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第240話 『黒い気持ち』

「彼はどうしたのよ?」

「なに?」


 仮庁舎での会議が終わり、簡単な食事会がもよおされる中、ブリジットは1人窓辺で風に当たっていた。

 そこにクローディアが声をかけてきたのだ。


「なに? じゃないわよ。あなたの愛しい情夫くん。数日ぶりに会ったんでしょ。明日から忙しくなるんだから、今のうちにもっと一緒にいてあげればいいのに」


 クローディアの言葉にブリジットの目が揺れる。

 だがすぐその顔に苛立いらだちが表れた。


「おまえには関係のないことだ。違うか?」


 その言葉にクローディアは思わずカッとなりそうになった。

 それは自分にぞんざいな言葉を向けられたからではない。


「あなたね。彼は……」


 そう言いかけてクローディアは口をつぐむ。

 彼女がカッとなったのはボルドがどんなにブリジットを想っているか、まざまざと見せつけられたばかりだからだ。

 そんな彼の気持ちも知らずにいるブリジットに腹が立った。


(彼はあなたの帰りを健気けなげに待って、少しでもあなたに心地よく過ごしてもらおうとしていたのよ)


 そう言ってやりたかったが、今それを自分が言うのは違うと思ったので、クローディアはこらえて言葉を飲み込む。


「いえ……そうね。ワタシには関係ないわ。でもね、そうしてイライラされていると周りにも悪影響が出るのよ。そんな時にあなたをいさめてくれたユーフェミアはもういない。なら自分で自分を律するしかないじゃない」


 売り言葉に買い言葉の押し問答もんどうをするつもりはないので、クローディアは努めてとげのない言葉を選んだ。

 本当はもっと怒鳴どなりつけてやりたかった。

 だが彼女の腹の中には怒りとは別の黒い気持ちがき上がっていた。

 だからブリジットにそれ以上ボルドのことは話さなかった。


(もし……2人が上手くいかなくなったら……)


 そうなれば自分にもチャンスがめぐってくるのではないか。

 そんなことを一瞬でも思ってしまったことに嫌気が差し、クローディアは腹の中の黒い気持ちを吐き出すように静かに息をついた。


「とにかく。あなた疲れているのよ。そう言う時に大事な判断は出来ないでしょ。休みなさい。ワタシがお節介せっかいできるのはそこまでよ」


 そう言うとクローディアはその場を離れた。

 その後ろ姿を見ながら、ブリジットはおのれの至らなさを感じてくちびるんだ。


「くそっ……あいつの言う通りだ。アタシは何をやっているんだ」


 思わずクローディアの背中に向けて、ボルドに近付かないよう部下をしっかりとしつけておけと言いたくなってしまったが、そんな恥知らずなことは出来ない。


「……帰るか」


 ブリジットはため息とともにそうつぶやくと、ボルドの待つ天幕へと戻っていった。


 ☆☆☆☆☆☆


 ブリジットと別れたクローディアは自分の天幕に戻っていったが、天幕の前ではジリアンが待っていた。

 彼女は通り過ぎる分家の女たちから冷たい視線を向けられながら、居心地いごこち悪そうに立っている。

 こんなところにいれば、かつての仲間たちから奇異の目を向けられることもあるだろうに。

 そう思ったクローディアは彼女に声をかけた。


「ジリアン。どうしたの?」

「あ、クローディア。実は……」


 クローディアはそう言いかけたジリアンを手で制し、彼女を自分の天幕へ招き入れた。

 人の目が気にならないところで話したほうが良さそうだと思ったからだ。

 クローディアは客間の椅子いすにジリアンを座らせると、自分もその対面の椅子いすに腰を掛ける。

 ジリアンは恐縮して立ち上がろうとするが、それをクローディアは再び手で制した。


「何かあったんでしょ。でなければ、あなたがワタシの天幕までわざわざ来ることないじゃない。話しなさい」

「はい……実は、ワタシがブリジットを怒らせてしまったかもしれなくて」

「どういうこと?」


 それからクローディアはジリアンから事情を聞いた。

 そして話を聞き終える頃にはため息をついていた。


「はぁ……なるほど。あなたがボールドウィンと仲良くしているところを彼女に見られたわけね」

「はい……殺されるかと思いました」


 ジリアンは身をすくめてそう言う。

 ブリジットに冷たい視線と言葉を浴びせられた時は、さぞかし生きた心地がしなかったことだろう。

 クローディアは内心であきれた。


(要するに嫉妬しっとね。それで不機嫌になっていたってわけか)


 そう思いながらクローディアは自分もブリジットを笑えないと自嘲じちょうする。

 つい先ほど黒い気持ちを腹に抱えていたばかりだ。


「ジリアン。まあ今回のことはあなたも反省すべき点はあるわね。ただ、ボールドウィンは友人なんだから完全に交流を断つ必要なんてないわ。そんなことしたら彼が傷付くもの」


 ただし人目に付くところで必要以上にれしくしないなどの配慮は必要だと伝えると、ジリアンは悄然しょうぜんうなづいた。


「クローディア。こんなことをお聞きするのはアレですけど……」


 ジリアンが何を聞こうとしているのかクローディアには容易に想像がつく。

 彼女はクローディアのボルドへのあわい想いを知っているのだから。

 ゆえにクローディアは機先を制した。


「聞かないで。ワタシも色々と思うところがありながら、この暮らしに馴染なじもうと努力しているんだから」


 ジリアンにそう言うとクローディアは立ち上がった。


「とにかく、この新都の発起人として、ワタシには皆がここで暮らしやすくする義務があるわ。皆、というのはボールドウィンやブリジット、もちろんあなたも含まれているわよ。ジリアン」


 決然とそう告げるクローディアの気苦労をおもんぱかり、ジリアンは一礼する。

 そして席を立つ前にクローディアに伝えておかなければならないことを口にした。

 

「それから……ボールドウィンの奴、少し顔色が悪かったです。疲れがたまっているのかもしれません」

「そう……。前にここで暮らしたことがあるとはいえ、あの頃とは状況が大きく違うから、慣れない環境で疲れているのかもしれないわね。彼にもちゃんと休憩を取るよう伝えるわ」


 数日後、ボルドをめぐる事件が起きることを、2人はこの時には予想すらしなかった。

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