第226話 『銀髪の姉妹』
ロダン北門付近の外壁。
その壁上通路では銀髪の2人が迫り来る赤毛の女兵士たちを次々となぎ倒していた。
顔の良く似た2人は互いに背中合わせになり、前方から来る敵と後方から来る敵を倒しながら、通路を北西から北東へと進み続けていた。
南ダニア軍の女兵士たちは声を荒げて彼女たちに襲いかかる。
「相手はたったの2人だ! 大勢でかかって押し潰せ!」
だが、そのたった2人を相手に、多くの女兵士たちが倒されていく。
そのせいで壁上通路の女兵士たちは、北門に向かって来る騎馬兵たちへの弓矢による狙撃もままならない。
それほど銀色の髪の姉妹は強敵だった。
前方の敵を迎え撃つ姉・ブライズの振るう鉄棍の勢いは凄まじく、敵の鎧の上からでも大きなダメージを浴びせることが出来る。
その一撃を胴に食らった者は鎧が大きくへこみ、骨を折られて苦痛の声を上げる。
頭に食らおうものなら一発で昏倒して戦闘不能に陥った。
「そんな程度か! ワタシらの部下の女どもの方がよっぽど根性が据わってるぞ!」
そして後方から追いすがる敵の相手をする妹・ベリンダの振るう鞭は相変わらず強烈で、ただでさえ硬い革の鞭の中に金属の突起が埋め込まれている。
それで打たれた敵の鎧は衝撃でへこみ、兜は破壊される。
さらにベリンダは腰の周りにグルリと巻いた革巻きから、小振りの松明を取り出すとそれを薬品で発火させる。
「とても香りの良い御香ですのよ~。どうぞ、ご堪能下さいまし~」
風の流れを読みながらベリンダがその松明を通路の後方に投げ捨てると、風に乗って煙が巻き上がった。
黄色がかった白煙を浴びた敵の女兵士たちは急激に目を回し、足元をふらつかせて通路の上に倒れ込む。
勢い余って通路の端から壁の外へ落ちていく者もいる。
ベリンダが作り出した、毒性の煙だった。
だが南ダニアの女兵士たちも戦うことにかけては誇りを持っている。
敵が強かろうが戦意が萎えることはない。
倒された味方の屍を乗り越えて2人に向かっていく。
それでも彼女たちは知らない。
銀色の髪を持つ姉妹の持つ特別な力を。
「ピィィィィッ!」
ブライズが甲高く口笛を鳴らすと、急に壁の下からけたたましい鳴き声が聞こえてくる。
ブライズたちから少し離れた位置にいる敵兵の1人が訝しんで壁の下を覗きこみ、思わず絶句した。
壁の下の地面を無数の黒だかりが埋め尽くしている。
それは人ではなく、四足歩行の動物だった。
それらは人間には無い鋭い爪を駆使して、壁をスルスルと昇って来る。
その姿を見た女兵士は信じられないといった表情をして声を上げた。
「さ……猿だ!」
壁を昇ってきたのは黒牙猿と呼ばれる大型の猿だった。
黒き体毛に覆われ、群れを成して生息する野生動物だ。
動物の中ではかなり知性が高い一方で、獰猛な性格であり、成獣を人間が飼い慣らすことは難しい。
しかし獣使いのブライズにとっては、彼らは忠実な部下も同然だった。
「行けっ! おまえら! 赤毛の女どもにかわいがってもらえ!」
そのブライズの声に合わせて黒牙猿たちは敵の女兵士たちにかかっていく。
いきなり猿を相手にすることになった女兵士たちは面食らって対応が遅れた。
黒牙猿は腕力が強く、その鋭利な爪と牙で襲ってくる非情に危険な猛獣だ。
その数は数十頭にも及び、銀髪の姉妹を倒そうと集まって来ていた女兵士たちは大混乱に見舞われた。
「くっ、くそっ! 猿どもめ!」
纏わりつく黒牙猿らを引きはがそうとする女兵士らだが、握力の強い猿たちはそう簡単には離れない。
そうして苦しむ女兵士らにブライズは容赦なく鉄棍で強烈な打撃を加えた。
黒牙猿らとブライズは人と猛獣とは思えないほど息が合い、ブライズが鉄棍を振り上げると、猿たちはサッと女兵士から離れる。
そんな姉の様子を見ながらベリンダは顔をしかめた。
「さすがお姉さま。獣と仲良しですわね。でも獣臭くてたまりませんわ。帰ったら湯浴みをしないと」
そう言うとベリンダは鞭を振るって敵兵の兜を次々と吹き飛ばしていく。
そうして頭部が露わになった敵兵に黒牙猿らが群がった。
「ぐっ! うぎゃあっ!」
鋭い爪と強力な握力で耳や鼻を削がれ、眼球を潰される。
敵兵らは悲鳴を上げ、続々と壁から地上に落下していく。
そうして壁上通路の女兵士らは次々と排除されていき、あっという間にその数を減らしていった。
☆☆☆☆☆☆
「ふぅ。やれやれ。ひと仕事終わったな」
「ですわね。疲れましたわ」
そう言いながらブライズとベリンダは背負っていた縄梯子を壁の下に下ろす。
周囲には女兵士らの死体が転がっており、その死肉を漁るために黒牙猿らが群がっていた。
壁上通路の敵を一掃したブライズとベリンダは任務の最後の仕上げを行う。
下ろした縄梯子を伝って、本家の弓兵らが壁の上に登って来ていた。
高所を陣取り、そこから狙撃を行うことで北門周辺の主導権を掌握するためだ。
「後はアイツらが仕事を果たせば終わりだな」
そう言うとブライズは返り血で汚れた顔を拭おうともせずに、壁上通路の縁の腕を乗せて頬杖をついた。
その視線の先には、北門をくぐってロダンの街の中へと突入していく本家の別動隊の姿があった。




