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第232話 『ドローレス』

「トバイアス様。こんなところにいらっしゃったのですか」


 征服したロダンの街から2000人の兵と共に公国の首都に戻ったアメーリアは、すぐさまトバイアスの館へと向かったが、彼は不在にしていた。 

 館の使用人である老人から彼の居場所を聞いたアメーリアは、都の河川港の倉庫へと向かったのだった。

 その一角の倉庫の中にトバイアスはいた。

 アメーリアが砂漠島から呼び寄せた女と共に。

 トバイアスは倉庫内に置かれた鉄製のおりのすぐ側に椅子いすと机を置き、そこで上等な葡萄ぶどう酒に口を付けながらアメーリアを迎え入れた。


「よく戻ったな。アメーリア。待っていたぞ」

「トバイアス様。館で待っていて下されば良かったのに」

 

 アメーリアは愛しき男のそばにおずおずと歩み寄る。

 先日のスリーク平原における任務失敗以降、トバイアスから冷遇を受けていたアメーリアは彼の機嫌が気になって仕方なかった。

 だがトバイアスは優しげな笑みを浮かべるとアメーリアを抱き寄せた。

 そして2人は熱のこもった口づけを交わす。

 数十秒に渡る接吻キスを終えると、アメーリアはうるんだ瞳でトバイアスを見つめた。


「トバイアス様……もうアメーリアをお嫌いになられたのかと……」

「そんなことはない。おまえはしっかりとロダンを陥落させ、2000人の兵を連れ帰った。きちんと役目を果たす女を俺は嫌ったりせぬぞ」


 そう言うとトバイアスはアメーリアの腰に手をえ、彼女をおりの前に導いた。

 ムッとするけものにおいが立ち込める中、おりの奥では1人の女性が眠りこけていた。

 長く伸びた赤毛はボサボサで、粗末な衣服の間からのぞ褐色かっしょく肌は乾いた血の跡で汚れている。

 それは彼女の血ではなく返り血だった。


 彼女の周りには元は人であったと思しき、骨と肉片が散らばっていた。

 彼女の食事として与えられた罪人の男のむくろだ。

 トバイアスはおりの中の凄惨せいさんな様子を見つめながら、愉快そうに目を細める。


「女を口説くのには自信があったんだがな。もう3日も一緒にいるのに彼女は手もつないでくれないんだ。つれないと思わないか?」

「まあ。トバイアス様ったら。アメーリアだけでは飽き足らないのですね。悪い人。でも、この子はおやめ下さい。ドローレスは男を見ても食べ物としか思いませんので」


 アメーリアの声に反応したのか、眠っていたドローレスがハッと目を覚ました。

 そして犬のような声を上げてアメーリアに駆け寄って来る。

 おりの間から差し出された手を取ると、アメーリアは鷹揚おうような仕草でその手をでた。


「久しぶりね。ドローレス。いい子にしていたかしら? それにしてもあなた。ひどいにおいだわ。もう少し身ぎれいにしないと。これからあなたにはお仕事をしてもらわないとならないから」


 そう言うとアメーリアは平然とおりかぎを開けて中に足を踏み入れる。 

 その様子に倉庫番の男がギョッとして目をいた。

 先日このおりに放り込まれた罪人の男は数十秒としないうちにドローレスに喉笛のどぶえを食いちぎられて死んだ。

 だが、ドローレスはアメーリアが入って来るとその足にまとわりつくばかりで、みついたり引っかいたりすることもなく頭をでられている。

 唖然あぜんとする倉庫番の男にトバイアスは肩をすくめて見せた。 


「見事なもんだ。彼女、アメーリアだけにはなついている」


 そう言うとトバイアスはおりの中のドローレスがこれから公国の都で巻き起こす事件を想像し、その愉快ゆかい顛末てんまつに思わずのどを鳴らして笑うのだった。


 ☆☆☆☆☆☆

 

 公国の首都。

 その夜はいつでも人々の熱気であふれていて、その中心はいつでも猥雑わいざつな歓楽街にあった。

 

 各種の居酒屋や娼館、賭場とばなどはいつでもにぎわいを見せている。

 そのうちの一つ、見世物小屋では各地から集められた奇妙な生き物を見せたり、危険な大道芸などの刺激的な見世物で金を取っていた。

 そこを訪れるのはだいたいがたちの悪い酔客すいきゃくであり、酔った勢いで悪ふざけの冷やかし気分から天幕の戸布をくぐるのだった。 


 この日の公演が終わり、天幕から出てきた酔客すいきゃくの1人が路地裏の側溝前にしゃがみ込んでいた。

 それは中年の男であり、酒と見世物小屋の異様な雰囲気ふんいきに当てられた様子だ。


「オエッ……ちくしょう。飲み過ぎちまった」


 そう言ってようやく立ち上がった男は路地裏をヨタヨタと歩くがすぐに立ち止まった。

 男の目の前に奇妙な人物が立っていたからだ。

 細い路地をふさぐように立っているのはその体つきから女のようだったが、全身を黒い薄皮の衣服に包み、その頭には目と鼻を隠す獅子ししの面を被っていた。

 その異様な風体に男は目を丸くする。


「な、何だ? まだ見世物の続き……」


 そう言いかけた男はそれ以上、言葉をつむぐことが出来なかった。

 獅子ししの面を被った女が目にも止まらぬ速度で飛びかかって来たかと思うと、男を押し倒してその喉笛のどぶえに食らいついたからだ。


「ひぐっ……」


 男はわずかに悲鳴をらすが、女は鋭くとがった歯と、人間とは思えないほど強いあごの力で男ののどを食いちぎってしまった。

 鮮血が舞い散り男はビクビクと体を動かすが、女は男が完全に動かなくなるまでその首に食らいついたまま離れなかった。

 その姿はさながら獲物を仕留める肉食獣のようだった。


 この夜を境に、都では同様の殺人事件が毎夜のように続いた。

 やがてそれは都を警備する軍警の責任者であるダスティンの耳に入ることとなる。

 ビンガム将軍の三男坊ダスティンは街中に警備兵を多数配置して治安維持に努めたが、連続殺人は止まらなかった。

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