第225話 『別動隊』
多くの赤毛が風になびいて踊る。
500名の騎馬兵がロダンの北門に向かって猛然と突き進んでいた。
その先頭を進むのは若きダニアの女戦士、ベラとソニアだった。
「行くぞぉぉぉぉぉぉ!」
ベラは槍を右手に、馬の手綱を左手に握って大きく吠えた。
その隣にはいつものように寡黙なソニアが前方を見据え、その顔に戦意を滾らせている。
今、2人は主であるブリジットから離れ、目の前に迫りつつある北門への攻撃を開始していた。
ロダンを襲撃する5000人のダニア本家は、ブリジット率いる本隊4500名を守りの厚い南門の攻撃に集中させ、残り500名を守りの薄い北門を攻める別働隊とした。
別働隊の指揮はベラに任されている。
さらにベラとソニアの後ろには一台の馬車が付き従っていた。
その馬車の荷台には巨大な弓砲が供えつけられていて、双子の弓兵であるナタリーとナタリアが巨大矢の発射準備を整えていた。
「おい! おまえら! まだ撃たねえのか!」
そう言って背後を振り返りながら声を張り上げるベラに、ナタリーは首を横に振る。
「急かさないで下さいよベラ先輩! もっと距離を詰めねえと最大威力にならないんすよ!」
そう言うナタリーの隣では双子の妹のナタリアが、弓砲に装填する巨大矢を持ち上げている。
ナタリアは先日の宴会場での戦いで大きなケガを負っていたが、治療に専念していたため順調に回復し、今回の作戦に参加することが出来た。
ただ、まだ戦闘に直接参加できる状態ではないため、彼女の役割は弓砲を放つナタリーの補助だ。
ブリジットから正式に兵装として製造許可を得た弓砲は、最初の試作品から改良が重ねられていた。
1人でも弓弦が引けるよう手動の巻き上げ機が装着されている。
以前はナタリーとナタリアの2人がかりで弓弦を腕力で引いて発射する方式だった弓砲は、これによって1人でも扱えるようになった。
「量産が間に合えば良かったんだけどなぁ」
そう言うとナタリーはナタリアから受け取った巨大矢を装填し、巻き上げ機を手で回して弓を張ると、前方に狙いをつける。
ダニア本家の正式兵装として弓砲の量産化は始まっているが、今回の戦場には間に合わなかった。
そして当然、打ち手の訓練も必要なので、実用化されるまではもう少し時間が必要だ。
結局、持ち込めたのはこの一台のみだった。
ナタリーは前方に迫る北門と距離を測り、風の影響などを考慮して集中する。
「一発で決めろよ!」
ベラの声に頷くと、ナタリーは巻き上げ機の横に設置された引き金に手をかける。
ナタリーもナタリアも子供の頃から弓を扱い、鳥だろうと野兎だろうと自在に矢を命中させることが出来た。
弓砲は普通の弓とは使い勝手が違うとはいえ、大門という止まっている巨大な的に当てることなど造作もなかった。
「いけえぇ!」
ナタリーがここぞとばかりに引き金を引くと、巨大矢が大きな音を立てて射出される。
それは高速で宙を舞い、正確に北門に向かうと、重厚なその門扉にドガッと音を立てて突き立った。
門扉の表面から木片が弾け飛ぶ。
ナタリアが即座に2本目の巨大矢を番え、ナタリーはそれを素早く巻き上げると、再度引き金を引く。
「もういっちょ!」
2本目の巨大矢が宙を切り裂き、再び北門に突き刺さる。
1本目の直撃で脆くなった門扉が今度は完全に砕けて吹き飛んだ。
それを見たナタリーとナタリアは頭上で両手をパチンと合わせ、ベラが声を上げる。
「よくやった! 行くぞオマエラァ! 殴り込みだぁぁぁ!」
ベラは槍を高々と掲げて北門に向けて馬を走らせ、その後についてソニアや500名の騎馬兵が突き進む。
目指すはロダン中央広場だった。
☆☆☆☆☆☆
別働隊が北門を目指している頃、銀髪の姉妹であるブライズとベリンダはロダンの街の北西の端にある尖塔の見張り台に立っていた。
彼女たちの足元には2人の見張りの女兵士が倒れている。
共に白目を剥いて、すでに意識がない。
ベリンダから強烈な刺激臭のある薬品を嗅がされて気を失ったのだ。
「やれやれ。ワタシたちが本家と共に作戦行動をする日が来るなんて、奇妙なものですわね。亡きバーサ姉さんはあの世でどう思っているかしら?」
「ヘッ。自分を殺したブリジットに従ってるんだから、今頃、ヘソを曲げてるかもな。まあ、クローディアのためになるなら何だっていいさ」
ベリンダは肩をすくめ、ブライズは不敵に笑う。
南門がダニア本家に攻められて、ロダン駐留兵の多くがそちらへと集中しているため、今2人がいる辺りは敵の姿もまばらだ。
東西南北をすべて外壁で囲まれたロダンの街は、その外壁同士が直角に交わる四隅に見張り用の尖塔が建てられていた。
ブライズとベリンダは街の外から流れ込む地下水路を通って、この北西の尖塔へと忍び込んだのだ。
数日前、南ダニア軍は地下水路から街の中央広場へと漆黒の兵士たちを忍び込ませ、それを手始めにしてロダンを陥落させた。
同じように地下水路から街中へと侵入されることを嫌って彼女たちはそこを塞いだ。
だが、地下水路は複雑に街の地下を網羅していて、北西の尖塔へと続く道までは塞ぎ切れていなかった。
事前に街から逃げた住民たちが近隣の街へと避難しており、このロダンに来る途中でそうした住民たちから地下水路の情報を得ていたのだ。
「お、別働隊が来たぞ。ちょうどいいな」
ブライズは見張り台の上から北の平原を見通す。
500名の騎馬兵で編成された本家の別働隊が、土煙を上げながら北門に向かっていた。
「じゃあサッサとお仕事を片付けましょう。姉さん」
そう言うとベリンダは得意武器の鞭を握る。
ブライズも腰から2本の鉄棍を取り出して両手に握った。
2人の仕事は北側外壁の上の通路の敵を一掃することと、その後に弓兵部隊を通路の上まで引き上げることだ。
北西の尖塔から北東の尖塔までは、数百メートルの壁上通路が続いている。
その通路の上は手薄とはいっても、200人以上の敵兵がまだ残っていた。
それをたった2人で片付けろというのだから正気の沙汰ではない。
だが、ブライズとベリンダにとってそれは決して達成不可能な無理難題ではなかった。
彼女たちはブリジットやクローディアに比べれば戦闘力は劣る。
だが、ブリジットやクローディアが逆立ちしても出来ないようなことを……彼女たちはやってのけるのだ。
「皆様ぁ~! 注目して下さいまし~! 今から侵入者2名が通りますわよ~!」
ベリンダが良く通る高い声を張り上げた。
通路の上の兵たちはギョッとして2人のいる北西の尖塔に目を向ける。
そんな敵兵たちに対してベリンダは可憐な笑顔で大きく手を振り、その隣でブライズが野太い声を張り上げた。
「オラオラオラオラァ! ワタシらにぶっ飛ばされて死にたくない奴は、サッサと壁から飛び降りて死ね!」




