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第233話 『再訪』

 分家・十血会のセレストによって連行されて以来、ボルドにとっては久しぶりの再訪だった。

 ボルドと本家の小姓こしょうたちが新都に到着すると、真っ先に出迎えてくれたのはダンカンとジリアンらだ。


「来たか! ボールドウィン!」

「皆さん。お元気そうで何よりです。以前はご心配をおかけしてすみません」

「何を言うか。またこうして元気な顔を見せてくれただけで十分じゃ」


 ダンカンは老いてしわの深くなった顔をクシャクシャにして笑い、ジリアンはやや遠慮がちにボルドの肩にポンと手を置いた。

 そんな彼女を見て、ボルドのそばひかえている小姓こしょうがコホンと咳払せきばらいをする。

 ブリジットの側仕そばづかえの小姓こしょうの1人だ。

 彼はボルドのとなりに立つと冷然と皆に告げた。


「ボルド様は我らが女王ブリジットの大切な情夫です。どうぞ節度を持ったお付き合いをお願いします」


 その言葉にジリアンはムッとした顔を見せる。


「ちょっとくらいいいだろ。ボルドはワタシらのダチだぞ」


 ジリアンの言葉を嬉しく思ったボルドは、小姓こしょうに言った。


「皆さんは私にとって友人であり恩人でもあります。ブリジットもきっとおしかりにはなりませんよ。大丈夫です」


 そう言うとボルドはジリアンに笑みを向ける。


「ジリアンさん。お変わりないですね」

「ああ。あの頃とは仕事内容は変わったけどな」


 分家を追放された身であるジリアンは元の同僚たちと共に過ごすのも居心地が悪いだろうとのことで、今は街の外で食料などの物資を集める仕事にいているらしい。

 この日はボルドがやって来ると聞いて、彼女もここで彼を待っていたという。

 それからジリアンはリビーやダンカンらと共に新都の中をボルドを案内して回った。


 久々に訪れた新都は以前よりもはるかに活気に満ちていた。

 まず単純にその場にいる人の数が以前とは比べものにならないほど多い。

 分家から多くの者が訪れ、新都の建造作業にたずさわっている。


 そのためかなり作業は進んでいて、ボルドがいた頃には無かった建物がいくつも建てられていた。

 道も歩きやすいように整備されているし、何より新都の基礎となっている岩山の周囲を囲う城壁がかなり出来上がって来ている。

 以前は数十人で進めていた作業が数百人、いや1000人の超える作業者によって進められているのだから、それも当然だろう。

 ボルドが初めて訪れた頃は開拓地の初期段階のようだった景色が、徐々に街の骨格のような姿に変わりつつある様に、ボルドは味わったことのない興奮を覚えた。


(ここがブリジットやクローディアの住む新しいダニアの街になるのか)


 そこに自分の居場所があるということがボルドには幸せに感じられた。

 だがひたってばかりもいられない。

 今日からまたボルドはこの街を作り上げるための一員となったのだ。

 ここを王国や公国から攻められても持ちこたえられる強固な都市にしなければならない。

 ボルドはやる気がふるい立つのを感じていたが、そんな彼の気持ちに水を差したのは小姓こしょうだった。


「ボルド様。肉体労働はおひかえ下さいませ。あなた様はブリジットの情夫。優先すべき事柄ことがらをお間違えのないように」


 小姓こしょうがそう言うのは理解できる。

 彼は何も意地悪でこんなことを言っているわけではない。


 ボルドは情夫として心身の健康を保っておかなければならないのだ。

 肉体労働で体を痛めつけ、その美しさを損なってしまうことは許されない。

 それに情夫のボルドが雑務に追われることは、ブリジットの権威けんいを傷つけることになる。

 何人たりとも女王の情夫を使役することはまかりならないのだ。

 小姓こしょうの立場からすれば、それはくぎを刺しておかなければならないことだった。

 ボルドはそんな彼の立場を重々承知している。


「はい。心得ています。ただ、ブリジットが戻るまではせめて何かのお手伝いをさせて下さい。今は1人でも多くの人手が必要な時ですから」


 そう言うボルドに小姓こしょうははそれでもしぶい顔を見せたが、事前に自分に相談してくれるなら、という条件付きでボルドの意向を尊重してくれた。


 ☆☆☆☆☆☆


 結局、小姓こしょうと話し合った結果、ボルドは住民台帳を記録する作業を手伝うこととなった。

 羽ペンで台帳に住民の名前と年齢、性別を記録していくのだ。

 その際に本家、分家の出自は記録しないことになっている。


 本家と分家は世代を重ねて一つの民族として融和していくことになるが、出自を記録してしまうことはそのさまたげになるとブリジットとクローディアが話し合って決めたことだった。

 もともと本家と分家の住民台帳はあったが、本家のそれは奥の里に、分家のそれは王国の戸籍庁こせきちょうに保管されている。

 そのためこの新都での新たな住民台帳を作る必要があるのだ。


 すでにこの新都に入ってきた者たちの名前などの情報は木板に簡易的に記されているので、それを清書するのがボルドの役目だ。

 ただし、小姓こしょうからは作業は午前と午後にそれぞれ1時間ずつのみと条件を出されていた。

 字を書き過ぎると腱鞘炎けんしょうえんになり、ブリジットとのとぎに支障が出るためだ。

 ボルドもそれを理解し、その作業時間以外は分家から持ち出された歴史書を読むなど勉学の時間に当てた。

 この日ボルドはすでに午前と午後の割り当て分を早々に終え、1人持て余した時間で分家の歴史を学んでいた。


「クローディアの家系はブリジットよりも血脈の分岐ぶんきが多いんだな」


 分厚い書物を読みながらボルドはつぶやきをらす。

 ブリジットの家系は代々、ひとり娘が続いている。

 これは権力争いなどが起きにくい構造だが、生まれた娘が次の娘を生む前に死んでしまうと家系が途絶えてしまう恐れがある。

 一方、クローディアの家系は2代ごとくらいの割合で姉妹が生まれている。

 先代クローディアにもベアトリスという妹がいたし、数代前のクローディアも同じように妹がいた。


 妹はそれぞれ子供を産み、クローディアの従姉妹いとこは昔から存在していたようだ。

 ただ不思議ふしぎ特徴とくちょうがあり、クローディアの従姉妹いとこには決まって次の世代の子供がいない。

 歴史書によると不妊の兆候ちょうこうがあるようだった。

 結果としてクローディアの従姉妹いとこたちは誰ひとり子供を産まず、銀髪の一族がそれ以上の広がりを見せることはなかった。

 本家同様にクローディアの血筋も結果として一子相伝の状態が続いている。


「確かクローディアの母上は王の子をご出産されていたな」


 ボルドはそうつぶやき、クローディアには父親の違う妹がいるのだと思った。

 この分家の歴史書の通りだと、クローディアの妹は子を産むだろうけれど、その次の世代は子が生まれないことになる。


(王はそのことを知っているんだろうか)


 そこまで考えてボルドはふいにクローディアのことを考えた。

 彼女は王国へ母を迎えに行っているはずだ。

 もしかしたら妹も一緒に連れてくるかもしれない。


(けれどそれを王が知ったらここを攻めてくるんじゃないだろうか)


 不安がボルドの頭をよぎる。

 せっかく作り始めたこの場所だが、今ここを攻められてしまえば守ることは不可能だろう。

 今はまだ知られていないこの場所も、いずれ捜索そうさくされれば発見されてしまう。

 そんなことを考えていると、ふいに天幕の戸布の向こうから声をかけられた。


「ボールドウィン? ここにいるって聞いたけど。入るわよ」


 それはクローディアの声だった。

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