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第228話 『グラディス将軍』

「はあっ!」

「ぬうっ!」


 勇猛なダニアの女が2人、激しくたがいの武器をぶつけ合わせていた。

 ダニア本家のソニアは重厚な両手(おの)を軽々と振り回して、南ダニアの将軍グラディスに攻撃を浴びせていく。

 それを受けるグラディスも戦場でもまったく見かけないほど重量のある大剣を、すさまじい速度で振るって応戦していた。

 どちらの武器も並の男なら持ち上げることも叶わぬほど重く大きい。


 それを2人の大きな女たちがぶつけ合う様は、同じダニアの女たちが見ていて息を飲むほどの壮絶さだった。

 ソニアの身長は2メートルを超え、その筋肉でおおわれた体は山かと見紛みまがうほどに大きい。

 だが、相手のグラディスはそのソニアをも上回る大柄さだった。


(ソニアよりデカイ女は初めて見たぜ)


 そう思いながらベラはハッとして、戦いに見入っている仲間たちを怒鳴りつけた。


「おい! 観客になってる場合じゃねえぞ! やることやれ!」


 自分自身もそうであったことはたなに上げてそう言うと、ベラは中央広場に設けられている舞台へと向かう。


(あのデカい奴はソニアに任せておけば大丈夫だろう)


 ベラに続いて別働隊の面々が舞台に向かって突進する。

 しかしグラディスの配下の兵たちは大楯おおたてを構えて、その場を死守しようとした。

 2つの勢力が勢いよくぶつかる。

 数ではベラたちのほうが多かったが、敵は北門からここに来るまで相手をしてきた者たちよりも数段は手強てごわかった。


 ベラが鋭く突き出す槍を敵の女兵士らは大楯おおたてでしっかりと防ぐ。

 どうやら目の前にいるのは将軍の側近である精鋭部隊のようだ。

 動きに統率が取れている。

 それを見たベラは仲間たちに指示を出す。


「左右から回り込め! 敵を包囲しろ!」


 数的有利をかしてベラは敵を取り囲もうとする。

 だが敵はこれに抗おうとはせず、広場の舞台を守るように大楯おおたてを構えたまま一ヵ所に固まっていた。


(妙だ。攻めてこないつもりか?)


 ベラは胸騒ぎを覚えて、ある可能性に気付いた。

 そして即座に動く。

 

「こいつらは時間稼ぎをしてるだけだ! 放っておけ! 敵の増援が来るぞ! 退路を確保しろ!」


 ベラの言葉に別動隊の全員が即座に反応した。

 この部隊の任務は統一ダニアのはたをこの広場に立てることだが、そればかりにとらわれると敵のわなにハマることになる。

 大楯おおたてを持っている敵は反撃してこない。

 おそらくベラたちをこの場に引き付けておくことが任務なのだろう。

 

 そして広場に集まっているベラたちを一網打尽いちもうだじんにするための敵の増援が、今まさにここに迫っているはずだ。

 ベラは作戦を変更して手をサッと上げる。

 するとその合図を待っていたかのように、広場前の建物の屋根から一本の火矢が飛んだ。

 そこに陣取った弓兵ナタリーが放ったものだった。

 火矢は舞台の上に立てられている本家のはたに命中し、それを燃え上がらせる。

 

 そしてナタリーのとなりにはナタリアが立っていて、統一ダニアのはたを屋根に突き立てた。

 同じく周囲の建物の屋根にもいつの間にか複数の女戦士たちが立ち、統一ダニアのはたを屋根に突き立てる。

 広場を囲むように統一ダニアのはたが風にはためいた。

 それを見た敵兵の女が忌々(いまいま)しげに声を上げる。


無駄むだなことを!」


 確かにここで新旗しんきを立てたところで、このロダンの街から離脱してしまえば、すぐに南ダニアの者たちによって新旗しんきは引きずり下ろされてしまうだろう。

 だが、世の中に対する意思表示にはなる。

 このロダンを制圧しているのはダニア本家ではないことと、本家と分家が同盟を組み統一ダニアとしてこのロダンに攻撃を加えたこと。

 それらをこの街の市民や敵兵らに見せつけることが重要だった。


 新たなはたの模様は大きく印象付けられることになる。

 そして人の口に戸は立てられない。

 ロダンは今、占領されたことで王国及び公国のみならず周辺諸国からも注目を浴びる街だ。

 今日のこの出来事はすぐに世間に広まるだろう。

 それこそが本家と分家の、ブリジットとクローディアのねらいだった。

 ベラは仲間がかかげたはたを守るように槍を構えながら、朗々たる声を張り上げる。


「我らはダニア本家と分家の血盟により生まれし統一ダニア! 金と銀の女王を頂きに抱きし我らこそが正当なる赤毛の戦の民ダニアなり!」


 ソニアには日頃からおしゃべりだの口から先に生まれただの言われるが、ベラは内心でほくそ笑んだ。

 この役目はソニアでは出来ない。

 弁の立つベラだからこそ適役なのだ。


 これで自分は役目を果たした。

 あとは撤収てっしゅうするのみだ。

 そう思って振り返ったベラは目をいた。


 彼女の見つめる先では、ソニアがグラディスに吹っ飛ばされて地面に倒れ込んでいた。

 つい先ほどまで互角の戦いを見せていたはずだったというのに、ソニアはその顔を赤くらし、左腕からはわずかに出血していた。


「どうした? そんなものか?」


 そう言うとグラディスは轟然ごうぜんえて、倒れているソニアの脇腹を蹴り飛ばす。


「くはっ!」

「ソニア!」


 ベラははじかれたように飛び出して、友を蹴り飛ばす憎き敵の首に向けて槍を鋭く突き出した。

 だがグラディスは大剣でそれをやすやすと受け払う。


「フンッ!」


 全力の突きを顔色ひとつ変えずに防がれた。

 その一瞬でベラは相手が強敵だと確信した。


「チッ! 立てソニア! こんな女にノサれてんじゃねえ!」


 ベラはそう叫びながら連続で小刻みに槍の穂先をグラディスに突き出した。

 しかしグラディスはその全てを大剣で受け止めると、鋭く刃を振り払う。

 ベラはサッと身を引いてそれを避けた。

 だが自分で思った以上に、大剣の切っ先がほんの鼻先を通り抜けるのを見てベラは戦慄せんりつを覚えた。


(速い!)


 相手の体格と武器の質量。

 それを見てある程度の予想をして避けたり防いだりする技術を持つベラだが、グラディスの太刀筋たちすじは彼女の予想を上回る速度だった。

 あれだけの質量の武器を振り回すその筋力が、ベラの予想以上だということだ。

 子供の頃からソニアとは訓練で何度もやり合ってきたが、そのソニアよりも速くて強い剣閃けんせんだった。


(ソニアがやられるわけか)


 腕力や脚力はソニアの方が自分より上だが、細かい動きや器用さは自分の方が上だという自負があるベラは、持てる技量の全てを駆使してグラディスを攻め立てる。

 槍を多角的に突き出す。

 緩急をつける。

 フェイントをかける。

 だがそうしたベラの多彩な攻撃も、グラディスはことごとく防いでしまう。

 

 圧倒的な腕力と、攻撃を受けても揺るがぬ体幹の強さ。

 そこに敵の攻撃を見切る視力の良さと技量、そして百戦錬磨(れんま)の経験を感じさせる。

 ベラは敵の強さを肌で感じて、あせりを吐き捨てるように槍を振るった。

 それもグラディスの肌に傷ひとつつけることが出来ない。


「くそっ!」

「なかなかの腕だ。今まではその腕前で敵をねじせてきたのだろうな。だが……上には上がいる。死ぬ前にそれを知れ」


 そう言うグラディスの目がギラリと光る。

 背すじをい上がるような悪寒おかんをベラは抑え切れずに息を飲んだ。

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