第223話 『突撃!』
遠くに見えていたロダンの街がいよいよ近付いてきた。
ブリジットは馬の脚を早め、周囲を並走している仲間たちが戦意を高ぶらせて奇声を上げる。
ブリジット率いるダニア本家は全軍を上げてロダンに攻め入った。
ロダンは街でありながら周囲を全て厚い防壁で囲われている。
公国との国境も近く、海にも近いため、外敵からの侵入に備えるべく王国が守りを厚くしているのだ。
ダニア本家は普段は隊商を襲ったり、王国あるいは公国の兵たちと小競り合いをすることが多いが、攻城戦の経験は皆無だった。
街や城を攻めれば、その領地を所有する国家から激しい報復にあうことは免れない。
それでも今回はやるとブリジットは決めた。
同じ赤毛の女戦士たちがロダンを襲う際、本家の旗を掲げていたからだ。
濡れ衣を着せられたままではいられない。
ブリジットは苛烈な手段で疑いを晴らすことに決めたのだ。
そして王国の後ろ盾の元に軍事行動を行っていた分家は攻城戦の経験があったため、同行している分家のブライズとベリンダがその経験を活かしてブリジットと打ち合わせをし、今回の作戦を決行することとなった。
「十刃長ユーフェミアの弔いだ! 南ダニアの連中に一泡吹かせてやるぞ!」
「うおおおおっ!」
ブリジットの号令に本家の女たちが威勢よく声を上げて応える。
南洋の島である砂漠島からやってきたダニアの軍勢。
南ダニア。
本家でも分家でもない彼女らを便宜上そう呼ぶこととなった。
そして本家の者たちは全員、防御力よりも機動力重視で革の鎧を身に着け、その革鎧の胸と背中に赤い布を縫い付けていた。
味方であることを示す証だ。
赤毛に褐色肌という身体的特徴を同じくする南ダニアの者たちと戦うため、入り乱れて同士討ちとなることを避ける策だった。
ブリジットらが目指すはロダンの南門だ。
ロダンには東西南北に大門が設けられており、今ロダンに駐留している侵略者たちは南門を破って街の中へと突き進んだ。
その後、奪った街の防衛のために即席で南門の修復に取り掛かっているが、侵入からまだ4日目であり、その作業は途上だった。
付け入る隙はそこにある。
すでに空には無数の鳶たちが旋回しており、それを操る鳶隊のアデラが収集した情報を伝達した。
「南門付近は壁内にも多くの兵が集中的に展開しています! 逆に北門は手薄です!」
「やはりか」
ブリジットは頷くと数百メートル前方まで迫った南門を見据えた。
彼女が率いるこの本隊には盟友であるベラとソニアの姿はない。
日頃の戦場において常にブリジットと行動を共にしてきた彼女らは、今回は別動隊として動いている。
さらには分家から加勢しているブライズとベリンダの姿もなかった。
本作戦の中ではブリジットに次ぐ実力者である彼女らには個別の任務がある。
ブリジットは事前に決めた作戦が成功するイメージを頭の中で描きながら声を上げた。
「敵弓兵の射程に入るぞ! 馬を降りろ!」
外壁の上から弓を大量に射かけられると、貴重な馬を失ってしまう。
ブリジットらは馬を降りて各自が矢除けの大楯を構え、弓の狙いを分散させるために隊列を組まずに小走りで前進する。
鍛え上げられたダニアの女戦士らは、重い大楯を持っていても平然と南門に突き進んでいった。
30分ほど前から本家の突撃に気付いていたロダンの南ダニア軍はこれを迎え撃つ準備を整えている。
ブリジットら本家の先頭集団が射程の中に入ると、外壁上の通路にズラリと並んだ赤毛の弓兵たちから次々と矢が放たれた。
降り注ぐ矢の雨をものともせず、ブリジットと仲間たちは大楯を掲げて南門の前まで駆け抜けた。
そこには当然、敵兵である赤毛の女たちが群れを成して待ち構えている。
そこまで行けば頭上からの矢も止み、ブリジットはその膂力で大楯を前方に投げつけた。
空中を回転しながら飛来するそれを浴びた2名の敵が、頭を強く打たれて昏倒する。
「我こそはダニア本家の女王ブリジットなり! 島から来たりし者どもよ! 我が剣の切れ味、その身をもって味わうがいい!」
轟然と吠えるとブリジットは剣を抜き放って猛然と走り出す。
総大将たる美しき金髪の女王が先陣を切って突っ込んでくる様に、敵兵である赤毛の女戦士たちは驚きながらも、手柄を上げる好機だと目の色を変えてブリジットに襲い掛かってきた。
だが敵が部下と同じ姿の赤毛の女たちだろうと、ブリジットは一切の容赦をしない。
「はあああああっ!」
彼女が剣を振るう速度に反応できる者などここにはいなかった。
光のように剣が舞い踊り、敵の戦士の腕や首が次々と飛ぶ。
足を斬りつけられて倒れ込んだ敵は、ブリジットの部下たちに確実にトドメを刺されて絶命していった。
門を守護する部隊の隊長と思しき、羽根つきの兜をかぶった女戦士が焦りに満ちた声を上げる。
「囲め! ブリジットを取り囲んで一斉にかかれ!」
南門の前は岩がゴツゴツとした地形で、平坦な地面はそれほど広くなく、守る側も展開できる兵の数に限りがあった。
もちろん攻める側も一度に突っ込める数は絞られる。
だがブリジットを先頭とした一点突破の陣形はそう簡単には止められない。
そしてブリジットだけに負担がかからぬよう、若い女戦士を中心にブリジットの周囲を守らせている。
これによりブリジットは深く斬り込んで敵を絶命させずとも、軽く斬りつけて怯ませるだけで、他の仲間たちがその敵を排除するという効率の良い戦い方が出来るようになっていた。
ブリジットとて体力は無限ではないのだから、力の配分を間違えるわけにはいかない。
「このまま門まで押し切れ!」
修復中の門を打ち壊すため、大きな木槌を手にした十数人の大柄な戦士が突っ込んでいく。
それを阻止しようとする敵が立ちはだかるが、ブリジットは背負っていた大弓に矢を番えて敵兵を狙撃していく。
彼女が放った矢は別格の速度で、それを頭に受けた敵は首から上が吹っ飛んだ。
「うぅっ……」
敵兵はさすがに怯み、ブリジットは次々と容赦なく矢を浴びせる。
その隙に木槌部隊が大門に取り付き、その破壊に取り掛かった。
作戦の第一段階である南門破壊に向け、両軍入り乱れての攻防が続く。
戦場は女たちの上げる怒号で包まれるのだった。




