に過ぎぬ。おまえは一番近くで俺の進む道を共に歩むんだ」

「はい。どこまでも付いていきます。トバイアス様」


 トバイアスの目に強い光が浮かぶのを、アメーリアは恍惚こうこつの表情で見つめるのだった。

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